慕容徳2 戎事不邇女器

苻堅ふけん東晋とうしん征伐に向かう軍において、慕容徳ぼようとくは奮威將軍に任じられた。


淝水ひすいで苻堅が大敗し、逃走を開始すると、同行させていた夫人のちょう氏とはぐれてしまう。慕容暐ぼよういが捜索に出ようとしたので、慕容徳は言う。


「昔、莊王そうおうちんを滅ぼしたとき、獲得した美姫の夏姬かきを寵愛しようとしましたが、臣下よりの諌めもあり、手放しました!

 あの女は夏姫のごとき不祥の存在です! 王を誘惑し、乱すのです! そも、軍事に女を近付けぬのは鉄則! こたび秦が敗北したのも、そのせいでありましょう!

 あの女が失われたことなぞ、見てみぬふりをしておけばよいのです! どうしてあえて保護する必要がありましょうか!」


しかし慕容暐はその言葉を聞き入れず、探索に向かってしまった。付き合いきれぬと慕容徳は探索より抜け出した。


やがて軍が滎陽けいように到着。そこで慕容徳は改めて慕容暐に言う。


「昔、えつ句踐こうせん會稽かいけいでひっそりと牙を研ぎ、ついに一挙のもとにを攻め滅ぼしました。その故事が伝えるとおり、聖人とは好機に乗じて動くため、あらゆる行いに失策がないのです。

 いま、天は秦に我が物顔をさせてしまったことを悔い、天罰をもたらしました。この好機に乗じ、我らの故国を復活させるべきでありましょう」


しかし慕容暐、これも却下。そのため慕容徳は慕容暐を見限り、慕容垂ぼようすいとともにぎょうに向かうのだった。




及堅以兵臨江,拜德為奮威將軍。堅之敗也,堅與張夫人相失,慕容暐將護致之,德正色謂暐曰:「昔楚莊滅陳,納巫臣之諫而棄夏姬。此不祥之人,惑亂人主,戎事不邇女器,秦之敗師當由於此。宜掩目而過,奈何將衛之也!」暐不從,德馳馬而去之。還次滎陽,言於暐曰:「昔句踐棲於會稽,終獲吳國。聖人相時而動,百舉百全。天將悔禍,故使秦師喪敗,宜乘其弊以復社稷。」暐不納。乃從垂如鄴。


堅の兵を以て江に臨めるに及び、德を拜し奮威將軍為らしむ。堅の敗るるや、堅と張夫人は相い失し、慕容暐は將に之を護致せんとせば、德は色を正し暐に謂いて曰く:「昔、楚莊の陳を滅せるに、巫臣の諫を納れ夏姬を棄す。此れ不祥の人、人主を惑亂す、戎事に女器は邇づかず、秦が敗師は當に此に由る。宜しく目を掩いて過ごすべし、奈何んぞ將た之を衛らんや!」と。暐は從わず、德は馬を馳せ之を去る。還じ滎陽に次し、暐に言いて曰く:「昔、句踐は會稽に棲みて終に吳國を獲たり。聖人は時に相じ動き、百舉百全とす。天の將に悔禍せんとせば、故に秦師をして喪敗せしむ。宜しく其の弊に乘じ以て社稷を復すべし」と。暐は納れず。乃ち垂に從いて鄴に如く。


(晋書125-2_規箴)




(爆笑して転がる音)


いやぁ、「女は戦場に近づけるな」ね……明らかにその発祥は「産む性」の保護でしょうよ。よくもまぁそこまでこじらせたもんですわ……。


それにしても張氏、踏んだり蹴ったりですな! 全力で苻堅を止めたのに叶わなかったわ、ならばせめてとついていけば慕容徳から「この女が不幸を招いたのだ」って言われるわ。なんかこのエピソードのおかげで一気に張氏が好きになってまいりましたよ?

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