第5話 茨の道を歩むがごとく

 御剣みつるぎ刀子とうこは、再び『結城ゆうき凛々りんりん』として芸能界に復帰することとなった。

 『スターライトガールズ』のメンバーたちは「心配してたんだよ~」などと上辺だけの言葉を吐いたが、凛々にとっては有象無象の量産型アイドルの言葉などどうでも良くなった。

 凛々はその日から、精力的に芸能活動をするようになった。

 CM、映画、舞台。彼女は歌や踊りだけでなく、演技の才能も開花させていった。次々と仕事をこなし、トップアイドルへの道を駆け上がっていく。

 もちろん、同じグループのアイドルたちの、特にロッカールームで悪口を言っていた子たちは嫌がらせや妨害行為をしないでもなかったが、プロデューサーである鞘香さやかがそれを見逃すはずがなかった。凛々が告げ口をしたことは伏せておき、「同じグループのアイドルの足を引っ張るようなメンバーは有無を言わさず『卒業』させる」と注意喚起した。どんなに多くのファンを抱えた人気メンバーでも関係ない。メンバー同士仲良くできないなら致し方なし。

 しかし、鞘香はプロデューサーとしての手腕はあってもそれは理想論でしかない。アイドルとて人間である以上、人間の好き嫌いはある。鞘香はそれを忘れていた。

 意地悪なメンバーは凛々が告げ口をしたと直感で悟り、いじめはエスカレートした。アイドル衣装を刃物のようなものでズタズタにされたこともあった。しかも、巧妙に誰がやったか分からないような犯行だった。これでは犯人を『卒業』させるなど出来るはずもない。

 その事件で怒り心頭に達した鞘香は、『スターライトガールズ』を解散させることにした。凛々だけを連れて、言葉通りの二人三脚、マンツーマンで凛々をプロデュースすることにしたのである。

 それは芸能界を激震させる一大ニュースとなった。鞘香は会見を開き、事のあらましを説明したが、『スターライトガールズ』の他のメンバーのファンには動揺が広がり、ネット上では様々な噂が飛び交った。もちろん、鞘香も凛々も誹謗中傷の的となった。二人は茨の道を歩くような気分であった。ほとぼりが冷めるまで、しばらく仕事もパタリと止んだ。しかし、その間も鞘香と凛々は歌や踊り、演技のレッスンを続け、ストイックにスキルを高めていったのである。

 やがてほとぼりが冷めた頃、凛々の元にドラマの仕事が舞い込んだ。鞘香の営業の賜物である。凛々と鞘香は手を取り合って喜んだ。

 『スターライトガールズ』を捨てて独立した凛々にとって、一からのスタートである。凛々は鞘香に恩を返そうと、ドラマの仕事を喜んで引き受けた。

 しかし、ドラマの撮影が順調に進んでいた、その時である。

「凛々さん、あまりあの太刀川たちかわPを信用しないほうがいいと思うよ」

 ドラマで共演していた若手女優が、凛々にそう声を掛けたのである。その女優とは、歳が近いことから、凛々も気を許す程度の仲になっていた。

「太刀川さん? どうして?」

「太刀川Pの噂、知らない? あの人、昔担当してたアイドルが自殺したんだって」

 凛々は思いがけない言葉に息を呑んだ。

「……そんな、ガセじゃない?」

「んー、私も詳しいことは知らないんだけど……トップアイドルにするって意気込んで、厳しいレッスンを続けたらアイドルの子がノイローゼになって、太刀川Pが自殺に追い込んだようなものだって噂」

「あ、あくまで噂でしょ……?」

「まあ、そうなんだけど。凛々さんは気をつけてねって話。太刀川P、凛々さんのこと気に入ってるみたいだし、またアイドルを追い詰めたらヤダなって思ったから、一応伝えておこうと思って」

 若手女優は、肩をすくめながら凛々にそう言った。

 その若手女優にとっては、気遣いのつもりではあったのだろう。

 しかし、思い当たる節のある凛々は、すっかり心を揺さぶられてしまった。

 鞘香の熱の入った厳しいレッスン。「担当アイドルをトップアイドルにしたい」と目を輝かせて夢を語る鞘香の顔を思い出す。

 その日の凛々は、彼女にしては珍しく何度もリテイクを繰り返してしまうほど、演技に集中できず上の空であった。


〈続く〉

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