第41話 原初の女神

「我はそのような名ではない。我は原初の女神、ティアマト。お前たちの言う、神という存在の一柱」


「な――、そんな名前、聞いたことがないぞ」



 アランがすぐに反応を返していたが、クレアも似たような顔をしていた。

 だが、エリスだけは反応が違っていた。

 そしてルイも、他の三人とはまた違った。



「魔神との戦闘で傷ついたルイを治癒したのは我ぞ。

 あの傷が助かる傷でなかったのは、お前たちも理解していよう」



 クレアとアランがルイを見て、そのあとエリスへと視線を向ける。

 そしてエリスは、二人に答えるように話し始めた。



「ルイ様の傷は、私に治癒できるものではありませんでした。

 ですから私は、私の器を懸けて女神パナケイア様に奇跡をお願いしようとしました。

 でも、きっとそれをやってもルイ様をお助けすることはできなかったと思います。

 あのときみなさん気づいておられなかったようですが、彼女が私の前に現れてルイ様をお救いしてくれたのです」


「ルイ、お前は我の名を知っていると思うが?」



 ティアマトの言葉に、三人がルイに視線を送った。

 三人と違い、確かにルイはティアマトという名前を前世で知っていた。



「なぜ俺が、お前の名前に憶えがあるとわかる?」



 ルイは身体強化を解かずに、ティアマトを視線の先に捉えたまま問いかけた。

 するとティアマトが手をかざすと、焚き火が現れた。

 周りには丸太も置かれ、ティアマトは最初にそこに座って声をかけてくる。



「人間にはこの気温は寒かろう。座るがよい」


「「「…………」」」


「お前が何者かもわからないのに、仲よく座ると思うか?」


「お前がなぜこの世界に転生したのか、知りたくはないのか?」


「――! なぜお前が知っている?」


「「「――!」」」



 ティアマトが再度座ることを促すと、ルイは最初に丸太に腰を下ろした。

 攻撃をしてくるのであれば、とっくに攻撃されていておかしくはない。

 なにより、転生について知っているということが気になっていた。



「そんなに警戒せんでいい。取って食ったりはせぬ」



 腰を下ろしはしたが、全員警戒しているのを見てティアマトが少し笑っていた。



「そんなことはどうでもいい。なぜお前が俺の転生のことを知っている?」


「知っているもなにも、お前をこの世界に転生させたのは我だからな」


「「「「――!」」」」



 目の前にいる白銀の彼女が本当にティアマトだというのであれば、転生させることも可能なのかもしれないとルイは思った。

 ルイが知るティアマトは、さっき彼女が言っていたように原初の女神と呼ばれている。

 いくつもの神々を生み出した母なる神。

 そんな女神であれば、転生させることができてもおかしくはない気がした。



「どうして転生させて、俺に記憶を思い出させた? 転生させたのがお前なら、俺の記憶が戻ったのもお前が関係しているんじゃないのか?」


「その話をするには、少しばかり我の話が必要になる……」



 ティアマトが話したのは、神々の時代である神話。

 自身が生み出した神々と戦い、それに敗れた神話であった。

 クレアたちの反応は、まったく聞いたことがないというような反応で、ティアマトの話が真実なのかどうかもわからないという感じだった。

 ルイも同じようにその話が真実なのかはわからないが、確かにそういう神話があったことだけは知っていた。



「そして我は神々の手によって、世界の基になった」


「その話は知っている」


「ルイさんは、今のお話を知っているのですか?」


「ああ……以前の記憶でだが」



 クレアたちには突飛な話過ぎて、どこをどう信じればいいのかがわからないというような顔をしている。

 だがルイだけは自身に起こった転生ということが、当事者という感覚を覚えさせていた。



「それで、その話がどう俺に繋がる?」


「世界は我の身体からできている。我は神々と戦うため、子どもたちを生み出して戦った。

 その名残が、この世界でいう魔物。だが問題はここからだった。

 この世界の人間たちに信仰されているのはパナケイア。

 それはこの世界での治癒を司っているゆえ、影響が大きいのは必然。

 だがパナケイアの信仰が強ければ強いほど、それと戦った我は悪ということになる。

 人間のそれは時間とともに概念にまでなり、我をリリスという概念で縛った」


「それでは、邪神リリスは、我ら人間が作り出したというのか?」



 アランが立ち上がって問い詰めた。だが全員が同じ気持ちであっただろう。

 ルイは今までガイアで生きてきて、リリスのことを聞いたことなどほとんどない。

 リリスはガイアに当然のように存在し、現れたら過ぎ去るのを待つことしかできない存在だということだけだった。



「そうなるな。だがお前たちは子どもたちに庇護されて誕生した存在。それも致し方あるまい」



 ティアマトはなんでもないように言った。

 同時にルイは、一つの史実が気になっていた。

 一度リリスは倒されたという史実がある。

 なのにリリスは存在し、ルイはそのティアマトによって転生されたと言っているのだ。

 この部分が矛盾しているようにルイには思え、確認することにした。



「お前は一度、聖遺を持った者たちによって滅びたんじゃないのか?」


「お前たち人間が、我を滅ぼせると? 我は神々を生み出した原初の女神、ティアマトぞ」

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