16 怒ることを覚えました
今度は目を閉じずに、よく凝らして地面を見つめていました。
蟲に乗って、上空から見逃さないように、ハーバートさんの姿を探していました。
それで見つけたのが、林に隠れるように街道を走る四台の荷馬車。
幌付きで、中の様子は見えません。
その進路を塞ぐように、アタナシアさん達は地面に蟲を降ろしました。
止まった荷馬車から、バラバラと人が飛び出てきます。
誰もが武器を構えていて、その姿に驚きました。
獣人。
初めて見ます。
フロンティア公国周辺にしか住んでいないはずで、この大陸ではほとんどその姿を見る事はできません。
最後に、遅れて降りてきた人を見て、駆け寄りたくなりました。
「メリンダ、貴様が勝手に動くから、余計なものがついてきた!!」
そんな怒声が聞こえてこなかったとしても、迂闊に動くことはしなかったかと思いますが。
「メイソン子爵だ」
ボソッと、イライアス様が教えてくれました。
「だって、こいつが公爵家の娘なんかと幸せになっちゃってたりしたら、腹立たしいじゃない。回収する前にぶち壊してやろうと思ったのよ」
あの派手な女性、メリンダさんが、自身の父親である、随分と恰幅の良いメイソン子爵に反論しています。
静かに後方に立つハーバートさんは無反応で、どこを見ているのか分からなくて、その姿に、焦燥と、不安が生まれました。
「ハーバートさんに、何をしたのですか!」
まさか、何かの薬を使われたのかと、思わず声を荒げていました。
その私の態度から何を感じとったのか、
「あんた、この男のとこの家政婦じゃない。わざわざ雇い主を探しにこんなとこまで追ってきたの?何、まさかこんな魔法しか使いどころがない男が好きなわけ?薄汚い孤児で、腐った食べ物も平気で口にするような、地面に這いつくばって犬のように落ちた物を食べる、こんな惨めな男を?」
なっ、
「そんなことを……ハーバートさんに、そんな事をさせたのですか!?」
赤い唇が歪に動き、人を貶める事に愉悦を感じているように笑う顔が、不快でした。
あまりにも酷い物言いにその口を塞ぎたくて、というか、ハーバートさんにそんな事をさせたのかと怒りに震えていると、
「こんな男が、一時期でもあたしの婚約者だったのが我慢ならないし、同じ空気も吸いたくなかったのよ。たかが平民風情が、奴隷のように使役されていただけの存在が、貴族階級のあたしに相応しいわけないでしょ。家に置いてやるのも気に入らなかったのに。そんな意味じゃ、見窄らしいあんたとちょうどいいかもね」
甲高い笑い声が辺りに響きました。
もはや我慢できないのは私の方であって、目の前が真っ赤になるほどに怒りは頂点に達し、偶然足元にすり寄ってきたスライムを掴み、メリンダの顔に投げつけていました。
腕で庇う間も無く顔面にクリティカルヒットしたスライムは、ベシャリと音を立てて彼女の顔に張り付き、鼻と口の中に入り、視界と呼吸が妨げられたために、顔を押さえて声も出せず、さらに反動でのけ反って地面に転がり悶えています。
豪華なはずの衣装も、髪も体も何もかもが、土や泥に塗れる姿は滑稽でした。
「いい投球だったよ、エリザベスさん!」
それまで黙っていたアタナシアさんから、立てた親指と、爽やかな笑顔を向けられました。
いつの話かは分かりませんが、ハーバートさんを侮辱し、虐げ、辱めたことは、これくらいで許されるはずがありません。
まだ、怒りの為に、体がプルプルと震えていました。
でも、雇い主が攻撃されたことにより、護衛としていた獣人の傭兵達が武器を構えてこちらを睨みました。
プロの傭兵集団に敵うわけはありませんが、怯えた顔だけは見せたくはありません。
それでも、私が一人で強がる必要はないことはすぐにわかりました。
爽やかな笑顔のままのアタナシアさんが、杖を構えました。
「大丈夫、彼女に任せてて。見事な腕だったよ。見ていて気持ちが良かった。君は投擲に才能がありそうだね」
信頼故か、イライアス様は随分とのんびりした様子です。
そんな話しをしている間に、鋭利な岩で作ったかのような大きな監獄が空に出現したかと思えば、瞬く間に、十数人はいた獣人達を中に閉じ込めてしまっていました。
中からいくつもの悲鳴があがっていますが、その様子をこちらから見ることはできません。
残されているのは、メイソン子爵と、転がるメリンダと、魔法使いらしき男の人と、そしてハーバートさんでした。
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