第18話 閻帝国ってやっぱり中国文明?
風呂から上がり、用意されていた着替えを済ませると、
宵が着替えたのは“
所謂、
ただ、1つ驚いた事がある。
“下着がない”のだ。
これは宵にとっては抵抗のある文化の違いである。ブラジャーに代わる“
年頃の宵にとって、パンツがないのは不安感しかない。幸い、スカートは足下までの長さなので風が吹いたりしてめくれ上がる事はないだろうが、普段穿いているものがない違和感というのは普通ではない。
しかしながら、古代の女性は下着を穿かない文化もあったというのを聞いた事があったので、閻帝国という国もそういうものなのか、と無理矢理受け入れる事にした。どの道騒いだところでどうしようもない。ないものはないのだ。
劉飛麗も、色合いは違えど宵に用意してくれたものと同じような服装をしている。桃色の可愛らしい
劉飛麗が食卓に食事を並べるのを見ながら、色々と想像した宵は1人顔を赤らめる。そして諦めたように溜息をつく。
宵はまだこの世界の事を何も知らない。
「お召し物、慣れるまで大変でしょうが、しばらくは我慢してくださいませ。本来は、もう少し簡易な寝衣もあるのですが、今回は幾分移動が急だったものでその平服しかご用意出来ませんでした。明日、市場に出て宵様のお召し物を選んで参りますのでどうかご容赦を」
ソワソワしている宵を気遣って、劉飛麗は優しく声を掛けた。
「あ、はい。ありがとうございます」
「さ、お着替えも済みましたし、お食事をどうぞ。今日はまだお買い物に行けておりませんでしたので、荒陽から持って来た“おやき”しかございません。お酒もありませんのでお水で我慢してくださいませ」
「充分です。何から何まですみません」
食事を摂るのはこの世界に来てから初めてだ。
劉飛麗が荒陽から持ってきて温め直してくれた中華風おやき“
小麦粉で作られた平たい生地の中に練り込まれた野菜と肉の餡が、程よい塩加減でどんどん食べられてしまう。
「あ、飛麗さんも食べてください」
立ったままの劉飛麗の方へ皿を差し出す。
「いえ、わたくしは後で頂きますので」
「一緒に食べましょうよ。2人で食べた方が美味しいですよ。これはご主人様のお願いです」
「はあ……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
劉飛麗はそう言うと、宵の向かいの椅子に腰を下ろし、上品に綺麗な黒髪を片手で押さえながら
「飛麗さん、失礼な質問かもしれませんが、あの……おいくつですか?」
劉飛麗のあまりの麗しさに興味が湧き始めていた宵は、不意にそんな質問を投げ掛けた。
口元をもぐもぐと動かし、ゴクリと飲み込むとその小さくて可愛らしい口を開いた。
「わたくしは25になります」
「私は22なので、飛麗さんはお姉さんですね! あの、どうしてこの仕事をなさっているんですか? 飛麗さんみたいに綺麗な方なら、歌い手とか踊り子とかそういう仕事も出来たんじゃ……」
「あ……ふふふ」
劉飛麗は答えず優しく微笑む。
「えと……じゃあ、どちらのご出身ですか? て、聞いても地理がまだ分からないのであれですが……
「ええ……まあ……」
劉飛麗は詳しくは答えずまた微笑むだけ。
質問がことごとく不発に終わり会話が続かないので次の話題を考えようと、一旦視線を右手の食べかけの
「宵様はどちらからお越しになったのですか?」
突然質問が返され、宵は言葉を選ぶ。と言うより、答えを用意していないので何と答えるべきかと考えながら目を泳がせた。
異世界から来たというのは無闇矢鱈と人に言うべきではないだろう。ましてや廖班の息のかかった人物には。
「“
劉飛麗の瞳が怪しく煌めいた。そして口元も不敵に笑っていた。
「……はい。そうですね」
「でも、わたくしは宵様の味方ですので、お力になれる事がありましたら何なりとお申し付けくださいね?」
「ありがとうございます。飛麗さん」
劉飛麗はコクリと頷くと、また上品に
悪い人ではないのだろうが、やはりまだ信用は出来ない。廖班に仕えている以上、敵である可能性は大いにあるのだから。
宵はこれ以上、劉飛麗の素性に関わる質問をするのをやめ、閻帝国という国についての質問に切り替えた。
これまでの建物や衣服、食べ物を見る限り、閻帝国は中国文明によって興った国のような気がする。もちろん、それは宵の世界では、という話である。世界が違えば文明の名称は違うだろうし、中国文明に当てはまらないものも出てくるかもしれない。
今いる場所がどのようなところなのか、これから生きていく上で、少しでも知っておく必要がある。
♢
あっという間に
食事の間に訊けた事はそう多くはない。
今は
閻帝国の皇帝の名は
平和が続いた閻帝国は他国からの侵略に対する危機意識が薄く、
ところが、そうして蓄えた富も民の為に使われる事はなく、蔡胤自らの享楽と朝廷の高官達の私腹を肥やす為に浪費される。
故に民は常に貧しく、民の不満は爆発寸前だという。
劉飛麗から訊けたのはそれくらいだ。
「ご馳走様です。美味しかったです」
片付けを手伝おうと立ち上がると、劉飛麗に止められたので宵は部屋の端の寝台に腰掛けた。何でもやってくれるのは有難いが、申し訳なくて少し落ち着かない。
「もう遅いですしお休みください。明日はお役所の面接があるのですから」
「はい、では先に休ませてもらいますね」
「あ、言い忘れておりましたが、わたくしもここで休ませて頂きます。生憎、他にお部屋はありませんので……外で寝ろと仰られるなら外で寝ます」
「外で寝ろだなんてとんでもない。私は全然構いませんよ。むしろ1人で眠るのは不安なので、飛麗さんがいてくれた方が心強いです」
「ありがとうございます。そのお言葉誠に痛み入ります。おやすみなさいませ。宵様」
「おやすみなさい」
宵が寝台のそばの蝋燭の火を消そうとしたその時──
ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。こんな真夜中に来訪者? 不審に思い宵は布団を被る。
「どなた?」
劉飛麗は臆する事なく玄関の扉の前に行き声を掛ける。
「廖班将軍の麾下の
劉飛麗が宵の顔を見る。
廖班の部下の真夜中の訪問。災いの予感しかしない。
宵はゆっくりと寝台から立ち上がった。
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