29話 : 松平会議
時は遡って、広忠の決意表明から2週間ほど前。竹千代の帰還に嬉々とする松平家。
竹千代との対面も終えた広忠の顔は家臣が見た中で一番、体調が良さそうな顔で……
「竹千代様とのお話に何かありましたか……?」
脇に控えていた家臣が咄嗟にそう言ってしまうほど、広忠の顔色は何時になく悪かった。体調もそれに付いて回るように悪くなったのではないか。
「ああ……少しな。一刻後、緊急の評定を行う。重臣を集めろ、特に酒井を」
そう告げると、広忠は壁にふらりと吸い付かれるように歩き、体重を乗せる。顔色が見る度に悪くなっていく様子に、家臣も本格的に一大事だと察し廊下を駆けていった。
広忠も、竹千代に言われた言葉を頭の中で反芻する。元々体調が悪かった体だ。考えれば考えるほど、頭の中で痛みが暴れ出す。あまりの痛さに床に座り込んでしまった。
たまたま見かけた別の家臣が、広忠を見て急いで寝室にまで運ばれた。
一刻後……大体現代の時間に換算すると2時間ほどだ。オレンジ色の夕日が部屋の中に差し込み、布団を照らす。そこへ黒の影が入ってくる。
「広忠様……大丈夫ですか?」
「そうか、もう評定の時刻か。重臣は揃っているか?」
半身を起こしながら頭を抑える広忠を重臣が止めに入り、再び布団に寝かされる。重臣は揃い、広忠は布団に寝た状態で評定は始まった。
まず、最初に口を開いたのは酒井だ。
「小姓が、『竹千代様と話されたきり体調が悪くなられた』と話していました。何か竹千代様が気に触ることでも言われたのでしょうか」
「いいや。竹千代は子供として至極真っ当なことを言っていた。この体調は少し難しく考え事をした結果だ」
「織田の件でしょうか」
「やはり、酒井は知っていたか」
周りの重臣は話についていけない。まあ、何のことを言っているかは事情を知っているため分かるのだが、今川に着くか織田に着くか……家臣の中で大勢力である今川に着くのは当たり前の結論だからだ。
織田と松平……それに今川と斎藤が絡まった闘争は今に始まったことではない。松平が織田を攻めたこともあるし、織田が松平を攻めたこともある。もちろん勝った時もあるし、負けた時もある。敵勢力同士らしく、お互いがお互いを敵だと思い、戦ってきたのだ。それを今更覆せるわけもない。
「竹千代に会った時は安定していたが、1年前から儂の体調は悪化するばかりだ。迎えが来るのも時間の問題だ。それは、織田にも言えること。信秀も後何十年も当主を続けることなんて出来ない。あと10年もすれば完全に実権は子供に入れ替わるだろう」
「……その時の後ろ盾が今川の方が心強いから、今川に着くという話なのでは無いですか?」
酒井の右隣に座っている重臣が疑問を投げかける。疑問に広忠も答えていく。
「そうだな。今川は武田とも大きな繋がりを持っている。着いていて損は無いだろうが……」
「だったら何故?」
「これは酒井から聞いたのだが。竹千代は一人の人間として、多くの織田の人間に懐いている。尾張には大きな商工街があり、そこには三河や駿河には無いような活気があるらしい」
「それが何か関係が……」
「儂が1年前くらいに聞いた尾張の、織田の様相とは随分と違うのだ。この1年で急激な発展を遂げている。恩を売るのも悪くは無いだろう……という事だ」
重臣も完全に納得はしていない。酒井は広忠の発言ひとつでどこまでも動く気でいる。
思い空気が部屋の中を流れ、シーンと静まる。各々が各々の考えをまとめているところだ。
「お父様!」
そこに1つ、甲高い声が耳の中に響く。酒井を除けば帰還後の竹千代に会えていない重臣は多かった。少し見ていないだけで一気に成長する子供という存在を強く実感した。
「竹千代様……大きくなられたな」
「本当にそうだ」
「お父様!大丈夫ですか、倒れたと聞いたのですが!」
「大丈夫だ、少しだけ頭が痛くなったのだ」
「そうですか!大丈夫なら良かったです!」
聞きたいことを聞けた達成感で竹千代は再び自室に戻っていく。
「な? あの性格に懐かれるのは苦労すると思うぞ?」
広忠の一言で、一気に場は柔らかくなった。
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