第21話 赤い瞳と冒険
ゲームで砂漠を歩く二人。
たわいもない話の中で僕は少女を、リアルに存在する身近な者に感じ始めていた。
「まずいな……意識してしまう」
リアルでは、こんな可愛い少女と話すことなんてあり得ない。
「リアルで存在する」と認識してしまうと、なぜか話が出来なくなる。
僕はゲームでは口数が多いキャラなのに、だんだんと口数が少なくなる。
「さっきまで大丈夫だったのに……」
「え? 何か言った?」
キーボードのショートカットを押して、僕は魔法使いに「否定」を現す首を振るモーションをさせた。人の心が見えると、いや僕の心が見られると思うと、だんだんギクシャクする言葉と態度。リアルの僕にはいつもの事だが、ゲームの世界でこうなるのは珍しい。
リアルではいつも、人と向き合うと自分の言いたい事の5%も言えない。
そのことが相手に誤解を生み、また僕は人との付き合いが嫌いになる。
ゲームの空間では、リアルの自分の事を知る人はおらず、みんなは僕を、優秀な魔法使いとして接してくれる。
「優秀な魔法使い」はリアルでは駄目な僕が動かしている。
みんなに頼りにされる、例えそれが仮想な空間だとしても。
ネット上での微かで強い繋がりが、今の僕には一番居心地良い人間関係だった。
だが隣を歩く少女は、誰かがゲームのキャラを操作しているのではなく、実際にこの世界に、存在しているように感じられた。
(ゲームの中、ネットワークに生きる少女?ばかな……そんな事あるわけない)
そうは思いながら、僕は少女の顔を真っ直ぐに見れなくなり、言葉も少なくなっていた。
(ふぅ~これは、ゲームなんだから……気楽に)
自分で自分の心の動きが解らない僕は、自分自信にため息をつく。
こんなに可愛くて、僕の話も聞いてくれる少女。そしてゲームの中の僕は優秀なキャラ。それなのにうまく接する事が出来ない。
(ネットの仮想の空間で何を意識するんだ? 何かきっかけがあれば……)
その時、空を舞う大きな龍が現れた。
「あれは、このゲームの中でも、高レベルのキャラにしか使用を許されない、永久のドラゴン!」
永久のドラゴン、モンスターに遭遇しないで高速で移動できるアイテム。
超激なレアもので、僕も見るのは初めてだった。
ドラゴンには、二人の男女のキャラクターが乗っていた。
男の剣士と女の魔法使い、僕らとは逆の組み合わせ。
空を舞う二人から、個人チャットが来た。
「こんにちは! 連れの彼女は珍しい髪だね。新しいキャラセットかな? 青い髪でツインテール……とっても可愛いね」
僕はドラゴンに乗り、悠然と空を巡る二人を見ながらチャットを返す。
「こんにちは! すごいですね、永久のドラゴン。始めてみました。このゲーム長いのですか?」
赤い瞳の少女も空を見上げている。戦士から返事がきた。
「うん、オープンテスト時代からからやっているよ。最近は冒険はしないけどね」
オンラインゲームは、冒険するだけではなく、リアルの世界のように住む事も出来る。チャットで仲間と話したり、買い物をしたり栽培をしたり、自分の家を持ったり自分の冒険とは関係ない仲間の手助けをしたりと、直接ゲームとは関係ないプレイをして過す者も多い。そしてあり得ない、長時間のゲーム内での滞在時間が生まれる。
僕も延べ時間で、400日以上をこのゲームで費やしている。
それは、オンラインゲームならではの現象、ネットのフレンドが出来る事が大きい。本名も住んでいる場所もしらない、そんなネット上だけのフレンドがとっても、大切なものに思えてくる。
多分、リアルでは一生会わないままのネット上のフレンド。
良いオンラインゲームは、作成者が造り上げたクエストではなく、フレンドの存在とその触れあいが、とても長くゲームに情熱を持たせ続ける。
(あの二人も、旧いフレンドなのだろう)
僕はその事を聞いてみた。
「お二人は、昔からのフレンドなのですか? 仲が良さそうですね。これから永久のドラゴンに乗って、何処へ行くんですか?」
少し間があった後に、返事があった。
「二人はどこへも行けない。この世界ではこんなに自由なのに……真夜中にこの世界だけで、少しの時間だけ会う事が許される」
意外な寂しそうな言葉に、僕は剣士とその後ろに捕まる魔法使いを見た。
何万人も参加しているこのゲームで、沢山存在する見慣れたキャラクターの姿をしている二人。だがその時、二人の姿は違って見えた。
雄大な景色と巨大なドラゴン。そして哀しみを浮かべる二人の小さな姿。
僕はゲームの中の作り物の姿なのに、二人の心が感じられたように思えた。
だから僕はわざと、明るく最後のチャットを送った。
「お二人は、とってもお似合いですよ。だからいつか行けますよ。二人でどこへでも好きな所へ」
空を巡る二人が、僕達に手を振るモーションをした。
「ありがとう。君達もお似合いだよ。彼女を大切に……そして決して離れたらいけない。そして行くんだ、君たちが望むところへ」
ドラゴンは、上空を二、三度旋回して飛び去った。
その姿は、ドラゴンが消えるまで見上げていた。
ゲームのライティング処理で輝く、青い髪とその少し幼い姿。
造り物の少女の姿に、リアルの女の子にも感じた事がない、特別な感情に駆られる。少女が側にいる事により、胸が苦しくなりそして心が落ち着いていく感覚。
僕は奇妙な、デジャブにも似た気持ちに囚われていた。
(いつか僕はこの少女と二人で、何処か遠いところへ行くのだろうか……)
「どうかしたの?」
遠くを見たまま動かない僕に、少女が不思議そうに尋ねた。
気がついて時間を見ると、僕のキャラは十分以上も動かない状態だったようだ。
「なんでもない……さあ行こうか!」
目の前の少女は、吹っ切れた僕に赤い瞳を向けた。
「うん、先へ進もう! 二人でね」
もう少女にギクシャクした感情は、持たなくなっていた。
さっきの二人のように、ネット上だけに存在する関係もある。
微かで強い繋がりを、この仮想世界に存在する人達が求めている。
それは仮想上の真実。僕はそれを望んでここにいると分った気がした。
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ゲームの中では、夕方にさしかかっていた。
「まずい、夜のモンスターが出る時間になる!」
慌てた僕は、砂漠を横断する近道のルートを選択した。
暗くなる前に谷を抜けようと急ぎ歩く二人。
そんな状態でも時折、僕は赤い瞳を見てしまう。
「どうかしたの? 私の顔になにかついてる?」
少女は僕の不自然で頻繁な行動に、微笑みながら理由を聞く。
ドキドキした僕は、重要な事を忘れてしまっていた。
大きく地面が揺れ、巨大なモンスターが二人の前に現れた。
「しまった! ここはエリアボスが出現するポイント……しかも丁度ポップ時間か!」
(どうする?二人で勝てるわけない。逃げられるのか……彼女だけでも)
その時、少女がスッと僕の前に出る。
スラリと剣を抜き、巨大なモンスターへ悠然と進む。
「さあ! 行くわよ! 後ろは任せたからね!」
僕に信頼を示す少女の言葉と行動に、黙って頷き、魔法力を高める杖を装備する。
(どうしてだろう、彼女となら戦える気がする……二人でも)
少女が振り向いて、戦いの準備に入った僕の様子を見て微笑んだ。
僕は二人でこの巨大なエリアボスに勝てる、本気でそう思えた。
砂漠の夕焼けが、風に流れる長い髪と、鎧と美しい赤い瞳を照らす。
剣を構え直して、駆け出す少女を追い、僕もエリアボスへ突っ込む。
「……久しぶりにワクワクしてきた」
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一時間後、僕らは出会った砂漠の小さな町に倒れていた。
「負けちゃったね……」
少女の小さな唇が開いた。
「そうだね。盛大にやられちゃった……もう少しだったけど」
僕は、仰向けに倒れたままで空を見ていた。星空が美しい。
「でも、楽しかったわ」
僕は少女と手を繋いだまま答えた。
「うん、僕も……楽しかったよ」
少女と僕の初めての冒険は、奇妙で……そして本当に楽しかった。
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