慕容垂15 苻堅への上表2

私めが良かれと思って始めた事業は、

ことごとくが裏目に出てしまいました。

長安ちょうあんの日々を思い涙に暮れましたが、

とどまるのも、もはや詮無きこと。

涙を振り払い、我が天命に邁進しました。


すると、石門せきもんに至ったところで

多くの義士らが我が元に参集。

実に思いがけぬことではありましたが、

さて、あれだけの味方に集われるとは、

しゅう武王ぶおういん紂王ちゅうおうを伐った時や、

かん高帝こうてい項羽こううを伐った時ですら

あり得たことでしょうか?


私の思いは、陛下の危地を

苻丕ふひ殿に救っていただきたく、

礼の限りを尽くし、

長安にお送りするところにありました。


しかし苻丕殿は目先にばかり囚われ、

この目まぐるしく変わる情勢に

追いつくことができておりませんでした。


我が息子の慕容農ぼようのうには、

旧来のえんの臣下を取りまとめさせ、

不測の事態に備えての準備を

進めさせておりました。

苻丕殿は、これを叛意のあらわれと

取ったようにございます。

臣下の石越せきえつ殿に、

貴重なぎょう防衛のための兵を委ね、

迂闊にも息子に襲いかからさせました。


この戦いが始まるや否や、石越殿が

不慮の死を遂げられてしまったこと、

まこと悲しくございます。


お分かりいただけますでしょうか?


この慕容垂めが大した後ろ盾もなく、

関東の地に赴いたところ、

私のもとには、帰順者が雲霞のごとく

押し寄せてまいりました。


これは、まかり間違っても

私めの作為でなぞございません。

ただひたすら、

天意の赴いたところなのでございます。


加えて申し上げましょう。

鄴は、我が国の旧都。

ならばこの地の支配をお認めくだされば、

我らは北面、ならぬ、西面をなし、

大秦の東方を未来永劫守り抜くことで、

陛下への忠誠を確かに示し、

また陛下への感謝の思いを

全うしたく考えております。


今、私が敢えて鄴を包囲いたしますは、

苻丕殿に天の時、人の事を

理解して頂きたいと

思うがゆえにございます。


彼がこのまま情勢を理解することなく、

門を閉ざして守りを固め、

あるいは攻撃に転じなどし、

戦闘が続いてしまうようであれば、

うっかり流れ矢が

彼を貫いてしまいかねません。


苻丕殿は、大切な陛下の皇子。

斯様な事態にでも陥れば、

それは即ち、陛下の天命をも

損なうに等しき事態にございます。


私めの思い、この誠意は、いかにすれば

陛下に届くのでありましょうか。


私が鄴を囲むだけ囲み、

攻め立てておりませんのは、

いまなおもって、我が誠意が

陛下に届くのではないか、

と期待する故でございます。


この先、状況が動けば、

どのような事態が起こるとも

読み切れることはできません。


ただただ陛下におかれましては、

この先に起こりうる事態を踏まえた上、

御聖断下さいますよう、

伏して願う次第にございます。




臣受託善始,不遂令終,泣望西京,揮涕即邁。軍次石門,所在雲赴,雖復周武之會于孟津,漢祖之集於垓下,不期之眾,實有甚焉。欲令長樂公盡眾赴難,以禮發遣,而丕固守匹夫之志,不達變通之理。臣息農收集故營,以備不虞,而石越傾鄴城之眾,輕相掩襲,兵陣未交,越已隕首。臣既單車懸軫,歸者如雲,斯實天符,非臣之力。且鄴者臣國舊都,應即惠及,然後西面受制,永守東籓,上成陛下遇臣之意,下全愚臣感報之誠。今進師圍鄴,並喻丕以天時人事。而丕不察機運,杜門自守,時出挑戰,鋒戈屢交,恆恐飛矢誤中,以傷陛下天性之念。臣之此誠,未簡神聽,輒遏兵止銳,不敢竊攻。夫運有推移,去來常事,惟陛下察之。」


臣は善なるを受託せんと始むるも、遂に終を令しむらず、西京を望みて泣き、涕を揮いて即ち邁す。軍は石門に次し、雲赴の在せる所、復た周武の孟津の會、漢祖の垓下の集いと雖ど、不期の眾は實に甚しかる有りたり。長樂公に令し眾を盡くし難に赴けるに禮を以て發遣せしめんと欲せど、丕は匹夫の志を固守し、變通の理に達せず。臣が息の農の故營を收集し、以て不虞に備うるに、石越は鄴城の眾を傾け、輕に相い掩襲し、兵陣の未だ交わらざるに、越は已に首を隕ず。臣の既に單車懸軫し、歸せる者の雲の如きは、斯く實に天符にして、臣の力に非ず。且つ鄴は臣が國の舊都にして、應ぜるに即ち惠は及び、然る後に西面し制を受け、東籓を永守し、上に陛下への遇臣の意を成し、下に愚臣の感報の誠を全うせん。今、師の進みて鄴を圍むは、並べて丕に喻すに天の時、人の事を以てす。而して丕は機運を察せず、杜門自守し、時に出で戰に挑み、鋒戈を屢しば交う。恆に飛矢の誤りて中り、以て陛下が天性の念を傷つくを恐る。臣の此の誠、未だ神が聽しに簡ぜざれば、輒ち兵を遏め銳きを止め、敢えて攻を竊わず。夫れ運に推移有り、常事の去來、陛下に之を察すべく惟ゆ」と。


(晋書123-15_言語)




あっ、翟遼てきりょうに関するのコメントって「もう翟遼を受け入れると決めてた」にもかかわらずああやって書いてたのか……これはひどい。もう完全に自分を正当化する方向で書いてる。なんという慇懃無礼。素晴らしい。俺もこれくらいがっつりと元主君に対してケンカを売るような書面を作品で書けるようになりたいもんです。と言うか、まぁこの辺は堂々とパクればよろしいよね!

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