終わった世界の暁に望む

ももるる。【樹法の勇者は煽り厨。】書籍化

第1話 生存者ココロ。



 『終わりの始まり』なんてウィットに富んだ言葉が有るけれど、まさに今、この時の事を言うのだと理解した。

 世界はその日、終焉を迎えた。


 ◆


 寒くて震える、そんな経験は誰しも一度や、二度経験しているだろう。

 だけど怖くて震える経験は、なかなか無い。

 少なくとも私には、十七年生きて来て初めての経験だった。

 突然始まった世界の終焉に、私は家族と一緒に家で震える事しか出来ず、終焉が一段落した今も、不慮の死を遂げた両親の亡骸を見てただ震えるばかりだ。

 世界の終わりが始まったのは、四月一日のきっかり昼十二時。

 私が住む日本はもちろん、全世界の国々を残らず襲った大震災が始まりの合図だった。

 ニュースやネットは世界中で起きるソレを垂れ流し、地面は隆起して地形を変え、都心のまん中に山が生えたかと思うと、違う都市では水道管を破裂させながら巻き込んで陥没した地面が湖になる。

 その時点で国々のインフラがほぼ死に絶え、この国だけでも数え切れない死者を出した。

 そして終焉二日目は、本当の意味で世界の終わりを自覚させられる。

 地球上に存在しないはずの生物が突然、大量に、世界中に現れ、災害で生き残った人類を襲い始める。

 初日の地殻変動を奇跡的に無傷で超えた我が家の前にも、小柄な人型の化け物が集まって来た。

 仮にゴブリンと呼称するソレらを追い払う為に、ゴルフクラブを持った父と、包丁を持って父に着いて行った母は、家の前でゴブリン達から袋叩きにされ、呆気なく死んでしまった。

 私は両親を助けようと、家の二階から塀の外に居るゴブリン達に対して、父の私物だった電動ガンを撃って追い払おうとした。

 もちろん玩具銃、エアソフトガンたるソレに殺傷能力など望むべくも無い。けれども当たれば痛いし、目に当たれば取り返しのつかない怪我くらいは負うものだ。

 私は必死に電動ガンを撃って、既に死んでしまっている両親を助けようとBB弾をゴブリンに当て続けた。

 すると、連続で三十回BB弾を当てた後の三十一発目で、ゴブリンの硬い皮膚をBB弾が貫いて見せた。

 理解する必要は無かった。ただ、攻撃に殺傷性が宿った事だけ分かれば、後は家の前からゴブリンを一層するだけだった。

 気が付けば、視界の隅にと言うか、思考の端と言うか、言語化が難しい感覚の中で浮かび上がるメッセージが私に何かを伝えていた。


 -スキル獲得。【射撃】


 ゴブリン達を全て殺害せしめた私は、電動ガンを放り出して外へ飛び出し、血肉に塗れながらグシャグシャになった両親を自宅の敷地内へ運び入れ、今に至る。

 涙が溢れ、体は震え、現実の許容を理性と感情と本能が拒んでいる。


「おと、お父さんっ……、お母さん!」


 一言で表すなら、ソレはひき肉だった。

 ゴブリンから殴られ蹴られ、食われたのだろう。肉親だったはずの肉塊は、血脂でぬらぬらと照り返す不気味なオブジェクトに成り下がっている。

 その日の私は、自宅の庭で両親の亡骸を前に、ただ震えて泣きじゃくる事しか出来なかった。


 ……………。


 明けて、終焉三日目が始まった。

 日が昇るまで肉塊の前で全てを拒絶していた私は、世界が終わっても変わらずに世を照らす陽の光を浴びると、敷地の隅に両親を埋葬した。

 生きなくてはならない。

 死んでしまいたいが、死ぬ事は許されない。

 少なくとも、両親を殺したゴブリンだけでも根絶やしにしてやらねば気が済まなかった。

 大人しい気性だったと思うが、自分にこれ程の攻撃性が眠っていたのかと驚く。


「…………スキル、だっけ」


 昨日、突然オモチャのはずの電動ガンが殺傷能力を得た一件を思い出す。

 目を瞑り、昨日感じた感覚を呼び起こす。


 【ココロ:Lv.2】

 【スキル:射撃】


 脳裏に浮かぶのは昨日見た射撃と言う文言と、自分の名前と、レベルと言う概念。

 どうやら本当に世界は壊れてしまったらしい。

 平時であれば自分の正気を疑うところだが、昨日実際にゴブリンを殺害出来る能力を目の当たりにしたのだから、事実として飲み込むほか無い。

 このスキルという力があれば、模造品のオモチャであっても生物を殺傷出来るらしい。


「…………力がほしい。もっと、あの化け物達を皆殺しに出来る何かが…………」


 生きなければ。

 両親の仇は討ったが、可能な限りモンスターを殺したい。


「電動ガンで殺せるなら、模造刀でも同じ事ができるんじゃ………?」


 力の検証が要る。

 力を得る条件を詳らかにする必要がある。

 物書きだった父は、電動ガンだけじゃなく模造刀なんかも資料として持っていた。

 私はそれを持ち出し、昨日使っていた電動ガンと、ナイフとリュックサックも装備して、終わってしまった世界に飛び出した。

 目的はスキルの獲得と、物資の確保だ。

 インフラは死んでいるが、自宅は屋根にソーラーパネルを備えたオール電化であり、敷地内に井戸もある。自宅なので衣料品も豊富にあるし、当面は食料を確保出来れば過不足無く生きていられる。

 それと、父の形見の電動ガンは、あくまで資料として購入したものなので弾やバッテリーなど、潤沢にあるとは言えない。

 どこかホビーショップ等でその手の物資も確保しなければ、射撃スキルが無用の長物になるだろう。

 そう言う観点からも、射撃以外のスキルの獲得も急務だった。

 地形が変わってしまった影響で、自宅がある住宅街はスラム街の如く荒廃していた。

 お隣さんの家は家屋の半分が吹き飛んだように崩れていて、とても居住出来る状態じゃない。

 お向いの家は四方八方崩れ去り、内部にゴブリンが巣食っている。殺しておこう。

 見渡す限り、形が残っている家屋がほんのひと握りになった住宅街で、私は手始めにお向いさんの家に乗り込んで、十匹近いゴブリンを惨殺した。

 まず電動ガンで手足を撃って行動不能にした後、スキル獲得の為に検証実験をする。

 持ち出した模造刀で這い蹲るゴブリンを滅多打ちにした。三匹殺した時点でスキルが手に入る。


 -スキル獲得。【打撃】


 違う。

 それはそれで有用なスキルかも知れないが、電動ガンで射撃が手に入るなら、模造刀で殴れば斬撃じゃないのか。

 オモチャだろうと電動ガンの遠距離攻撃は射撃に違いなく、模造刀では斬ることが出来ないから打撃になったのだろうか?

 私は模造刀を仕舞うと、残ったゴブリンをナイフで切り裂き始めた。

 また三匹を殺す頃にスキルを獲得出来た。


 -スキル獲得。【斬撃】


 そう、それだ。

 残った四匹のゴブリンに、獲得したスキルを試して見る。

 ただ何も考えずにナイフを振るうと、先程は肉を裂く手応えが感じられた攻撃が、豆腐でも切り分ける位の手応えになっていた。

 残り三匹。模造刀を思いっきり叩き付けると、巨大なハンマーで叩いた様にゴブリンが潰れた。

 残り二匹。また模造刀で、でも次は斬撃スキルの発動を意識して振るう。するとゴブリンが真っ二つになった。模造刀でも斬撃は使えるらしい。スキルは入手条件が固定で、使用についてはファジーらしい。

 ただその手応えは、ナイフで斬撃を使った時よりも鈍く、模造刀ごしにしっかりと肉を断つ感触があった。

 最後の一匹は、あえて素手による打撃を選んだ。グシャグシャにしてやった。両親と同じ目に合わせてやった。


「…………仕様は何となく分かったけど、返り血が酷い」


 十七歳の女の子に許される出で立ちじゃない。

 私はそのままお向いさんの家を家探しして、缶詰やカップ麺を見つけてカバンに詰め込むと、一旦家に帰ってシャワーを浴びた。

 インフラは死んでいるが、母の意見によって引かれた井戸水道は生きている。都市水道の方は元栓から閉めてあるので、自宅のインフラは独立して生きている。問題があるとすれば下水だが、それは後々考えよう。

 まだ昼前、シャワーを浴びてサッパリした私は、少し早い昼食を採る。

 ソーラーパネルのお陰で未だ稼働している冷蔵庫の中にある生鮮食品は、優先的に消費しなければならない。


「…………もう、お母さんのご飯も食べれないんだよね」


 自分の拙い料理を食べていると、そんな事を思った。

 悲しさと、憎しみが湧いてくる。


「……皆殺しに、してやる」


 普段はクラシカルロリータな服を好んで着ているが、荒廃した都市を彷徨うのに適してるとは言えず、今着ているのは動きやすいジャージだ。

 それとバックパックと、電動ガンと模造刀、ナイフ、予備の弾倉を持って、私はもう一度探索に出る。

 目指すのはホームセンターや、ショッピングモール等の大型店舗だ。

 とにかく物資が必要だ。生きる為の資源が無ければ、生き残らなければ、モンスターを根絶やしに出来ない。


「………街がグシャグシャ」


 道路は崩れたり、曲がったり、断絶していたり。

 家屋は崩壊し、ビルは倒壊し、道端にはモンスターに殺された遺体が散壊してる。

 人の気配は無い。もともとそんなもの感じ取れる程鋭敏な感覚など持ち合わせて居ないが、壊れた文明の跡に静けさとモンスターの鳴き声だけが響いて居ると、人間の存在が感じられない。


「BB弾は節約しなきゃ………」


 補給出来るかまだ分からない有限の物資は消費しづらい。

 スリングを引っ張り、アサルトライフル型の電動ガンをバックパックの横に背負って、私は模造刀を抜いた。

 見慣れたはずの見慣れない街を慎重に進み、出会うゴブリンの首を刎ねながら歩く。

 両親はゴブリンに囲まれて死んだ。袋叩きにされた。私も囲まれたら死ぬかも知れない。不意を打たれたら呆気なく死ぬだろう。


「絶対に、生き残ってやる」


 時間にして一時間ほど歩くと、目的地のホームセンターに辿り着いた。

 看板は落ちて電飾も割れ、ガラスも無惨に砕け散っているが、大量のバリケードが築かれ、私以外の生き残りが徒党を組んで立て篭っている事が伺える。

 物陰から様子を伺う私は、小さくため息を吐いた。


「………あれは、無理かな」


 既に形成されたコミュニティに、この極限状態で外部からの参入は様々な問題が絡むだろうし、人付き合いは得意じゃない。

 そもそもあのホームセンターより自宅の方が生活拠点として優れているし、下手に接触すると自宅を解放しろと言われる可能性もある。

 ホームセンターは諦めよう。


「あと物資が有りそうなのは、ショッピングモールとコンビニかな………」


 食料、衣料、電動ガンのバッテリーやBB弾、アタッチメントにカスタムパーツなど、その他様々な物資があるだろうショッピングモールと、各地に点々と有り、物は少ないが多種多様な物資が有りそうなコンビニ。

 ショッピングモールは車が走れるならそこまで遠くないが、徒歩で行くなら三十キロ程離れている。日を跨ぎそうだ。

 コンビニであるならそこら中に有るので、今日はひとまずコンビニで食料を優先で漁り、後日ショッピングモールへ行くのが妥当だろう。


「………はぁ、コンビニ寄りながら帰りますか」


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