ep.108 何がエルフの戦士だ

「本体の居場所を教えろ」センリが目力強く迫った。

「何のことか分からぬ」

「長老。このままではフィヨルダ様もろとも」

「だから知らんのだ。その本体とやらのことは、何も」


 セズナが強く出てもヴァフスルーは答えなかった。敵対したいわけではなくどうやら本当に知らない様子。


禁足地きんそくちは増え続け、今日び数多く存在する。わしは統括するだけで、実地には直属の実行部隊『狩人かりうど』を差し向け、巡回させていた」

「狩人。子飼いの彼らもあなたと同じく甘い蜜を吸っていたのですか」


 もはや怒りを通り越してさげすみの目を向けるハヴァマ。


約定やくじょうのことは知らず。口止めを兼ねて、ただ密やかな褒美として与えていただけだ。子や孫に菓子をくれてやるのと同じように」

「……下賤げせん老残ろうざんめ。許せん……!」

「ハヴァマ。話を逸らさないで」


 内情にばかり気を取られる彼に対してセズナは厳しく制した。


「それでも長年管理をしていたなら、絞れるはずです。どうか思い返してください」


 真摯しんしに訴える彼女の姿にヴァフスルーは漠然ばくぜん良心りょうしん呵責かしゃくさいなまれた。どこか遠くを見つめて。


「……あの時、止めてさえいれば」

「え?」

「なんでもない。……たとえば。禁足地は元々あったものに加えて、先方が直々に指定するものもあった」

「……それはどんな?」

瘴気しょうきの溢れ出る場所。ヒトの受け渡しに使う祭壇さいだん。そしてその骨を捨てるための用地ようち。一つ一つは小さく、全て合わせるとその数は……」


 ヴァフスルーは指を折って実際にその数を数えているが、全部を探して回れるほどの時間的余裕がないことは集落に漂い始めた瘴気が如実にょじつに示していた。今もどこかから誰かのき込む音が聞こえてきた。


 だからかセズナは焦った様子で落ち着きなく考え込んでいる。


「――骨塚ほねづかは何ヵ所ある?」


 沈黙を破ってセンリが言った。


「現存するものは確か9つ」

「悪くない。そこにまとを絞る」

「待ってください。いったい何の根拠があって」

「根拠は……このだ」


 眼帯を手で押さえるセンリ。なぜかさきほどから移植した眼が異様にうずくのだ。何かを伝えるかのようにして。


「こいつは俺に奇妙な夢を見せた。森の中、なわで囲まれた区域に立ち入り、人骨の塚にたどり着くというものだ」


 夢が本当なら男はおそらく禁足地に踏み入り、積み上げられた人骨の山を目にした。


「こんな時に夢の話なんて……」

「いいから黙ってろ。おい、お前たちは禁足地の中でも骨塚を重点的に管理していたんじゃないか? それが指示によるものなのかどうかは分からないが」


 それを言われた時、ヴァフスルーは胸にチクリと針を刺された気分になった。


「そんな指示を出した覚えはない……が、常々危機感はあった。儂らにとってあの骨塚は見つかれば言い逃れのできない証拠になる。隠れて蜜を吸っていたことが発覚するのを、内心どこかで恐れていたのかもしれぬ」


 要は彼ら自身が監視の優先度を上げていた。夢の中でセンリはすぐに発見された。いくら巡回しているとはいっても、広大な森の中ではいささか対応が早すぎる印象だった。


 そして、何のためのほどこしなのか。話を聞きながらセンリは思っていた。ご褒美だからと甘味かんみをくれてやるような男ではない。命を下さずに心理的な誘導をはかっていたのではと考えた。


 積み上げられた骨の一つ一つが罪のあかし。日常に紛れ込んだ鋼の産物は罪への導引どういん。仲間意識が強い彼らなら言わずとも保身に走ると踏んで。


「やつが本体の眠る場所を守れなどと言うはずがない。当然それに繋がるようなことも。だから自主的に守らせたんだ。狭い社会の中で生きる者の罪悪感を利用して」


 魔術の呪いとは違う自発的に取り組む操り人形へと変えてしまうたましいくさび。知らぬ間に罠にかかって気づかずに過ごしていた。


「……理解しました。少なくとも他をあたるよりは可能性が高いでしょう」


 夢からつむいだ仮説に過ぎないが、セズナは彼に合わせて方針ほうしんさだめた。完全に納得はしていないが、反対に使えるような対案たいあんがあるわけでもない。迫る刻限こくげんに押されて判断を余儀よぎなくされた。


「そうと決まれば。長老、骨塚の場所を教えてください」


 セズナの問いかけに対してヴァフスルーは手のひらをかかげて応えた。そこへ小さな光明こうみょうが寄ってくる。


「こやつが覚えておる。連れていくといい」


 彼は背中を押すようにしてその光明をセズナのもとへ寄越した。彼女に触れて、頭の周りをふわふわと漂っている。間近でよく見ると光の中にあわく人型の何かが見えた。


「では急ぎましょう」

「私も行こう。人手が必要なのだろう?」


 事情を察したハヴァマは協力を買って出た。


「ありがとう、ハヴァマ」

「みなのためだ。礼には及ばん」


 堅物かたぶつだが情に厚いところもある兄のような頼もしい存在。


「ヴァフスルー。この時は見逃すが、貴様はいずれ裁かれることになるだろう」


 ハヴァマは言い放って背を向ける。昔は師のようにあおいでいたが、もはやうやまう理由もなく決別の意志を態度で示した。


 3人がその場から足早に立ち去ったあと、ヴァフスルーはとりわけ落ち着いた足取りで家屋の中に入り、


「……その必要はない」


 独り静かにそう言い残して、なぜか予め用意していた毒を飲み、自害した。


 ###


 外へ出るために門の前までやってきたセンリたち。そこにハヴァマを見つけて武装した仲間が駆け寄ってきた。奥には同じようなよそおいの戦士たちがずらりと肩を並べている。


「ハヴァマさん。ご指示を」

「陣形は対侵入者用の高次型。みなを中央に集めて順次展開しろ。防衛のための戦力を確保した上で、私は残りを引き連れて攻めに出る」


 守るだけではない攻めの姿勢。言葉を聞いて戦士たちは驚く。


「しかしあの精鋭部隊ですら……」


 実は様子を探るために森の奥へと誰もが信頼する精鋭部隊を投入したが、誰一人として戻ってこなかった。そのことにより一段と士気が下がっていたのだ。元より誰もが経験したことのない高次元の非常事態。幼少から訓練を受けているとはいえ恐れるのも無理はない。


「お前たち……! それでも、戦士かッ! まいるな、ひるむな、おののくな。忘れたのか、ために戦うのかを……! 家族のため、兄弟のため、友のため、そして我らが女王様のためだろうがッ! 立ち上がれッ!」


 統率者ハヴァマは強い口調で彼らを叱咤激励しったげきれいした。幾ばくか影響は与えたが、自ら攻めに志願させるほどの効果はなかった。それを見ていたセンリは、


「――幼少から受けていた訓練とやらは、敵様にひざまずいて足をめるためだったのか」


 嘲笑ちょうしょうしながらあおり気味に割って入った。


「なんだッ」

「黙ってて」


 セズナがその手でハヴァマの口を塞ぐ。


「何がエルフの戦士だ。腰抜けの寄せ集めじゃないか。いざ戦うとなれば、おくして目を逸らす。誇り高いのは逃げ様だけか? こんなやつらのために片眼をくれてやったのかと思うと虫唾むしずが走る」


 言われて戦士たちがわなわなと震えだす。それは恐れではなく怒り。


「あの時もそうだった。俺の力を目の当たりにしたお前たちは赤子のように震えて一歩も前に踏み出せなかった。さぞかし怖かったろう。逃げたかったろうに」


 煽りに煽る。点火した怒りがさらに燃え上がっていく。


ひざりむいて泣きたくないなら、今すぐご自慢の弓をへし折って隷従れいじゅうするための訓練を受けたらどうだ。引き取り手は山ほどいるぞ」


 侮辱ぶじょくの域まで達した挑発に戦士たちはとうとう黙っていられなくなる。


「いっ、言わせておけば……!」

「勇者だかなんだかよく分からねえやつに……!」

「ヒトのくせになんてことを……!」

「こんの野郎……ッ!」

「あの時食ってやればよかった……!」


 一見すると最悪の雰囲気。しかしながらセズナはそこに何かを見出した。ハヴァマは目を見張っている。


「――あとで女王にも伝えておいてやるよ。お前とその子供の命を助けた価値がここにはなかったとな。くれてやったこの眼は全くの無駄だったと」


 燃え盛る炎に女王という名のまきまでくべられた時、彼らは一斉にハヴァマのほうを振り向いた。


「ハヴァマさん。どうか私をお連れください……!」

「同じく。かの者より大きな戦果を上げてみせましょう……!」

「ヒト如きに舐められては終わり。今こそ見せるのだ、我らエルフの団結を……ッ!」

「示すのだッ! 我らの価値をッ! それを認めてくださる女王様のためにもッ!」


 非常に高い自尊心。あえて煽り立てたことが強心剤きょうしんざいとなって、エルフの戦士たちは今ここに奮い立った。


「……ふん。扱いやすいやつらだ」


 センリは小言を呟いて一足先に門から外へと出ていった。たけいさましき者たちの眼差しをその背に受けながら。

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