眭邃   まな板の魚肉

眭邃けいすい、字は懐道かいどうちょう髙邑こうゆう県の人だ。

父は眭邁けいまい。あの司馬越しばえつの属官だったが、

後に石勒せきろくに仕え、徐州じょしゅう刺史となった。

そして息子たる眭邃は、慕容垂ぼようすいに。


まぁ、歴代の慕容部たちと比較すれば、

外様です。はいここ伏線ね。


時は流れて、淝水ひすいののち。

慕容農ぼようのうが燕復興の兵力を集めるとき、

高邑に到着したところで、

地元出身の名士たる眭邃を説得に出す。


ところが眭邃、

定められた期日になっても戻ってこない。

慕容農の副官、張攀ちょうはんは言う。


「眭邃は結局の所、仮の臣従だった、

 ということでしょうかな!

 それで愚かにも我々を欺き、

 ついに尻尾を出した、というわけだ!

 軍を回し、討ち果たしましょうぞ!」


しかし、慕容農は却下。

それどころか眭邃に命令書を飛ばす。

内容は眭邃を髙陽こうよう太守に任じる、

趙郡北部にいる眭邃に連なる家の者に、

みな仮の俸禄を与え、帰順させよ、

と言うものだった。


そして、張攀にいう。


「あなたの申し出は、誤っている。

 おめおめと戻ってくれば、

 罰されるが必定。ならば、

 どうしてわざわざあなたの言う

 まな板の魚や肉になろうなどと

 するものがあるだろうか?


 この先、我らが北に向かえば、

 眭邃は自分から道の西側に並び、

 出迎えてこようさ。

 あなたはそれを確認さえすればよい」


やがて慕容垂ぼようすいが中山入りするに当たり、

慕容農はその前峰として進む。

すると眭邃、見立て通り、道に出て

上官を出迎える礼をなした。

もちろん、その服装は

燕の儀礼に則ったもの。


そうか、慕容農様は、はじめから

この絵図が見えていたのだ……!

張攀、慕容農の知略に感服した。


慕容垂の死後、慕容宝ぼようほうのもとでは

中書令にまで達する。

その慕容宝が段元妃だんげんきを殺し、

皇后としての葬儀を

なそうとしなかったときに

眭邃が切に諌めたのは、既に見た通りだ。




眭邃字懐道,趙郡髙邑人也。父邁,晉東海王司馬越軍謀掾,後沒石勒,為徐州刺史。邃仕垂為從事中郎。農至高邑,遣邃出近,違期不還。長史張攀言於農曰:邃目下參佐,敢欺妄不還,請回軍討之。農不應,勑備假板,以邃為髙陽太守,參佐家在趙北者,悉假署遣歸。退謂攀曰:君所言殊誤,當今豈可使自相魚肉?吾北還,邃等自當迎於道左,君但觀之。及垂至中山,農以前驅先進,邃等皆來迎候,上下如初,攀乃服農之智畧。仕寶中書令。寶逼殺太后段氏,不肯成喪,邃以大義切諫,具段后錄,寶不得已從之,乃成喪。


眭邃は字を懐道、趙郡の髙邑の人なり。父は邁、晉の東海王の司馬越が軍謀掾にして、後に石勒に沒し、徐州刺史為る。邃は垂に仕え從事中郎為る。農の高邑に至るに、邃を遣りて近に出づれど、期を違え還ぜず。長史の張攀は農に言いて曰く:「邃は目下の參佐、敢えて妄りに欺きて還ぜず。軍を回し之を討つべく請う」と。農は應ぜず、勑し假板を備え、邃を以て髙陽太守為らしまば、趙北に在す參佐が家の者、悉くを假署し遣りて歸せしむ。退りて攀に謂いて曰く:「君が言いたる所は殊に誤れり、當に今、豈に自らをして相い魚肉たらしむべからんか? 吾れ北に還ざば、邃らは自ら當に道左に迎え、君は但だ之を觀るのみ」と。垂の中山に至れるに及び、農は前驅なるを以て先に進まば、邃らは皆な來たりて迎候し、上下は初の如きなれば、攀は乃ち農の智畧に服す。寶に仕え中書令たる。寶の太后段氏を逼殺せるに、喪を成すこと肯んぜざらば、邃は大義を以て切に諫む。段后錄に具さなり。寶は已むを得ずして之に從い、乃ち喪は成る。


(十六国52-3_識鑒)




魚肉

たぶん史記しき項羽こうう本紀のこれ。

樊噲曰、「大行不顧細謹、大礼不辞小譲。如今、人方為刀俎、我為魚肉。何辞為。」於是遂去。


いわゆる「鴻門こうもんの会」のワンシーンですね。項羽との会合を終えた後そそくさと立ち去ろうとする劉邦りゅうほう、「あっやっぱアイツに挨拶しとかなきゃやべえかな?」と引き返そうとしたところに、樊噲はんかいが言ってます。


「んなこと言ったって、アイツもう劉邦様殺す気満々じゃないですか。そんなときにこまけーこと気にしたって仕方ないですよ、包丁持ったやつの前にわざわざ魚や肉として飛び込むアホがどこに居るんですか」


ワァーオ、エグい表現。


こっから引っ張れば、期日を守りきれなかった眭邃がわざわざ殺されるために戻ってくるわけなんかねーだろ、という感じですね。それなら官位につけ、任務続行を承認してやればいい。そしたら喜んで忠誠を誓うだろう、と。


ほんと、いちいちかっけえな慕容農。どうなってんのこの人。


とりあえず伝には名前が出てこない眭夸さんがめちゃくちゃえっちなので見て。

https://kakuyomu.jp/works/16817330656902572391/episodes/16817330668538073881

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る