第二章 たとえ君を忘れたとしても⑥


 レオ=クラックネルは死闘を演じていた。


「おい、ぼさっとするな! さっさと逃げろ! 死にたいのか!?」


 後方で尻餅をつく学生に吠える。

 怖いのは分かるが、仮にも騎士志望の学生だろう。

 逃げることすらできないのか――と文句を言いたい気持ちを抑え、戦いに集中する。

 魔弾を乱射して牽制し、それを潜り抜けてきた怪物を一刀のもとに斬り捨てる。


「くそっ、いったい何体いやがるんだ……!?」


 いくらレオが倒しても、怪物の数が減る気配はない。

 何とか避難経路を確保し生徒たちを誘導してはいるものの、なかなか上手くいかない。

 まさに阿鼻叫喚の絵図であり、レオの指示が届いていないのだ。

 こんな時にこそ教師がいてほしいが、あいにくと彼らも死闘の真っ最中だろう。


「――《火炎弾》!」


 目にも留まらぬ速度で肉薄してきたのは、豹に似た中位怪物ブロゼル。

 レオは辛うじて剣で迎撃し、炎で燃やしていく。一息つく暇もなく二体目のブロゼルがレオに襲い掛かったが、転がるように後退して何とか回避していく。


「ハァ、ハァ……」


 荒く息を吐く。

 きつい。

 苦しい。

 だが、レオの眼光はまだ鋭い。

 最も厄介なのは、この怪物たちは数が多いだけではなく個々が強いことだ。

 明らかに都市周辺に生息するような下位怪物とは一線を画する。

 名前を知らない種もいるが、おそらくはすべてが中位怪物。

 魔法騎士でも一人だと苦戦しかねない位階の怪物たちだ。

 学年首席のレオでもここまで苦戦するのだから、並の学生では相手にならないだろう。


「なぁブラム、お前――俺に期待しすぎだろ」


 ブラムはレオに生徒たちの避難誘導を頼んできた。


『レオは野営地を襲う怪物たちを抑え込み、死者が出ないようにしてほしい』


 その時は承諾したレオだが、思っていたよりも怪物たちが強い。

 正直、自分が死なないようにするだけで精一杯だ。

 どう考えてもレオ一人で収められるような事態ではない。


 だが、それでもブラムはレオに任せると言った。

 あいつは、レオ=クラックネルという騎士の力を信じてくれたのだ。


「やってやるよ……!」


 ありったけの魔力を使って、より多くの怪物を自分に引きつける。

 少しでも多くの生徒が逃げられるように。

 その結果、一体でも手強い怪物が、数体、十数体とレオを囲んでいく。

  無数の威圧感を前に、レオはふてぶてしく笑った。


「あいつはもっと強い敵と戦ってるんだ。俺が楽をするわけにはいかねえよな」



 ――入学当初、レオは自惚れていた。


 自分は天才だと信じていた。

 名門貴族クラックネル家に生まれたレオは子供の頃から親に教育され、王国きっての魔法の天才だと賞賛された。

 座学、剣術も優秀で、当然のように騎士学園入学試験の成績は一位。鳴り物入りの入学だった。

 王国一の学校と聞いてワクワクしていたレオだったが、すぐに落胆する。

 レベルが低すぎる。一年生の講義でレオが学ぶことはなかった。

 最近になって、ようやく模擬戦などの実戦的な講義が始まったが、それはレオの落胆を加速させるだけだった。あまりにも手応えがなさすぎて、友人を殺してしまいかねない。

 もういっそのこと教師に特別扱いを頼もうとしていた時、そいつが現れた。

 ブラム=ルークウッド。

 剣も魔法も座学も成績は最下位付近の駄目学生。

 そもそも講義はサボり気味で、たまにしか出席しない。

 すべてが優秀なレオとは対極のような存在で、話したことなどまったくなかった。

 わざわざ口には出さないが、当時のレオはブラムのことを見下していた。

 騎士を目指す者の誇りが、強くなり王国を守るという意志が、まったく感じられない。

 そんな者が騎士学園に在籍していったい何の意味があるのか。

 レオは、久々に講義に出席したブラムと剣の模擬戦で組むことになった。レオは強すぎて誰も戦いたがらないので、普段はいないブラムと組まされるのは必然でもあった。

 苛立ちを募らせていたレオは軽く痛い目に遭わせてやろうと息を巻き――そして、完膚なきまでに敗北した。手も足も出なかった。レオの自信は、そこで粉々に打ち砕かれた。

 ブラム=ルークウッドは剣の天才だった。

 どうしてその強さがあって、真面目に講義に出ないのかと尋ねた。

 彼は答えた。


『講義に出ている暇で剣を振っている方が、強くなれる気がするんだ』


 その日の夜、レオは見た。

 それ以降の講義で姿を見なかったブラムが、一晩中剣を振り続けている姿を。

 ……敵わないと思った。

 あいつの剣に懸ける想いは、常軌を逸していた。

 それからレオはブラムと積極的に関わるようになった。

 同年代で自分よりも上だと思った人間は初めてで、とても興味深かった。

 最初は憧れすら抱いていたものの、すぐに剣以外はとんだ駄目人間だと気づいた。

 ルナに尻を叩かれる彼を呆れながら眺め、でも不思議と見捨てられなかった。

 気づけばレオは、ブラムを親友と呼ぶようになっていた。

 レオは学年首席だが、おそらく魔法込みで戦ってもブラムには遠く及ばない。

 その事実を自覚して、それでもレオは彼の親友を名乗り続けた。

 ブラムにとって頼れる存在でありたかった。


『お前が忘れても、俺はお前の親友のつもりだぜ?』


 だから、明らかに様子がおかしいブラムに向かって、自信満々に言い張ったのだ。

 あのブラムが困っている。

 呪いに手を出し、記憶まで犠牲にして。

 だから、そう簡単なことではないと分かっていた。

 レオなんて役に立たないと切り捨てられてもおかしくない。

 実際、あまりにも壮大な話で頭がついていかなかった。

 だけど。


『――僕は、未来からやってきたんだ』


 意を決したような言葉の重みに、気づかないはずがない。


『嘘だと思っていい。僕の頭がおかしくなったんだと思ってくれて構わない。その上で、僕の話を聞いてくれ。ここまで言ってくれる君にしか頼めないことなんだ』


 その瞳に宿る強い覚悟を、見抜けないはずがない。

 これまでの記憶を失ったというのに、ブラムはレオを信じて話してくれたのだ。

 だから、


『――信じるぜ。だってお前は、俺を信じてくれたからな』


 必ず、役目を果たす。

 そうでなければ、レオ=クラックネルはブラム=ルークウッドの親友を名乗れない。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 気炎万丈、咆哮する。

 その威圧に、レオを囲む中位怪物たちが怯んだ。

 一体一体に意識を集中し、剣を振るう。

 その間、他の怪物にはありったけの魔弾を浴びせて時間を稼ぐ。

 一対多で追い詰められている以上、それ以外に活路を見出せない。

 魔力が湯水のように消費されていくが、枯れるまでの間にすべての怪物を倒し切るしかないだろう。

 眼前で腕を振るうのは、巨大な熊の中位怪物ダラスヴェア。

 あの丸太の如き太い腕の一撃は、ハンマーよりも重いだろう。まともに食らえば死ぬ。

 もちろん《肉体活性》は使っており、これはレオの身体能力を底上げしているが、防御力はあまり変わらない。防御力を上げるなら《魔力武装》を使う必要がある。

 だが《魔力武装》は体の動きを阻害するので使い方が難しい。三年生になってようやく習得できるかどうかの高難易度魔法だ。優秀なレオですら、まだ近接戦闘では使えない。

 だから常に紙一重の攻防になる。

 一歩間違えれば、死ぬ。


「くっ……っ!?」


 ダラスヴェアが振り回す両腕をかわすだけで手一杯だというのに、他の怪物も隙あらば魔弾の雨を潜り抜けて肉薄してくる。それを剣でいなしつつ、さらに後退する。

雑になってはいけない。中位怪物の相手を片手間にできるほどレオは強くない。

 だから丁寧に、着実に、一体ずつ減らしていくのだ。

 ダラスヴェアの剛腕を滑るように回避して懐に潜り込む。

 裂帛の気合とともに剣を振り抜いた――が、その剛毛がとにかく堅い。浅い手応えに舌打ちして飛び下がる。一瞬遅れて、さっきまでレオがいた場所に腕が振り下ろされた。

 ごう、と凄まじい音が炸裂して地面に亀裂が走る。

 砂煙が生まれ、ダラスヴェアを含め怪物たちの居場所を見失った。

 ぞわっとした感覚。

 ――まずい、と思った瞬間肉体活性を脚力に集中させ一気に跳躍。

 嗅覚だけで敵の位置を判断する犬の怪物バラドックの牙が、レオの足をかすめた。

 鋭い痛みに顔をしかめる。

 だが怪我に構っている暇はない。

 目下の問題は、レオの周りを旋回する鳥の怪物バーディアだ。

 バーディアは風起こしの特殊能力を翼に宿しており、強烈な烈風で標的の体勢を崩してから鋭利な牙や爪でとどめを刺す戦法を得意とする。レオは教科書で学んでいた。


「まさか、こんなに早く役に立つとはな……!」


 とにかく強烈な烈風に体勢を崩さないように戦う必要がある。

 獲物が自分たちの舞台に上がって歓喜の鳴き声を上げたバーディアたちは、レオを無事な姿で地上には返さないとばかりに、一斉に襲い掛かってきた。

 レオは意識を集中する。


「舐めるな……!」


 風起こしが怪物の特権だと思ってもらっては困る。


「《攻撃魔法/風属性》起動――《竜巻》!」


 レオが風の軌道を捻じ曲げると、バーディアたちの連携が崩れる。

 おろおろし始めたところを魔弾で仕留めた。

 だが、レオの窮地はまだ終わらない。

 地面に着地した瞬間を狙って、ダラスヴェアが丸太の如き腕を振るってくる。

 その単純な攻撃を予想していたレオはダラスヴェアの顔に魔弾を直撃させると、たたらを踏んだところに剣を上段から振り下ろした。全力を込めた剣の一撃が剛毛ごと叩き斬る。

 魔法が最も得意なレオだが、剣も十分に優秀だ。

 具体的には、剣術成績学年二位。

 その結果は一重に、彼が魔法にかまけて素振りを欠かすことはなかったから。

 魔法騎士の本懐は、魔法で補助した剣術にこそある。

 それを理解しているレオの戦い方は、紛れもなく魔法騎士の王道だった。

 この場で最も暴れていたダラスヴェアが倒れたことで、怪物たちの動きが止まる。

 ぎょろり、と。

 警戒心を引き上げた怪物たちの眼光に、レオは怯むことなく笑った。


「来いよ、怪物ども。俺はまだまだやれるぜ?」


 ――戦いは続く。


 孤軍奮闘という言葉が相応しく、終わりの見えない過酷な戦い。

 それでも、親友が共に戦っていると信じて。


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