Jitoh-10:鮮烈タイ!(あるいは、四/視/死角の中の/トレコロリプリマリディルーチェ)


 まっさらとなった場に流れるは、虚無とでもいうべき俺の心象風景の顕現イメ―ジのような、しめやかな真空のような時空間であったものの。


 今の投球だけでJの字を「敵」と認定してしまうのは気が早い、落ち着け。おそらく野郎も人生初投球だったはず。ケンで投げてみた、って可能性は高い。あるいは何も考えずにそこにあるもの目掛け放ってみたという、野性の何らか信号による不随意な行動だったのかも知れねえ……


「……ふっふ、全てを吹き飛ばしてしまえば、いろいろとややこしいことも考えずに済むということ……」


 いや、確信犯か。いまだ投球終わりの姿勢のまま得意気に言い放ちやがったがこの野郎……ことがそう単純であるはずねえだろうがこのやろう。


<……そいつは悪手だな。キサマの青球も場外に出てしまうのならば、清々しいまでの『自爆』といったところか>


 今だけは俺の隣でぽつり呟いた鉄腕の奴に賛同だ。ぐるりを長方形に囲ったラインから外に出た手球カラボは無効、的球ジャック十字クロスに戻されるってルールがあっただろうが。すなわち、


「……」


 ようやく理解という名の電気信号が大脳に到達したと思しきJボゥイの暑苦しい顔が暑苦しいまま膠でもぶっかけたかのように固まったところで、次の手番の鉄腕野郎の左手には鮮やかな色彩をした「緑の球」が既に保持されていたわけだが。その狙う先には、場のほどよく中央に鎮座させられた白球だけがある状況なのであり。


 すなわち野郎のフリースローになっちまったってわけだ。俺があれだけ必死こいて設置した「防護壁」も瓦解しちまってよぉぉぉ……見渡す限りの大平原に、俺の心の中にも吹きっさらしの風が吹く。


 こりゃ駄目だ。初っ端からどう立ち回ろうと事態がどんどこ悪くなっていってしまうのは俺のせいか、相方のせいか。思わず白目になっちまいそうな俺の、


 傍らからキュイイイイ、というような機械の動作音らしきものが聴こえてくる。見ると野郎の車椅子の右側で、ちょっと前に俺の顎関節を破壊しようとした金属の「腕」が滑らかにその肢体をくねらすように蠢き始めていたわけで。あ、なーるほど、俺の心情なんかは別としてつつがなく進行しようというわけだね、それはそれで普通なんだけど容赦ねえな……


 よくよく観察してみると、その腕はチタンっぽい質感で拳大の「鱗」みたいなパーツが連なっているような作りだ。変わってんな……いやそれより見た感じすげぇ精巧で精密そうだがこのロボアームを使って投擲するのかよ流石にそれは汚ねえんじゃねえかそれこそ「一点」にいくらでも正確に投げられそうじゃあねえか……と、最早難癖をつけるくらいしか出来ることが無くなってきていた俺が抗議の言葉を発しようとしたが、


「……」


 その「腕」は肘掛けの上部に覆いかぶさるようにしてから何回か波打つような動作を見せてのちは、まるで最初からそこに設置されてましたよくらいの自然さをもって、なだらかな傾斜を形作ってそれきり固まっちまったのだった。何だ?


「……ぃっ……ぃぃいいっ」


 とか思ってたら、突然発せられたのはそんな蚊の鳴くようなか細いが耳障り、という不思議な声色であり。苦しそうに喘いでいる感じだが、これがあの普段はダンディーテノールの鉄腕の奴の、……本当の声なのか?


「……ふぃぃぃぃぃぃっく、いぃぃぃぃぃぃる……」


 そんな俺のちょっとした驚きの視線なんかは全く意に介していなさそうに、奴さんは弛緩していながらも強張っているというまたしても摩訶不思議な面相を呈したまま、焦れるように、見てるこっちの身体にも力が入っちまうくらいにじりじりゆっくりと、うやうやしく掲げ持つようにしてその緑球を自分の目の前を左から右へと移動させている。そうか、こいつ左手で「声」を操作してたよな……だから今みたいに左手でボールを持っている時なんかは喋れねえわけか……そしておそらく満足に動かせるのも左手だけなんだろう。「満足」かどうか、それは俺なんかには計り知れねえが。


 とにかく動くその手を使って、野郎は周りのことなんかまるで目にも耳にも入っちゃいねえみたいに、ただボールを運んでいる。それは何か、よく分からねえけど、厳粛な儀式のように見えた。周囲の沈黙の中、宙を移動する「緑球」が体感一分くらいはたっぷり経った後で、ようやく右脇のアームの上へと到着する。大きく鼻から息を吹きだした野郎だったが、こっちも息が詰まってたよ……同じようにため息交じりの鼻息をついてやるが。


「……な、なんでこ、この『ロボニック=アーム』をつ、使ってな、投げないんだとかお、思ってるんだ、だろう……」


 空気が狭い隙間から漏れるかのような音と共に、そんな俺の図星をついてくるような声が聞こえてきた。まあその正式名称は知らんかったが概ねそうだな、とか呟くものの、野郎は構わず「坂」を形成しているその金属腕の上に緑球を乗せてその上から左掌で押さえつつ、言葉をひり出してくる。よく見ると「腕」にはちょうどボールの幅くらいの溝が切られていた。こいつはまさか……


「き、キサマには、わ、分かるまい……こ、この神聖なる競技は、お、おおオレのような身体動かすことのま、まならない者にも、湯水のようにけ、健康を垂れ流す出来の悪い大脳がま、まならない健常者どもにも、地球の重力を受けて、は、貼り付いている万人に平等なんだ……わ、分かりはしないだろうが、お、おオレは断じてそう思っているんだ……」


 そういや相方もそんなこと言って煽ってたっけなあ……とか、殊更軽くはぐらかしでもしなければ、こいつの言葉に引き込まれてしまいそうだった。


 その、濁って歪んでいるのに、何故か見てると引きずり込まれちまうような目から、目が離せなくなりそうだった。何でだ。


「だ……だから俺は重力それを使う。き、キサマの薄い知識でも、勾配具ランプくらいはし、知ってるだろう……こ、こここれがお、オレのランプだ……と、とと、特注で、しし親愛なる友が作ってくれた、オレの半身……無限の角度で……自在にオレは……『局面』を制する……ッ」


 喋りながらも、野郎の集中力が極限まで高まっていくのを肌で感じ取っている。はたして次の瞬間、


「……!!」


 奴の拘束から解き放たれた「緑球」は、音も無く「腕」が形成する傾斜を落下するように滑り切ると、床面に達してからもほぼ同じくらいの速度で、転がるというよりは滑っていく……!!


「……」


 俺の視界内で遠ざかっていったその緑球は、まるで意思を持ってそこで停止したと思わされるかのようにぴったりと、


 的球ジャックの右側に寄り添うように、いや、指一本くらいの隙間を残してかっちりと並んだのであった。


 やるじゃあねえか。しかして真横ではなく、少し緑球の方が手前にあるように見えるが、ん? それはもしや。


 ……J郎の「力球」を警戒してさらにそれを防御するための布陣のつもりなんじゃねえか? いやおいおい、例えそれをやられても、最後の最後にはフリーのてめえが、ただ手球を投擲すりゃあ勝ちって局面になると思ってたが、違うのか?


 何か、違和感だ……ひょっとしたら。


 ジトー、お前は敵未満味方未満な存在かと考え始めていたが、どっこいさっきの荒唐無稽投球が、奴の何かに触れたようだぜ? それをうまく突けば、いけるかも知れねえぞ?


 ……考えろ。その上での、最適な投球を、撃ち放つんだ。

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