第11話 神吏
殺虫課本部を出た私はとりあえず考えた作戦を実行に移すため、広さのある場所を探すことから始めました。
「この辺りの地形についてはあまり把握していないのですよね」
地理にあまり興味のない私は、基本自宅と殺虫本部周辺の地理しかよく知りません。というか日常的に道を聞かれることもない殺虫課にいるのですから、地理など知っておく必要がないんですよね。
現場に向かう時は基本部下に運転させますし、私が知っているのは殺虫課本部から自宅までの最短帰宅ルートぐらい。
「まあ知っていたとしても、視界はほとんど飛んでる人差し指くらいの茶色い虫によってかくされてますからあまり意味はないかもしれませんが」
考え事をしながら、あちらこちらと適当に歩いていると、目の前の道路に交差点を示す十字架のマークを見つけました。
まあ、田舎と言う訳でもないのですから、道路を適当に歩いていればいつかは大きな交差点にも出ますよね
「あのマークがある所がちょうど交差点の中央ですからあそこで作戦を実行しますか……ん」
あと少しで交差点のマークを私の足が踏みつけると言うところで他の人が交差点のマークを踏みつけてしまいました。
普通なら話し合いをしてどいてもらう所ですね。別にこちらも好きでやっているわけでなくあくまで公務としてしているだけ、それに民間人は我々の言うことに従う義務がありますからね。
私は彼に向かって腕を伸ばすとそのまま、
「絶対零度(アブソリュートゼロ)」
前方一帯をすべて氷漬けにしました。
氷漬けにしたといっても氷の中に閉じ込めたわけではなく液体窒素に入れたように全身をそのまま固めてしまったようなものです。
前方を飛んでいた虫けらたちが全身をかちこちに凍死させてぽろぽろと落ちていきます。高いところを飛んでいたものはそのまま落ちる衝撃で全身を割っていますね。
まあ、これだけ冷やせばどのみちもう死んでいるのですが
「あなたは死んでいないようですね」
私よりも先に交差点の中央に到着した人物、さっきまでは周りをうるさく飛び回る羽虫たちのせいでよく見えませんでしたが、今はその羽虫を一掃したのでよく顔が見えます。
ああ、なるほど。これはこれは。
「本当に、人間と変わらないんですね。まあ、当然と言えば当然なんでしょうけど」
ようやく姿を見ることが出来た彼は、どこにでもいる学生のようでした。
見た目普通、服装普通、唯一気になるところ言えば右腕に巻いている包帯ぐらいでしょうか。
普通に町を彼が歩いていても違和感を覚える人間はいないでしょう。奇異な目で見る者はいるかもしれませんが。
普通の町を歩いていれば……ね。
「どうして攻撃してきた」
見た目通り、こちらも意思疎通は可能なようですね。
「あなたが普通の人間じゃないからですよ」
この少年が羽虫の原因とはとても思えませんが、私はこの少年と会話をすることにしました。
「どうしてそう思う」
どうして……ですか。そんなことは決まっているじゃないですか
「虫は人類の害悪。人類の敵です。そんな虫が町中に溢れかえっているこの町はいわば戦場、そんな場所にのこのこ現れる民間人がいると思いますか。いるとするならば虫、もしくはその虫を地球上から駆除すること使命としている我々殺虫課の人間、そして……」
彼の見た目はいたって普通の人間、つまり虫ではない。そして着ている服は殺虫課の制服でも特殊装備でもなくただの汚れたパーカー。つまりこの少年は
「人ではない異端の者達だけですよ。そうでしょ悪魔さん」
あの攫われた女が言っていた謎の少年だ。
私は再び腕をその少年へ突き出すと手のひらから白い煙を勢いよく噴出、前方を白い煙で覆い尽くしました。
普通ならこの煙の中にいるものは皆凍って凍死してしまうのですが、少年は死んでいなかった。
「お前が敵だと言うことがわかっ」
私は再び白い煙を噴出しました。
申し訳ありませんが私は人の戯言をいちいち聞いてあげるほどボランティア精神のある人物ではないのでね。今度はもう片方の手も使って間髪入れずに二連打しますが、
「っ」
少年は歯をかじかめながらも私に向かって拳を振るってきました。
かわすこともできましたが私はあえて少年の拳を右腕で受け止めました。
「なるほど、これはとてもではありませんが人間業をはるかに超えたパンチですね」
想像はしていましたが、少年のパンチそれを超える威力でした。受け止めてなお、一メートルほど吹き飛ばされるとは……
私はこの国唯一の神吏(パラディオ)。イギリスにある極光教会に座す聖母(セイントマザー)より神の御心である神受:絶対零度(アブソリュートゼロ)を授かった、神に選ばれし聖騎士の一人。
聖母(セイントマザー)から神受を賜ったものはパラディオとして人類を虫から守る使命を課せられる。
その使命を果たすためにパラディオは神受という人智を超えた能力を授かり、身体能力も大幅に向上される。
おかげで私はパラディオになって以降、一度も風邪を引いたこともなければ、ちょっとやそっとではけがもしなくなったのですが、その私を吹き飛ばすほどのパンチ力を持っているとは。
どうやら彼が普通の人間ではないと言うことは本当の様ですね。
彼は私の冷気を受けても氷漬けにはなりませんでした、しかし、寒さを全く感じないと言う訳ではないようです。
その証拠に三度私の冷気を受けた彼の足はがくがく、まるで生まれたばかりの小鹿のように震えています。
どうやら寒さに強いのではなく、我々パラディオと同じようにからだが丈夫なだけなようですね。
それなら、
「体が悲鳴を上げ動けなくなるまで冷気を浴びせかけるまでの話ですよ」
私は再び彼に向かって冷気を浴びせかけようと手を彼に向けた瞬間、彼も私の行動を察知し、私に殴り掛かってきました。
しかし、遅い。あなたのパンチがどの程度の威力を持っているのかはもう分かっています。そして私の冷気はあなたがパンチを繰り出すより早くあなたを襲う。
この勝負、どう転んでも私の勝ちです。
再び死の冷気が少年を覆い尽くす。そして、
「ぐ」
先ほどと同じように少年は冷気から脱出するとすぐさま私に目掛けて拳を振り上げてくる。
ふ、それでは私は倒せませんよ
私はまた少年のパンチを腕でガードしようとしました。
あなたのパンチの威力は先ほどので把握済み。確かに尋常ではない腕力ですが、それでもパラディオである私を倒すには力不足…………
と思ったのですが、
「ぐふ」
少年のパンチを受けた私は、一メートルどころか近くにあった建物の壁がクッションになるまで吹き飛ばされてしまいました。
まさか、私の体を壁にうずめるほどの力を持っているとは。
パラディオゆえの強靭な肉体があるので壁に体をうずめられても無傷で済みましたが、
これは、
「さきほど私を殴り飛ばした時は本気ではなかったということですか」
私は自分の思慮の浅さを反省しました。
私の嫌いな言葉は残業、接待、そして職務怠慢。
どうやら私は知らず知らずのうちにすでに潰えてしまった定時帰宅という夢をまだ追いかけてしまっていたのかもしれませんね。
それゆえに判断を誤ってしまった。
「ふふ、いいでしょう見せてあげましょう、この国唯一のパラディオ、小門時雨の本気を。」
壁にめり込まされた体を引き剥がすと私はさっきまで手のひらから出していた冷気を全身から噴出させました。
「特別ですよ」
私は少年ごと辺り一帯をすべて凍りつかせようとしましたが、空中よりいけすかないポップな声がそれを邪魔してきました。
「しゃしゃしゃ、俺様のかわいいかわいい子分たちが減っているから何事かと思いきや、このイナゴ様を抜きに面白そうなことをやってんじゃねえか」
こんな状況で町を出歩いている輩など大体予想できますが、確認しないわけにもいかないので声のした方を見ると案の定いましたね。新しい新種の虫が。
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