異世界温泉ツアー?
第1話 火星環境維持プラント“アイオリス”
ここはアイオリス・リニアステーション。
火星各地と繋がっている何本ものリニア鉄道が集まっている大規模な駅だ。しかし、現在ではそのほとんどが氷雪に埋まり不稼働となっている。しかし、藤堂親子の尽力により、マリネリス平原とアイオリスを繋ぐ路線は復旧していた。
ここに、マリネリスから一両編成のリニア車両が構内に侵入してきた。その車両は戦闘機のようにエアブレーキを開いて減速し、一番端のホームに停車した。
中からは四名の女性が降車した。
一人は二十代後半を思しき女性。彼女はジーンズに黒い革ジャンを羽織っている。
他には学生と思しき小柄な女性が二名。二人共体にぴったりなパイロットスーツを着ていて体形が丸わかり。二人共華奢で、胸元は寂しい。
一人は女性としては大柄だが、銀色の毛並みを持つ狐の獣人だった。銀色のパイロットスーツを身に着けた彼女はかなりグラマーな体形で、先の二名とは随分と雰囲気が異なる。
四名を出迎えたのは紺色のスーツを着た長身の男性と、バスガイドのようなピンク色の制服に身を包んだ女性、そして、黄金色の小柄なロボットだった。
「皆様ようこそおいで下さいました。この度の異世界温泉ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます。私はツアーのガイドを務めさせていただきますハルカ・アナトリアと申します。では主催者様からご挨拶をいただきます」
ハルカに紹介された男性が一歩前に出て挨拶をする。彼は若き日の杉良太郎のようなハンサムなオジサンだった。
「只今紹介に預かりました黒部由紀夫と申します。今回の異世界温泉ツアーを企画させていただきました。皆さまはここアイオリスに於いて、日々火星環境維持のため尽力されているとお聞きいたしました。つきまして、皆さまのご慰安にと温泉ツアーを企画させていただきました。行先はとある異世界としか申し上げられませんが、それはそれは素晴らしい温泉郷である事は保証いたします。移動に関しては私の用意しました転送装置により、一瞬で移動できます。私、黒部が添乗員として身様に付き添い、お世話させていただきます。どうぞご安心ください」
黒部は添乗員だという。その黒部を見つめるガイドのハルカだが、何やらうっとりとした緊張感のない表情をしていた。
しかし、リニアから降車した四名の女性はその黒部に対しては不審な視線を投げかけていた。そしてそれは、彼女たちの服装からも明らかであった。
ジーンズに革ジャンを羽織った女性、みゆきは皮手袋を取り出し両手にはめた。そして拳を握り構える。まるで今からストリートファイトでも行うかのような態度であった。他の三名は身体に密着したパイロットスーツを着込んでいる。それは戦闘用のスーツであり、空軍や宇宙軍で使用される類のものだ。
銀色の毛並みが美しい狐の獣人がぼそりと呟く。
「私たちはバトルと聞いてここに来たんだけど、まさか温泉バトルなのかな? かなり意味不明だけどさ」
「私はストリートファイトだと聞きました」
銀狐の獣人マリーに続き、革ジャンのみゆきが言葉を発する。
「私たちも何かのバトルだと聞きました。なのでこんな格好してるんですけど」
「そうそう」
赤いパイロットスーツを着た高一女子の美冬と青いパイロットスーツを着た中一女子のノエルの言葉だ。
ハルカは咄嗟に黒部の顔を見る。
「えーっと、温泉ツアーなんですよね」
疑念を隠せないといった風のハルカだったが、黒部は笑顔を絶やさずに頷いている。
「そうです。温泉ツアーですよ。物騒なものは必要ありません。今から着替えられますか」
ニコニコと満面の笑みを浮かべている黒部だった。しかし、マリーは眉間しわを寄せ黒部を睨んでいた。
「何か胡散臭いな。まあいい。さっさと転送しろ。現場に到着してから着替えるさ。本当に温泉なら問題ないさ」
マリーの言葉にしきりに頷いている黒部だったが、彼はバインダーの名簿を見ながら首を傾げる。
「えーっと、参加者はみゆきさん、全翼機トモエさん? 空間駆動戦車リベリオンさん? トリプルDのオルレアンさん? 鋼鉄人形エリュシオンさん? えええ? 皆さん人間ではないのですか?」
目を見開き辺りをきょろきょろと見回す黒部。
その視界の中に突然二体のロボットと航空機が三次元化する。それは10m級の
「だから、私が呼ばれたんじゃなくて、オルレアンが呼ばれたから搭乗者が必要ってことで付いて来たんです」
「私もです。飛行機の操縦なんてできないのに。どうしてトモエのパイロットに私が指定されているのか意味不明です」
美冬とノエルが訴える。
どうやら、召喚されたのは人型機動兵器と航空機で、彼女達はその搭乗者として付いて来たらしい。
「そうなんだよ。だから温泉ツアーなんて胡散臭いって言ってんだ」
今度はマリーが突っ込む。
黒部は汗をかきながら頭を掻いている。
「ははは。何か手違いがあったようですね。でも、この名簿は絶対なので、このまま異世界へと出発します。ええ、大丈夫です。ロボも飛行機も戦車もみんな一緒に転送できますから」
笑顔を引きつらせなが黒部が言い訳をしている。彼が指を鳴らすと、周囲は眩く輝き始め、そしてその光が消えた瞬間にはその場にいた全ての者の姿が忽然と消えていた。
人も、ロボも、航空機も。
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