ep.106 探しましたよ

「探したぞ」


 まさか敵前逃亡するとは思わずきょをつかれたイーロン。再び構えて前へ踏み込んだ。


「――そうはさせん」


 クロハの前に出たオルベールがその拳を剣で受け止める。きしむだけで折れはしない。


「……エルフどもの武器か」イーロンは忌々いまいましげに言った。


 魔術的な特殊加工が施された剣。森でエルフたちから技術提供を受けた際に手に入れた代物だった。


 表面には魔術障壁まじゅつしょうへきにも劣らない守りが張り巡らされていて、


「今度はこちらから」


 剣を振ると火の流れが見えた。魔術師でなくとも限定的に簡易な魔術が使えるのだ。


「いざ」オルベールが動いた。


 見たことのない奇妙な足運びに戸惑うイーロン。その矢先、懐まで迫られていた。


「――失礼」


 火をまとった剣が堅固けんごな肉体を斬り裂く。


「ぐッ……」


 イーロンは目を見張った。魔術師でもないただの老いぼれだと舐めていたが、認識はすぐに覆された。


 あわせて習得した同じくエルフの技法により戦闘技術も向上していた。老騎士は衰えるどころか戦士としてまさに全盛期を迎えていた。


「ハアッ!」


 迫りくる老剣ろうけんを捌きながら忍び寄る雷女かみなりおんなにも気を配らなければならない。2対1では形勢が悪いと知りつつもイーロンはここはあるじのために退けない。


「…………」


 クロハは落ち着いて隙を窺っていた。エスカを守るためにあまり長くオルベールをこの場に拘束はできない。けれど性急になりすぎるなとセンリから常々言われていた。それは一瞬の勝機を見逃すことになると。


「……だが、どうすればよいのだ」


 正しい持ち方すら知らない剣を握って悩むクロハ。天雷てんらいまといはまだ制御が難しく近くにいるオルベールを巻き込む恐れがある。だから使うべきではないとためらっていた。


 今現在2人は接戦、だがオルベールがほんのわずかに優勢。相手に治癒どころか他の魔術を使わせる隙すら与えない。しかしながら決定打を与えることもできていなかった。


「…………」


 いつもおんぶに抱っこ。今もこうして誰かの助けを借りている。いつの日か、自らを犠牲にして命を助けられたこともあった。そろそろ、自分自身で活路を切り開く力を身につけねばとクロハは大胆不敵だいたんふてきに意を決した。


「――あま偶像ぐうぞう叱責しっせき。声は鋭鋒えいほうとがめは蜿蜿えんえん。我が身にくだし、わめき散らせ」


 少し離れてもう一度、天雷を纏った。そうして刻々と過ぎる時の一区切りに好機を捉えた直後、稲妻の如き速さで飛びだした。


 意識を前方の一点だけに集中。従って雷光らいこうの膜も前方へ押し込まれて、その効果範囲を極端に狭めた。


 理論上はこれで周囲の味方に影響を与えず前方の狙った獲物にだけ圧縮したかみなりかたまりをぶち当てることができる。


 一か八かの賭けでもあった。上手く制御し続ける自信がなかったがために。それでも無理を通して自身を信じた。


「――頼むッ」


 イーロンの死角に電光石火でんこうせっかの勢いで飛び込んだクロハは不器用に構えた刺突剣を心臓へ向けた。先端が突き刺さり、惜しくも横へ逸れたが、前方一点に圧縮された雷が置き土産に感電させた。


「ゆけッ、オルベール」


 相手が痺れた隙にオルベールは後方へ退避。それを見届けて、クロハは身に纏った天雷を攻撃手段として一気に放出させた。握った剣を通して内側へ直接、雷撃らいげきが届く。


「ぐ、あァあアぁあアッあワあアあァッ!!」


 何度も白目をきながら激しく震えるイーロン。


「ぐッ……!」


 反動でどれだけ揺さぶられても、暴れた手腕が直撃しても、クロハは絶対に手を離さない。絶叫の中、男の身に稲妻に似た樹状じゅじょうの火傷跡が浮かび上がり、焦げた煙を上げながら、やがてその場に倒れ伏した。


 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうだった大男はだんだんと縮んでいって、痩せ型の小男に変貌を遂げた。おそらくこれが本来の姿で、今まで見ていたのは呪いの力による仮初かりそめの姿だったのだろう。


「――ふう」


 クロハは魔術を解除して気抜けの一息。警戒しながら歩み寄ってきたオルベールは癖のように彼の心臓を剣で一刺し。きっちりと止めを刺した。


「急いで戻りましょう。騒がしくなっています」

「うむ」


 元いた場所に戻ると戦場の景色が変わっていた。


 恐れていたこと。敵の増援が到着していたのだ。見ればアガスティア側が押されていて数が減っている。


「エスカ様のもとへ」


 事態を重く見たオルベールはクロハとともに戦場を駆け抜けて王女のもとへ向かった。


「あっ、2人とも。今までどこへ」


 エスカはまだ無事だった。敵を迎撃しながら隊ごと徐々に後退していたようだ。数が減っているように見えたのはそのせいでもあった。


「誠に申し訳ありません」

「すまぬ。イーロンと交戦しておった」

「イーロンさんと……? ということは」

「止めは刺した」

「そう、ですか。そうですよね」


 当然とも言えるクロハの率直な報告にエスカはほんのわずか心が痛んだ。まだその手でちゃんと人を殺めたことがないからだろうか。その命を絶つことに迷いがあった。だから迎撃の際も味方に悪いと思いながらもわざと敵方の急所を大きく外していた。


「……甘ったれ、ですよね。私は」


 エスカはあの時ビザールに言われた言葉を思い出す。


「エスカ。おぬしはそれでよい。どうしようもない時が来ない限りは我らがどうにかする」

「私もそのように思います。その手を汚さぬために私どもは在るのですから」


 クロハもオルベールも責めなかった。全てはずっと彼女らしくいてほしいとのわがままな願いから。


「しかし、その時はすぐに来るやもしれぬぞ」


 真剣な顔でクロハが言った。聞こえてくるのだ。続々と、仲間とは明らかに違う者たちの足音が右から左から。


「――来ます」


 オルベールが剣を構えた。視線の先、左右から現れた集団。しんしんと殺意を放ち、こちらへ向かってくる。やはり敵だった。


「むっ」クロハが眉をひそめる。


 が、どうも様子がおかしい。右と左で同士討ちを始めたのだ。その争いから抜け出してきた男が武器をしまって両手を挙げながら駆け寄ってきた。エスカたちは警戒する。


「敵ではありません。司祭様より仰せつかってあなた方の援護に参りました」

「司祭様が……?」エスカは目を丸くした。

「はい。伝言も預かっています。元凶を絶つため勇ましき者は森へ向かったと」


 3人はそれを聞いてすぐに何のことか分かった。


「詳しいことはこの中に。ここを脱出したあとにお読みください」


 エスカはおごそかな封書を受け取った。


「では。神の御加護が在らんことを」


 男はきびすを返して戦いの中に再び身を投げ打った。


 彼らは頼もしく身をていして戦ってくれた。その間にアガスティア隊は退避の準備を進めることに。


 彼らの登場により戦況は一時的に良くなったものの元々の数が少なかったがために再び徐々に押されていく。敵方はどんどん増援が送られてくるにもかかわらず。


「……しつこいのう」クロハが冷静さを失い始める。


 鋼の人海戦術じんかいせんじゅつに他の味方も集中力が途切れてきた。もうすぐ一斉退避の合図が出せるところまで来ているのにそんな時に限って立て続けに邪魔が入り、なかなか踏み出せない。状況は目に見えて悪くなっていく。やはりセンリ抜きでは無理なのか。


「――探しましたよ、アガスティアのみなさん」


 その時、後方からふと声が聞こえた。前ばかり見ていて気が回っていなかった。エスカたちが動揺して振り返るとそこには、


「微力ながら支援します。隙を見つけてお逃げください」


 ルプレタス率いる青年団がいた。彼自身まだ立ち直ったばかりで本調子ではない。どうにか動ける程度の状態でも彼らのために駆けつけたのだ。中にはヌヴェルや、なんとやかたから救出されたばかりだというのにマルシャの姿も見受けられた。


「あなたたちは……?」

「私たちは新解釈派の青年団。司祭様の懇願こんがんによりここへ」


 それを聞いてエスカはそれとなく察した。実際に会う機会はなかったが、話には聞いていた彼らの存在を。


「センリさんに会ったらどうかお伝えください。……私たちが、必ず勇者の汚名をそそぐ、と」


 やはりルプレタスは彼が本物であることに気づいていた。


「……もちろん。私自身もそのつもりです」


 同じこころざしの者がここにもいたとエスカは嬉しく思った。同時に、遠くにいるであろう彼に向けて心の中でこう告げたのだった。


 あなたの瞳に映るこの残酷な世界にもまだ愛は残っていますよ、と。

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