第26話 iのない話
通知オンがして、メモリーチップに設定されてあるAIが芳子に問いかける。勿論、芳子の開発したLutricが搭載してある。
「藤村華奈様から通話申請が届いております。受理しますか?」
「藤村? だれ?」
「芳子さんがいうところの講師殿です」
「ああ、つないで」
「承認しました」
目の前に「藤村華奈」と書かれたポップが表示されてすぐに、藤村のテンパった声が聞こえて来る。
「あっ、先生! やっと繋がった! 大変なんです! 400年で、それで、理事長達が、学長もクリスマスを、ああ、あと和菓子や、新企画と、地雷なんです。それで...」
「一旦落ち着いてください。話が要領を得ていないようです」
「...すみません」
メモリーチップごしにゆっくりと深呼吸する様子が確認して、芳子が口を開く。
「何かやらかすだろうなとは思っていましたが、今度は何ですか? 学長の思いつき企画なら、とっくに押し付けられていますが」
「それについては、御愁傷様ですとしか言いようが有りませんね。お疲れ様です。今は、まだ岩手でしたか?」
強化ガラスが何重にも隔てた室内で外に視線を向けると、白、清々しいほどの猛吹雪である。
ホワイトアウトと言うのは本当にあるのだ。飛行機どころか滑走路さえ見えない。
「ええ、いい天気ですよ」
「あー、いいですね銀世界! 綺麗だろうなー。あっ、そうだ! 先生、ミーティング機能、オンにしてくださいよ! 私も見たいです」
「分かりました」
芳子が藤村に応えたところでAIが声を発する。
「藤村華奈様の要請を承諾したことを確認。ミーティング機能を起動します」
空中に表示されていたポップが一瞬透明なり、すぐに藤村の姿が映し出された。藤村は目を輝かせていたが、その顔はすぐに曇った。
「先生、どこがいい天気なんですか?! 猛吹雪じゃないですか!」
「いい天気ですよ」
「いやいやいやいや」
「価値観は人それぞれです」
「多様性の幅が大きすぎますって!」
芳子は耳を塞いでいた手を取り払い、本題を打ち出す。
「それで、老害どもは今度は何をやったんですか?」
「老害どもって...それ、県名誉教授は入ってませんよね」
「何を言ってるんですか。あれこそ筆頭です」
「あれって」
孫の留学についていきたいが為に芳子にイタリア出張と教授の座を押し付け、暇だからと嫌がらせに走り、報告すべき事柄をわざと報告せず反応を楽しむなどetc...。むしろ、前科しかない。
「あれこそ老害ですよ」
「そこに関しては異論しかありません!」
「盲目的ですね」
「県先生を見守り愛でる会の第一号会員ですから」
「その会、総勢何人ほどいるのですか?」
「10人ですけど、悪いですか。何か文句でも」
藤村には嫌味を言ったように聞こえたようで、なおもぶつぶつと交戦的である。しかし、芳子の質問は正直なところただの興味からくるものだった。
「いえ、むしろ10人もいることが奇跡ですよ」
「いいえ、必然です! 誰が言おうと県先生は素晴らしいんです! まだ、皆んなこの良さが理解できてないだけなんです!」
「そうですか。それで、今度はどんな老害ですか?」
「自分で聞いておいて興味なくすのやめてください、はあ。まあいいです。で、ええとですね、ウニバーサリーをあんバーサリーでやりたいと」
「は?」
「うち、今年で400周年じゃないですか。それで、記念パーティーみたいなのを秋にやろうって漠然と決まってたらしいんですけど」
「ああ、老害その1が突然引退しましたね」
「そうなんですよ。いえ、老害では無いですけどね。で、なんだかんだ忙しくて、やっとひと段落ついたらもう」
「年が明けそうだった、と」
「その通りです」
今年は芳子のLutric発売もあり、師走に入る前から上の人間が走り回っていた。また、予期せぬ世代交代も重なり、例年に比べ随分忙しかった年だ。
「それで、アニバーサリーだかウニバーサリーだかあんバーサリーだか知りませんが、どんな話が出たかは大体想像がつきました。それで、結局何に決まったんですか?」
「そのー、それが実は、ですね」
「まさか」
「恐らく、先生の想像通りかと」
「まとめるのが面倒臭くなったみたいですね、理事長」
「全くその通りで。取り敢えず全部やろう! 的なのは、前もありましたし」
「この前の親交会、誰が仕切ったか覚えてないのですかね」
「すみません。正直先生がいれば何とかなるでしょと思っていたくちです」
「来年の科研費、お願いします」
「すみません。勘弁していただきたく思います」
ガラスを叩きつけるような風が弱まり、室内に日の光が僅かに照る。光の梯子は思ったより幻想的で、撫でるような優しい風がパウダースノウを巻き上げて、一枚の布のようにひらひらと舞う。
数舜目を奪われた芳子は、はたと気づきポップの方を向く。しかし、それに魅せられたのは芳子だけではなく、藤村もまた呆けた顔をして先程まで芳子が向いていた方向を凝視していた。
「それで、あんバーサリーなるものを提案したのは、ひょっとしなくても県名誉教授ですよね。i足りないですし」
「はっ! そうなんですよ。で、色々意見出て収集つかなくなったので、じゃあ全部やっちゃおう! と言うことになりました」
「あの方はどれだけ暇なんですかね。それなら、全部県名誉教授に丸投げしていいような気がしてきました」
「それは流石に...、結構なお年ですし」
「貴方と共謀して忙しい人間をおちょくる体力はあるようですし」
「その節は大変申し訳ありませんでした。と言いますか、何度も言ったじゃないですか! てっきり、アレに関しては県先生が既に報告済みだと思っていたんです!」
「講師、県名誉教授にイベントやるなら手伝いませんと言っておいてください」
「だから...いえ、いいです。そんなこと言わないでくださいよー。教授の中じゃ最年少ですし、先生仕事早いし、パーティーの主催者慣れてましたし。これ以上の適任いませんよ」
「いるでしょう、暇を持て余すに持て余した人間が」
「だから、県先生は...てあれ? 県先生って、お年はどのくらいなんでしょうか? そう言えば、あまり聞きません。知ってます?」
「さあ? 興味ないですし」
近年は医学の発達により、寿命が伸びている。単純に病気を治せるようになったと言うだけではなく、歳をとっても健常でいられる技術が開発されているのだ。
故に、見た目の年齢と実年齢はあまり伴っていない場合が多い。
「100は当然超えてるでしょうし、120くらいですかね?」
「さあ?」
「...先生、仮にも上司のことなんですから、それくらいの興味は持ちましょうよ」
「まあ、そうですね。親戚ですし」
「へぇ?」
藤村は間の抜けた声を出して目を大きく見開いた。
メモリーチップがフリーズでもしたかのように画面は微動だにせず、フリーズが解けたのは藤村の悲鳴にも近い驚愕の声と同時だった。
「えぇーーー!!!」
案の定、芳子の両耳にはしっかりと手が当てられている。
「初耳なんですが!?」
「言っていませんから、当たり前だと思います」
「言ってくださいよー」
「必要性を感じなかったもので」
「それはまあ、そうかもしれませんが...はっ、てことは、先生、県先生のお年、知ってるんじゃないですか」
「いえ、全く」
「いやいやいや、知ってるでしょ! 親戚ってことは県先生の兄弟や子どもさんとかがいらっしゃるわけで、大体予想つきますよね?!」
「...曖昧なんですよ、そこら辺の所が」
「どういうことですか?」
「県名誉教授の言う『孫』は、県名誉教授の子どもの子どもではありません。うちの家の人間の子どもです。兄弟や子どもが居るとは、聞いたことがありません」
「え?」
「私の祖母、昨年亡くなりましたが、は今生きていたら158歳。その祖母が県名誉教授と初めて会ったのが産まれて間もないころなんです」
「それになんの問題が?」
「祖母が会ったのは今と寸分違わない県名誉教授です。しかもその時、100はとっくに超えていたらしいです」
「うぇ?」
「つまり、単純計算でも258年、県名誉教授の心臓が稼働し続けていることになります」
因みに、最新の研究でヒトの心臓最大稼働年数は200に到達することがまずあり得ないとされている。
一説には脈拍数と心臓最大稼働年数は関係があり、生まれた時から生きることができる時間が決まっていると言う。そこから概算しても、200年稼働するのに必要な脈拍のペースは、人間が生命活動を維持できるペースを明らかに下回っていた。
県は、本来生きていないはずなのだ。
<途中経過>
日時:西暦2020年 12/18(金) 11:14現在
結果検証:特になし。
考察:特になし。
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