第16話 兵法ゼミの司馬教授
宵の見舞いを終えた
研究室からはコーヒーのいい香りが漂っている。それはここに2人の探し人がいる事を示している。
研究室の扉を開けると、すぐに光世は部屋の奥へと走っていった。部屋には生徒は他に1人も居ない。
「司馬教授! 宵の事聞きました!?」
デスクでコーヒーカップを片手に寛いでいる初老の男に、光世が声を掛けた。
「何だ? いきなり。瀬崎さんがどうした?」
「宵、昨日から入院してるんです!」
「何だって?? 病気か? 事故か?」
顔色を変えてコーヒーのカップを置いた司馬は光世に顔を近付けて問い詰める。
「落ち着いてください、司馬教授。特に病気でも事故に遭ったわけでもありません。宵のお母さんの話では身体には異常はなく、就活の疲労でしょうって。さっき私と貴船君でお見舞いに行ってきました。まだ眠っていましたが、無事ですよ」
冷静に光世が宵の様子を説明すると、司馬は光世から顔を離し、椅子の背もたれに寄り掛かり大きく息を吐いた。
「そうか。体調を崩す程追い詰められていたのか……私ももう少しフォローしてあげた方が良さそうだね。とりあえず、今はしっかり養生してもらうしかないか」
司馬の言葉に光世と桜史は頷いた。
「司馬教授、それで宵のお母さんからこれを預かったんですが、見て頂けますか?」
光世は宵の母から託された分離した状態の竹簡を渡した。
司馬はそれを受け取ると、数本を取り上げ、書かれている文に目を落とす。
「これを瀬崎さんのお母さんから? また随分と古い竹簡だね。見事にバラバラになって。これを解読して欲しいと言う事かね? 厳島さん」
「はい。内容を理解するにはまず、バラバラの竹片を1本ずつ読解し、正しい順番で並べ直す必要があるかと思いますので。教授のお力をお借りしたく」
「そうだな。今目に入った範囲だと、ここには私の知らない王朝の名が書かれているな。“
「その竹簡の字は、瀬崎教授の筆跡なんだそうです」
“瀬崎教授”という名が出た瞬間、司馬は目の色を変え、答えた桜史を見た。
「そうか。それが本当なら内容が気になるな。明日にでも解読作業に入ろう。それと、バラバラだと見栄えが悪い。ちゃんと元の状態に戻して差し上げよう」
「ありがとうございます! 私達もお手伝いします! 司馬教授のご都合が宜しければ今日からでも……」
光世が言うと、桜史も頷いた。
ところが司馬はううむと唸る。
「気持ちは嬉しいが、私はこの後6限まで講義があるから取りかかれても20時近くになってしまう。それだと君達終電がなくなってしまうだろ?」
「ああ……まあ私は進路決まってるからこの後も明日も暇ですし、遅くなってもいいんですけどね〜。バイトのシフトも入ってないし。貴船君は?」
「俺も特に用事はないかな。司馬教授が今日お忙しいなら、むしろ俺達が先に作業進めときますよ。で、明日解読出来なかった部分を見て頂きます。6限の講義の後だと大変でしょうし」
桜史が言うと、司馬は声を出して笑った。桜史と光世は顔を見合わせる。
「私もね、瀬崎教授の竹簡の内容は物凄く興味があるんだよ。それこそ、今すぐにでも内容を確認したい程にね。君達がそこまでして協力してくれるのなら、私が頑張らないわけにはいかん。『
「では、『
司馬と桜史の会話に渋い顔をしながら光世が割り込む。
「……また……“
「そういう厳島さんも、何からの引用かすぐに分かるとは流石だねー」
「そ、それは、まあ、私だって一応、
嬉しそうに感心する司馬の言葉に、ボソボソと言い訳しながら苦笑いを浮かべる光世。
「はいはい。それでは私は講義に行ってくるよ。私が戻るまでには解読を終えていてくれてもいいからね」
「御意〜! 頑張ってみます!」
光世は元気よく返事をすると拱手をした。“拱手”は、宵がゼミの生徒に対して始めたのがきっかけで、すっかりゼミでの挨拶は拱手が浸透していた。しかしながら、隣のノリの悪い桜史が乗ってこないので光世が肘で小突く。
「いてっ……よ、宜しくお願いします」
渋々桜史も拱手した。
「宜しくな」
司馬はニコリと微笑み、拱手を返した。
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