ep.98 神は嘆き悲しむだろう

 今回の襲撃でセンリとセズナは誘導や混乱を目的とした破壊活動を担当。青年団は捕らわれた人々の救出と保護を最優先とする。


 寝耳に水とはまさにこのことでやかた中に衝撃が走っていた。障壁の異変を感知した段階では半信半疑だったものの、センリ率いる青年団の姿を見た瞬間、事の重大さに気づいた。


「出合え! 館には近づけさせるな! 一人残らず殺せ!」


 防衛のために屈強な兵が館のほうからぞろぞろと出てきた。魔術師と思われる者も数多く見受けられる。


 先制攻撃だと勢いよく前に出た青年団の数名が一も二もなく魔術による反撃を受けて呆気あっけなく倒れた。やはりフォルセットを撃退しただけあってかなりの武闘派揃い。


 個々が腕利きで、戦場での連携も取れている。国家間の戦争で使用されてもおかしくない兵の水準に青年団は戸惑ったが、ルプレタスが鼓舞こぶしたことで踏みとどまり、再び奮い立った。


 それを横目に地を駆けるセズナが周囲に糸を張り巡らせている間、センリは次々と敵を殺しながら館への侵入班を背後に庇った。


 彼らが中へ侵入したのを見届けて、センリはさらに攻撃的になった。敵は圧倒的な力の差にも動じず集団で襲いかかってくる。ここが単なる賊との違いだろう。


「ここは虫の巣か」とセンリが舌打ち。


 予想はしていたがそれ以上の増援がどんどん送られてくる。大規模な魔術を使って一気に殲滅せんめつしたいところだが、館が倒壊してしまっては元も子もない。加えて移植した眼の寿命が大きく削られる。ならば、


「――あま偶像ぐうぞう叱責しっせき。声は鋭鋒えいほうとがめは蜿蜿えんえん。我が身にくだし、わめき散らせ」


 天雷てんらいを自身に落として全身にまとった。体毛が逆立ち、薄い膜状の光で覆われる。


 一見すると下級の魔術。しかしながら膜から弾けた雷光らいこうは極限まで凝縮され、ただ動くだけでも圏内にいる者を感電させていく。


 けんを伸ばして踏み締めれば輝きの泡沫ほうまつが弾けて、


「鳴り響け」


 前傾姿勢から足先を一気に跳ね上げた時、地上に雷鳴がとどろいた。


 音よりも速く見える、電光石火でんこうせっかの動きで敵を狩る。強力かつ小回りが利くこの魔術は混戦には打って付け。耐性のない兵士はすぐに落ちる。問題は熟練の魔術師集団。障壁を使い、たくみに距離を取りながら徐々に味方の戦力をいでいた。


 長期戦は不利だと感じた雷の獣がその牙をいて戦場を駆け巡る。


 初、疾、攻、斬、回、突、転、刎、次。


 行動の基点を追うことが精一杯で、もはやおく仮名がなすら間に合わない乱舞らんぶ


「借りるぞ」


 セズナが張り巡らせた糸を通して電流を飛ばし、相手の注意を逸らす。わずかに攻撃の手がたゆんだところですかさず距離を詰め、確実に仕留めていく。繊細せんさいでいて荒れ狂う雷糸らいしの嵐に呑まれて猛者もさの彼らですら冷静さを失っていった。


「何者なんだこいつらは……」


 館側はフォルセットだと疑ったが、どうやら違うと判断。未だ数では圧倒していても不安はぬぐえない。すでに館内部への侵入も許している。


 存続に関わる緊急事態と理解して館は手を打った。完全な手遅れになる前に通達し、各方面からありったけの増援を呼び寄せた。収束したと感じた矢先、時間差で兵士たちがかたまりで投入されていく。


 センリやセズナはともかくそれにより青年団は疲弊ひへいしていった。館に入ったルプレタスとヌヴェルの班も今や敵の対処に追われ、上手く進んでいた救出作戦が難航している。


 そんな時だった。


「――神は嘆き悲しむだろう」


 正装とは少し違うどこか見覚えのある白いローブに身を包んだ集団が現れた。


「お前たちは……フォルセット! ちくしょう、こんなに時にッ……!」


 気づいた館の人間が叫ぶ。それが次々に伝わって広まり、両陣営の知るところとなった。


 すでに心の準備ができていた青年団の面々が気を引き締める一方で、館の兵たちは新勢力の登場に大いにうろたえていた。彼らからすれば敵の援軍と言っても過言ではないのだから。


「背信者に明日はない」


 幹部らしき男が優雅に指示をして部下が一斉に解き放たれた。四方八方しほうはっぽうへ駆け巡り、戦場は混沌と化す。館側の兵士との大きな違いは魔術師であっても何かしらの武器を所持し、その扱いにけていることだ。


「ようやくお出ましか」センリは鼻で笑って足を止める。


 仮初かりそめの共同戦線。館潰しはお任せあれと言わんばかりに突き進む彼ら。されど諸刃もろはつるぎでもある。


「闇の申し子に神の裁きを」


 センリの目の前に彼らの一員が立ち塞がった。このようにその刃は己にも向く。


「その物言い。もはや懐かしささえ感じる」


 相手に向けて指をパチンと鳴らした。瞬く間に稲妻が走る。敵は魔術障壁を張ったが、


「がッ……み、よ……」


 貫通。黒焦げになってその場に倒れた。それを見てなお彼らは狂信の下に襲いかかってくるが、天雷の化身となったセンリを止められる者はいない。


 徐々に庭が片づいてきてセズナのほうへ目をやる。糸を駆使して敵の行動を制限し、回避行動を除けば、ほとんどその場から動かずに対処していた。さすがに他を支援する余裕はないようだが。


 止まってわずか数秒ほどよそ見をしたセンリの前にフォルセットの魔術師が躍り出る。陣頭指揮じんとうしきる男ほどの力は感じられないが異彩を放つ。


「なぜ?」とだけその魔術師は問うた。年増の女で顔に大きな傷がある。

「何が言いたい?」


 センリは小首をひねって聞き返したが彼女は何も答えない。


「スエ! 今は選ばれし者たちの奪還が先だ」


 どこからか仲間に呼ばれて彼女は振り返る。センリはその名に聞き覚えがあった。


「87番」


 だからあえて口にしてみた。すると彼女、スエは驚いた顔で向き直った。


「どうしてあなたが……」

「トロレという女を知ってるか?」

「……トロレ」


 懐かしい響きを受けてスエは無自覚に目もとを緩ませた。


「あいつは今も教会にいる」

「――っ!」


 死んだ、と思っていたのだろう。彼女は喜びとも悲しみともつかない複雑な表情で立ち尽くす。けれども、


「スエッ!」


 仲間に再三さいさん呼ばれたことで我に返り、最後に一瞥いちべつしてから走り去る。


 逃すまいとセンリが雷撃を飛ばしたが、指示していた幹部らしき男によって防がれた。


「ようやく会えたな。闇をかたる者よ」


 口振りから察するに幻惑の魔術はとうに見破っている。が、本物かどうかは疑っている様子。


「本当に騙っているかどうか試してみるか?」

「どちらにせよ同じこと。葬り去るだけだ」


 挑発されても男は安易には乗らない。


「天にまします偉大な神よ。我が名はラントレ。清められし聖なる力を我が身に宿し、罪深き者をその御慈悲で救済したまえ」


 堅苦しい言い回しで魔術を行使するラントレという男。


 敬虔けいけん宗徒しゅうとが好む、本来の詠唱を崩して宗教的な意味合いを持たせる様式。要点を抑えて巧みに言い換える技法は宗教美術の一種とされているが、目の前の男には関係ない。


「相変わらずくどい口上こうじょうだ」

「神への祈りを愚弄ぐろうするな」


 曰く聖なる力を纏ったラントレは鉤爪かぎづめのような武器を構えて立ち向かってきた。魔術師としての腕は相当で接近しても感電せずに動けるのがその証拠。


 磨かれた挙動から、センリは彼が身体能力の強化が得意な魔術師であると見抜いた。


 一連の動作に不自然さはなく、陽動を含ませた際にも兆候が見て取れない。たとえば右から左へ移る時、体勢から重心を移したように見えても急に転進してくるのだ。


 ラントレは知っていた。多くの魔術師がその才に自惚うぬぼれて近接戦闘の訓練をおこたっていると。それは強さに比例して顕著けんちょになるということも。


 彼は聖句せいくを独りでつぶやきながらセンリに接近し、


「かくあれかし」


 鋼鉄の鉤爪を振るった。ところが眼前の男はその限りではない。


「――ッ」


 まばたきをする間もなくラントレの視界から消えるセンリ。気づけば背後へ回り込み、疾風迅雷しっぷうじんらい掌底打しょうていうちを決めていた。


 身体強化による反発を突破してなお骨の砕ける感触とともに刹那的な残像を残してラントレが吹き飛んでいく。


「少しだけ遊んでやるよ」


 彼自身に恨みはないが、所属する組織にはある。だから一撃では殺さないとの姿勢。


「……うう、神は乗り越えられる試練しか与えない……!」


 自身に治癒魔術を使って立ち上がるラントレ。怖気付おじけづかず、その狂気的な精神とは対照的な明るく澄んだ瞳で挑んでくる。


「神は申した。闇は滅ぶ定めであると。希望の光は常に我らとともに在ると」


 今度は体勢を低くして両手の鉤爪を地面に擦らせながら地を蹴る。見極めても仕方がないとセンリは音を聞く。心地良い協和の中に潜む微々たる確執かくしつを捉えて、今、応じた。


「――なッ」


 ラントレは驚愕した。感知系の魔術なしに動きを先読みされたのは初めてだったからだ。


「詰めが甘い」とセンリ。


 喋る間に素早く二度。相手の左腕を斜め下から。引いて右腕を斜め上から。高速の手刀が決まり、流れのまま腹部を蹴り上げた。


 放物線を描いて地面に転がる。両腕は骨折、吐血しながら苦しげに身体を治療する狂信者が目にしたのは、


「終わりだ。俺も暇じゃないんでな」


 高密度に凝縮された雷の槍をいざ構えた騙る者の姿。否、彼は感づいた。


「ま、まさか、本物」


 しかし今さら気づいたところで意味はなく。投擲された雷槍によって穿うがたれた。


 もう一度、戦場に雷鳴が轟く。天雷の怒りは地上に落ちて男の身を芯から滅却めっきゃくした。そのあまりの衝撃で周囲が吹き飛び、館の一部も崩壊してしまう。


「やりすぎたか」


 眼帯の裏がうずく。加減したつもりだったが予想よりも威力があった。センリは纏った天雷を脱ぐように取り去ってから館のほうを振り向くのだった。

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