魔法士殺しと奴隷少女
神城零次
第1話 その男、伝説につき…
「ウルルス・コル殿とお見受けするが、相違無いだろうか?」
トラビアス王国の王都から北東に向かって大陸を分断するヴィエイブ山脈の麓にサガの町はある。
腰に剣を下げ、槍を手に持ちミスリルの鎧に身を固めた武人らしき人物の問いにウルススとおぼしき、くすんだ銀髪の青年は歩みを止めた。買い物の帰りなのか膨らんだ買い物袋を手に持っていた。
容姿はくすんだ銀髪。紫の瞳。中肉中背のどこにでも居そうな二十代後半の青年だ。
「そうだけど。とりあえず、金、名誉、女が欲しいなら別の方法をお勧めする。害意に寛容な程、俺は人間が出来ていないんでな」
「武人を志し傭兵として生きて早十数年、自分の武が伝説にどこまで通用するか試したい」
「武人を志したんなら騎士団でも入れば良かったんじゃないか? まあ、訓練ばかりで鉄火場に立つのは稀だろうが、戦場で鍛えたかったってところか? できれば、他所を当たってくれると超助かるんだけどなぁ、ホントに」
「貴殿に会うためこの町まで足を運んだ、この意味を汲んで欲しい」
その言葉にウルルスは持っていた買い物袋をそっと地面に置くと、武人に向き合う。武器は持っていないが死合う気だった。
幸か不幸か周りには二人を止めようとする者はいない。
「お前、名前は?」
「銀翼傭兵団副団長、アーデン」
「そうか。他の誰もがお前を忘れても俺はお前を忘れないよ、アーデン」
「その言葉、痛み入るが、私が勝った場合はどうすればいい?」
「首でも取って賞金を受け取れよ」
「私の死体は……、打ち捨てて下さい」
「……」
一瞬の交錯。
アーデンの必殺の突きを躱すと懐に潜り込もうとするウルスス。腰だめのからの抜き打ちの一撃よりも早くウルルスの拳はミスリルの鎧を砕くことなく内側の心臓を破裂させた。裏打ちと云う技術、正面と背後からの挟撃で内部に衝撃を与える暗殺方法だ。血を吐き崩れ落ちるアーデンを一瞥すると、
「悪いな、今日は結構時間の掛かる料理に挑戦するんだよ」
ウルルスは買い物袋を拾い歩き出す。この町に自警団はいない、生活困窮者たちがアーデンの武具を剥がして生活の足しにするだろう。この町には教会も無いが、墓守にまで話が届けば、最低限の魂の救済を行ってくれることだろう。
「まったく、料理を教えたら食費が生活を逼迫するようになるとはな、仕事も最近減ってるっていうのに、あの凝り性め……」
家で待ってる同居人の意外な性分に頭を悩ませながらも美味しい食事は大歓迎だから強くも言えない。美味い食事と快適なベットは人生には必須だと、仕事の時には木の上でも熟睡できるウルススだが本気でそう思っていた。
「奴隷なんて勢いで買うんじゃなかったかなぁ……」
しかし、そういうウルススの口元には薄く笑みが浮かんでいた。
ある賭けでの金貨の十倍の価値のある白金貨八枚の買い物になってしまったが後悔はしていない。奴隷としては破格、いや人の価値としてはあり得ない額だったのだが。魔法適性があり、元名家の出身で、強制のギアスが付いた絶対服従の絶世の美少女ならそれ位の価値がついてもおかしくは無いのかもしれない。
「あの超気に食わない成金野郎の玩具にしたくなかったんだから仕方がないかぁ……。必要経費って奴だな」
契約成立後のその男の表情を思い出してウルススの笑みは深くなる。その表情を思い出すだけで蒸留酒がことさら旨く感じてしまうのだからしょうがない。
「あの野郎を殺す依頼なら超良心的な値段で受けるんだがなぁ……」
ウルルスは私情ではあまり人を殺さない職業殺人者だ。暗殺者として伝説になるレベルの仕事もこなしたが、殺人での暗い愉悦に浸った事は一度も無かった。
「ただいま、ティア」
「おかえりなさいませ。ご主人様」
年の頃は十三歳くらいだろう。腰まで伸びる銀髪の髪は手入れが行き届いていてキラキラと光っている。すみれ色の瞳は活力がみちており、顔立ちは少し幼さを残しつつも整っており、数年後は傾国の美女確定である。出会った頃を思い起こせば、格段に可愛くなったと思う。
「……帰って来た時に、迎えてくれる人が居るっていいよな」
「ご主人様。それ、毎回の様に言ってません?」
「普通の感覚だと思うんだが……」
迎えてくれたティアに買い物袋を渡す。
「今回は余計で無駄な買い物は無いようですね……」
「俺だって毎回怒られたくは無いからな。まぁ、買い食いはしたが」
「はあぁ~~。予算内にお金を抑える事をいつになったら覚えてくれるんですか、ご主人様は」
「いや、時間が掛かるって言ってたから待てるように、な?」
「な? じゃありませんよ、まったく」
ティアは文句を言いながら台所に向かう。
「夕飯が出来るまで、ゆっくりしていてくださいね」
「そうだな。じゃあ、とりあえずティアは裸エプロンになってくれ」
「……拒否していいですか?」
「悲しいなぁ、してくれないのか」
ティアはイタズラめいた笑みを浮かべて、
「自発的にその格好になるのには、私の好感度を上げて下さいな、ご主人様?」
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