第二巻 第一章 王座はお断りします①
人生は思いがけないことの連続だ。そのことを私は二度目の人生で
なんの因果か、前世で経営コンサルタントをしていた私が乙女ゲームのラスボス・ヴィオレッタ王女に転生してから、もうすぐ一年になる。
その間、ゲームの制作者を名乗る攻略キャラに命を
夜中の王立図書館で辺りに人がいないのをいいことに、私は「はぁぁぁー」と肺の奥から
前例がない場合、どうやって明日の朝議で切り出せばいいだろう。元ワガママ王女の私には高すぎるハードルを前にして、頭を
「ヴィオレッタ、こんな
顔を上げると、
「レナルドこそ、こんな時間にどうしたの? 明日の朝議に備えて、早く寝た方がいいわよ」
「ああ。頭ではわかっていても、明日のことを考えると、なんとなく眠れなくてな。実際、俺の嫌な予感は当たっていたようだし」
レナルドがもの言いたげな視線をテーブルに向ける。……あっ!
私は
「その書類はなんだ? いい加減、女王になる未来を受け入れたらどうだ?」
「む、無理よ、私に女王なんて!」
「なぜだ? 国王試験の勝者はあんただろう?」
「それはそうだけど、私みたいな
「………………」
レナルドが
なんで? 私、何も変なことは言っていないと思うんだけど。
夜中の図書館にぎこちない空気が流れた、その時だった。
「ねぇ、ヴィオレッタは、その……女王になるのが嫌なの?」
おずおずとした問いかけに、ハッとして
こんな時間に図書館で会うなんてめずらしい。私とレナルドの意外そうな視線を受けてリアムは少し
「
なるほど。最近のリアムは「
「リアム、大丈夫? どうしてもつらいなら、明日は無理しなくてもいいんじゃない?」
「そうだぞ。無理に朝議に参列しなくても、少しずつ人と話すことに慣れていけば……」
「二人とも心配してくれてありがとう。でも、僕だって王族の端くれだもん。明日は頑張るよ」
ああ、我が子の成長を見守る親って、こんな気持ちなのかな。リアムの笑顔がまぶしい。
レナルドも私と同じことを思ったのか、目を細めて弟を見ている。リアムはそんな私たちの反応が
「僕のことより、今大切なのはヴィオレッタの方だよ。ねぇ、女王になりたくないって、本当なの? どうして?」
「俺もその理由を知りたいな。今度は
「え……」
レナルドにはさっき真面目に答えたはずなのに、信じてもらえなかったのだろうか?
私が女王になりたくない本当の理由を一から説明するには、前世の秘密にも
「私は王にならないわ。私より王にふさわしい人たちが、すでに二人もいるんだもの」
レナルドとリアムが不可解そうに顔を見合わせる。
「僕に王は無理だよ。明日の朝議に参列するだけでもこんなに緊張してるのに、王として人を率いることなんてできないよ」
「俺も、自分より王の資質を持った人間が目の前にいるのに、出しゃばる気はない」
「いやいやいや! リアムの努力家なところとか、レナルドの
「そうだな、最初は
「待って! あれは身分を隠していたから好き勝手に動けただけで、王とは
「そうか……。なら、あんたは女王にならない代わりに、何がしたいんだ?」
「え?」
思いがけぬ質問に
「かつてあれほど欲しがっていた王座を
「そんな、私は……」
すぐに言葉が出てこなくて、レナルドから目を
思えば、前世の
「困っている人たちの力になりたいわ」
それは自然と口をついて出た、私の本音だった。
前世の自分を思い出す。私は社会的に良い行いをしている人たちが
「私は人々の抱えている問題を
レナルドはなぜか
「あの、ヴィオレッタは今、僕たちに将来の夢を語ってくれたんだよね?」
「ええ、そうよ」
「あんたが語った内容は、まさに王の仕事じゃないか」
「はい!?」
ギョッとしてレナルドを
「国内外の問題に対処しつつ、時には民を守る
「待って! 規模が全然違うわ! 私の想定してる仕事は、もっとこぢんまりしたものよ!」
「規模の大小にかかわらず、やることが似ているなら、王でもいいだろう?」
「いやいや、責任の大きさが違うから! 一国を背負って失敗なんてできないし!」
「つまり、あんたは少人数が相手であれば、失敗しても問題ないと思っているのか?」
「そ、そんなつもりはないけど……!」
おかしい。私は自分なりに責任感を持って、経営コンサルタントの仕事をしてきたはずだ。それなのにレナルドの正論を前にすると、何も言い返せないなんて……。
答えに
「ヴィオレッタ、今日はもう寝よう。夜中にあれこれ考えたって、ろくな結論は出ないよ」
「リアムの言う通りだ。部屋まで送って行く。ヴィオレッタ、手を」
「あっ、僕も!」
レナルドとリアムが、座っている私の前に手を差し出してきた。えーと……。
気持ちは
いやまぁ、王座から
私が手を取るのを二人は静かに待っている。そこにいらついた様子は
どうせ図書館にいたってろくな資料もないんだし、辞退届(仮)の続きは自分の部屋で考えればいいか。何より今は、ゲームの中で敵対していた二人がこんなにも
「レナルドもリアムも、ありがとう」
二人にはなんのお礼だかわからなくても構わない。私はテーブルの上の辞退届(仮)を
こうして三人で
***
翌朝、私は
玉座のお父様を間に挟む形で、左にレナルドとリアム、そして右に私が並ぶ。私は家庭教師のスヴェンを
一段下の広間には
ごめん、リアム。慣れない人間が余計なことをしない方がよかったかも……。
内心でそっと謝り、おとなしく目の前の重臣たちと向き合う。その直後のことだった。私たちの準備が整ったのを見届け、玉座のお父様がゆっくり口を開いた。
「国家を
広間に緊張が走る。ついに来た。私は背筋を正し、昨夜考えた辞退届を脳内で復唱し始めた。あとはタイミングを見て、声に出して
「すでに周知の話かもしれないが、先日行った国王試験の中で、余の
お父様が一度言葉を切り、皆の反応を窺う。よし、今だ!
「陛下、お言葉ですが」
「お待ちください、陛下。
……え? 今のは
出鼻をくじかれ、ビックリして声のした方に目をやる。発言の主は、優美な口ヒゲを
「デュラン公爵、余の考えに異を唱えるのはなぜだ? 初代乙女がそうであったように、光の力は神に選ばれし者にのみ
お父様が語気も
「真の乙女の誕生は
……は? 私は頭が真っ白になった。確かに以前、私の名前でお父様に毒入りの飲み物が届けられたことがあった。でも、あれはラルスが犯人だったと証明されたはずで……。
重臣たちも
「公爵の受け取った報告はいささか古いように思える。スヴェンが指揮を
「もちろん、そのお話は
何それ?
「デュラン公爵のおっしゃったことは事実です。果たしてそれが私たちを
スヴェンの答えに、私は頭を
ラルスってば、なんて
「仮にラルスの発言が
「ならば、あなたはどうすればヴィオレッタの即位に
レナルドがデュラン公爵に問う。公爵の口元が一瞬ニヤッと笑みの形につり上がって見えた。
「私どもは、ヴィオレッタ様が即位なさる条件として、教会の
なんですって? 思わず絶句した私への
「ラルスが教会の
「つまり、公爵は今まで王族が足を
「多少人聞きの悪い言い方ですが、
公爵とレナルドのやりとりを耳にし、広間にさらなる動揺が広がる。そりゃそうだ。
公爵はこともなげに言ってのけたけど、教会と王族の関係は複雑だ。表面上は、光の乙女が選んだ王に教会が仕えるという形を取っていても、ひとたび問題が生じた場合、教会は「神に選ばれし乙女」の
そんな教会に単独で乗り込むなんて……。しかも、このやり方には
「教会に監査を入れ、掌握することの意義は理解した。しかし、それではヴィオレッタが無実であることの証明にはならないだろう?」
私とまったく同じ疑問をレナルドが口にした。
「もし仮にヴィオレッタがラルスや教会と共謀していた場合、教会に
「では、どなたかが見届け人としてヴィオレッタ様にご同行なさってはいかがでしょう?」
公爵がレナルドを見上げ、意味ありげに微笑む。その様子に私はピンときた。
もしかしたら教会の監査も掌握も実はブラフで、レナルド派を公言する公爵の真の
「デュラン公爵、私はあなたのご提案に賛成します。レナルドとリアムの二人を見届け人とし、共に教会で監査の任に当たることで、私は身の潔白を証明いたしましょう」
「ヴィオレッタ!?」
レナルドが信じられないといった顔つきで私の方を
レナルドを王位に
その過程で、私がボロを出して自滅すれば
ただ一つ彼にとって計算外だったのは、私が本気で王位を望んでいないという点だ。私は自らの無実を証明した上で、レナルドかリアムのどちらかを王に
ざわつく広間の中、デュラン公爵の
「デュラン公爵、そなたはヴィオレッタが教会の監査を通じて自らの潔白を証明し、教会の掌握に成功した
「……はい、喜んで」
「ならば、余はヴィオレッタに教会の監査と掌握を、レナルドとリアムに彼女の見届けを命じよう。皆もそれで構わぬな?」
宮廷の中枢たる王と公爵の決定に表立って逆らう者はいない。レナルドがムッとした表情で口元を引き結び、リアムが
「陛下、どうか私に王命を」
「王女ヴィオレッタに命じる。レナルドとリアムと共に教会に赴き、
うん、これも乗りかかった船だ。王族が教会を掌握できれば、次の王となるレナルドかリアムの負担も少しは減るものね。私たちみんなの平和な未来のためにも、
前向きな気持ちになって
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