第23話 至福のひととき♪
仕事の大まかな流れを教わって、面接初日は夕方前には
明日からは自分で歩いて登庁しなければならないので、
「お帰りなさいませ、宵様」
家に戻れば信じられない程に美しい美女が出迎えてくれる。緊張が一気に解れ、強ばっていた宵の顔は自然に笑顔となった。
「ただいま戻りました。飛麗さん」
目の保養。職場で出会った
それに引き換え劉飛麗は非の打ち所がない。美しい容姿に加え、優しさと強かさを併せ持つ。仕事も出来るし気が回る。おまけに宵とは対照的な豊満な胸。疲れている時などはそこへ抱きつき顔を埋めたいと、女である宵ですら惹き付ける魅力がある。まさに、“立てば
「どうでしたか? お顔合わせの方は」
部屋の掃除をしていた劉飛麗は布巾で机を拭きながら宵に微笑み問い掛ける。
「はい、太守の
「あら、孔嵩様直々に。流石は
劉飛麗はニッコリと笑った。お世辞を言われて照れくさかったが、釣られて宵も笑顔になる。
「あ、ところで、この美味しそうな匂い……何か作ってるんですか?」
これは元の世界でも嗅いだ事のある馴染み深い香り。中華料理屋ではお馴染みの──
「“
「わー! ありがとうございます!」
自分が男なら間違いなく劉飛麗を嫁にするだろう。宵はニヤける顔を元に戻せないまま食卓に着いた。
──ふと、棚の上に何巻かの竹簡があるのが目に留まった。今朝、劉飛麗が調達してくれた閻帝国の情報が載っている竹簡だ。
竹簡を見ると真っ先に思い出すのが宵の唯一の所持品である祖父の形見の竹簡だ。何も書いていない古びた竹簡だが、宵は何故かその竹簡が、元の世界へ戻る鍵な気がしたので、劉飛麗に頼んで箪笥の中に鍵を掛けてしまってもらっている。今はまだ何も分からないが、その竹簡だけは失くしてはいけない気がしていた。
宵は一旦下ろした腰を再び上げ、劉飛麗が用意てしくれた棚の上の竹簡を1巻手に取り、スルスルと開いて中を改めた。
そこには、漢文でビッシリと文字が書き込まれていた。見た瞬間、宵の血が騒ぐ。
手に取った竹簡には、閻帝国の成り立ち、歴代皇帝の偉業などが延々と書かれていた。この世界の漢文は宵の世界のものと全く同じだった。お陰で会話同様苦労せずに読み解く事が出来る。いや、宵だからこそ、漢文をまるで日本語で書かれているかのように読む事が出来るのだ。
「へぇ、閻帝国はまだ建国して55年……北に
「あら、宵様。閻の文字も読めるのですか? わたくし、てっきり読めないものだと思って、後で読み聞かせて差し上げようと思っていたので驚きましたわ」
湯気の立つ
「私の国でも、同じ文字が使われている書物があるんです。私はそれを勉強してましたので読むのは得意なんですよ」
「それは素敵な事ですわ。では、他にもご所望の書がありましたら、何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます。飛麗さん」
「ふふ。さあ、準備が出来ました。召し上がれ」
話しながらも手際良く、宵の席の取り皿に箸と蓮華で湯気を立ち昇らせる熱々の小籠包を取ると、湯呑みには茶が注がれた。
「美味しそう! 頂きます! 飛麗さんも一緒に食べましょ」
また立ったまま宵の食事を眺めるつもりの劉飛麗に、宵は気さくに食事をとるように誘う。
「では、失礼致します」
劉飛麗は今度は遠慮する事なく、すぐに椅子に座った。そして、蒸籠に残っている小籠包を1つ箸と蓮華を使って取り皿に移す。ふーふーと可愛らしい唇で息を吹き掛けて、熱を冷ましながら少しずつ口に入れ上品に咀嚼する。
その上品さに見蕩れてしまっていた宵は、急いで台所から劉飛麗の湯呑みを持って来て茶を注いだ。
「あ……! そんな、宵様がわたくし如きに世話を焼いて頂くなど……それに、まだ宵様召し上がってなかったのに、わたくしったら先に……」
「いいですから、気にしなくて。私、飛麗さんとは友達とか、姉妹みたいに仲良くなりたいなぁ……って、思ってるんですから」
その宵の発言に、劉飛麗の箸と蓮華が止まった。大きくパッチリとした眼が宵を見つめる。
「……え?」
劉飛麗の様子に、宵は首を傾げる。
「……あ、いえ、すみません。何でもありません。さあ、宵様もお召し上がりください」
勧められるままに、宵は熱々の肉汁の溢れる小籠包を頬張った。劉飛麗の手料理を味わう時間、共に笑顔で団欒する時間が、宵にとっていつしか至福の時になっていた。
***
延々と続く長い歩兵の行列の中に、
鎧兜を付け、腰に刀を佩き、手には槍を持ち、4人の部下を従えて行軍していた。
しかし、その顔には生気がなく、目は何処か遠くを見ていた。
「鍾桂」
不意に呼び止めたのは、行軍の様子を馬の上から監督していた
「はい! 李聞殿!」
突然の事に鍾桂が驚き答えると、李聞は鍾桂の足並みに合わせ馬を進めた。
「何を腑抜けた面をしている。伍長に昇進したというのに。不満か?」
「いえ! 不満はありません! 腑抜けてもいません!」
歩きながら鍾桂はハキハキと応える。
「腑抜けてはいるぞ。何かを失ったかのようなそんな目をしている」
馬をゆっくりと進める李聞。その言葉に鍾桂の応答は途絶えた。
「宵だろう」
李聞が呟くと、鍾桂は目を見開いて李聞のその冷静な顔を見た。
「分からん筈がない。お前は宵と別れてからずっとその調子だ。本来なら昇進して嬉しい筈なのにだ。歳が、同じだったか?」
「……ええ」
寂しそうにポツリと応えた鍾桂をチラリと見た李聞は、また視線を前方に戻す。
「僅かな時間だったが、お前の心にとてつもなく大きなものを残していったか、あの娘は」
鍾桂は歩きながら俯いた。
「宵が……心配で……昨日別れてから、ずっと、宵の事ばかり考えてしまうんです」
「私も宵の事は気掛かりだ。だが、出来る事はした。劉飛麗もついている。大丈夫だ。心配ばかりしていても仕方がない。切り替えろ。宵は機転が利くし頭が良い。お前よりずっとな」
「はい……そうなのですが」
「宵に惚れたのだろ」
「え!?」
鍾桂は思わず声を上げてしまい周りからの視線を浴びた。
「お前もそういう年頃だ。何も不思議な事はない。だが、お前には今はやるべき事がある。軍人として、まず守るのは国家だ。戦は始まってしまった。先の賊軍は自発的に集まったものではない。
「はい」
「ならば、今は宵の事は考えるな。お前は伍長。部下も出来た。そいつらを守る責任もある。腑抜けている暇はない」
「はい! 李聞殿!」
「戦が落ち着いたらまた会いに行けばいい」
「……会えますかね……」
「会えるさ。お前が生きていればな」
そう言って李聞は、鍾桂の頭を兜の上からポンと叩いた。
そして掛け声を上げ、馬腹を蹴ると前方へと駆けて行った。
李聞の激励を受けた鍾桂の顔には生気が戻っていた。
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