出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚

奏千歌

1 出来の悪い娘

 部屋の主の性質を色濃く反映しているかのような、冷たい印象を与える執務室に呼ばれていました。


 もっとも、今その主人は、顔が真っ赤になるほどの感情を露わにし、私を見ています。


 怒りの感情が極限まで高まっているためです。


「お前のような物覚えの悪い出来損ないが、公爵家の人間とはな」


 試験結果を見たお父様から、吐き捨てるように失望の言葉が投げかけられました。


 その通知を握る手も怒りで震え、今は、それがそのまま暴力となって私に向かないだけマシでした。


 過去、顔が腫れあがる程に何度も繰り返された行為から、殴りつけても無駄だと、自身の拳を痛めるだけだと、それすらも諦められたのかもしれせん。


「もう、学校には行く必要はない。この、恥さらしが」


 怒りを抑え、言い放たれたその言葉の通り、学校に通い挽回するという機会は、私にはもう与えてはもらえませんでした。


 クシャクシャにされた通知書を投げつけられ、震える手でそれを拾いあげました。


 ついには出て行けと、怒鳴り声と共に部屋から追い出されていました。


 退室した直後の、その部屋の前で足を止めてしまいます。


「お母様……」


 扉の正面に飾られた絵の中のお母様は、変わらず優しげな微笑みを向けてくれています。


 お母様が生きていたら、不出来な私を見て何を思った事でしょう。


 お母様に対しても、申し訳なく思っていました。


 お母様は、私のせいで命を落としたようなものなのに。


 自分の手の中にある、不合格通知に視線を落としました。


 12歳から全ての貴族の子供が通う事ができる王立の学園も、能力が著しく足りない私を受け入れるのは難しいと、知らせてきたものでした。


 どれだけ勉強しても、何一つ覚えることができない。


 字が読めない。


 文字が書けない。


 それが全てで、自分の名前を書くことがやっと。


 だから、学力を身につける事ができない。


 怠けていたせいだと叱責を受けて、家庭教師に鞭を振るわれても、結果には結びつかない。


 指が硬くなるほどペンを握っても、手にインクが染み込んで落ちないほど何度もノートに書いても、ストレスで吐くことを繰り返し、食事の味が分からなくなるほど時間を費やしても、結果には結びつかない。


 自分は努力したと思っていました。


 でも、その結果がこれでは、やはり、私の努力が足りなかったのだと、言わざるを得ません。


 すでに婚約も破棄されていた私は、これまでも貴族の義務を何一つ果たすことができず、家の手伝いをすることで、そこに住まわせてもらうことしか、残された道はありませんでした。


 通知が届いたその日のうちに部屋は移され、下級使用人が使う住居の屋根裏が、私の部屋となりました。


 部屋ではない部屋であっても、私が何かを言うことはできませんでした。


 以後、学校にも通えないような教養のない私は、社交界にも出ることもできず、屋敷の使用人達と一緒に働いていました。


 それも、上級使用人の侍女達などとではなく、食事の片付けや、掃除など、時には厩舎の掃除も私の役目でした。


 それも、度々失敗するので、よく叱られていました。


 公爵家に生まれても、私が公爵令嬢として扱ってもらえることは、すでに随分前からなくなっていました。


 でも、それもやはり、出来の悪い私では、仕方のないことでした。


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