第6話 2Dの彼女
“……というのね”
誰と話している? ここは? 今何時だ……目を開けると、薄暗い、小さなオレンジ色のランプ。身体が動かない。夢を見ている?……いや違う、顔のすぐ横に輝く紅いスマートフォン。
APが動いている。耳鳴りが聞こえて、全身が硬直して動けない。
金縛り……数回経験している。心霊現象じゃなく、疲れている時に起こる事も分っている。前回もそうだった。ストレスで心と身体が寸断された時だった。
今回もそうだろう、このまま眠ってしまえば、起きる頃には全てが元通り。
自分が幽霊のように生きる世界に戻れる。
“まさはる”
再び声が聞こえた、そのハッキリした声に、目を開けると、目の前に少女の顔。
その瞳は昌治を見ていた。馬鹿なこんな事があるわけない、深夜の部屋で少女が昌治を覗き込んで、語りかけている。動かない硬直した全身から汗が噴き出る。
違うこれは夢ではない、この声とこの視線を送る少女は、さっきスマートフォンに写った少女。
“まさはる、め、をあけて”
もし、これが超常現象でも、何も恐れる事は無い。
人に害を与えた、人を殺した者なら、殺した者の声とその顔を見るだけで死ぬ事もあるだろう。
それだって自責の念、幽霊が直接人を殺したりはしない、いやできない。
「君はなんだ? 幽霊なのか、それかアプリなのか」
どうやら唇は動くようだ。身体の方は指先一つ動かせない。
少女は大きな瞳を閉じた。その顔は幼く、しかし少女特有の独特の色香を放つ。
幽霊や幻覚にしては魅力的なものだった。年齢は十二、三歳くらい。
幽霊や幻覚に人間の年齢が、当てはまるか分らないが。
少女の黒く真っ直ぐな長い髪が、昌治の頬に触れる。
触れられる感触がたしかにある。
昌治はもっとも怖い想像をしてしまう。
この少女が人間で気がふれており、深夜に部屋に忍び込み、身体の自由を、いや命を奪うクスリを投与したとしたら。
超常現象より恐怖な現実。
身体を流れる汗は、ますます多くなり、額からも流れ始めた。
「どうなっているんだ? きみは、どうしたら消えてくれる?」
自分では叫んでいるつもりでも、その声は微かに部屋に伝わるだけ。
だがそれで十分だった、少女は瞳を開いて昌治の前から身を引いた。
その瞬間、体中の力が抜け金縛りがとける。
上半身を跳ね上げ、部屋を見渡すが、少女の姿は無かった。
だが、いる……どこかに、そんな気配が残っていた。
“まさはる”
その声は手元から聞こえていた。紅いスマートフォン、その画面に少女が存在していた。それを掴み、手前に引き寄せて話しかける。
「君は、拡張現実の少女? APなのか、プログラムなのか?」
スマートフォンの中で動く少女のソフト、でも、さっきのは、3D映像ってレベルじゃなかった。
「すごいな、最近のAPはこんな事まで出来るのか?それにしても少し迷惑だな」
「めいわく?」
「ああ、深夜に人を驚かす、APなんて迷惑だ」
「そう、めいわく……なんだ」
今、彼女と普通に会話が出来ている?
そんな事はないはず、APなら決まった音声に反応するだけだろう?
「君は何者なんだ? 本当にAR技術が造りだした映像なのか?」
少女は、美しい瞳を再び閉じて、少し俯き加減で呟く。
「わたしは、じぶんが、だれか、わからない」
昌治は少女と話し始めた。好奇心からだった。
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