ep.69 真実の火はまだ消えちゃいない

「ユザン……! あんたってやつは……!」

「国も、民も、今や私の手中。壮大な復活劇の幕開けにしては順調過ぎるかもしれぬ。クククッ……ハッハッハ!」

「センリさん……!」


 我に返ったエスカが叫ぶ。


「干渉の鬱陶しいアガスティアの王女に、歴史を嗅ぎ回る薄汚れた移民の子。この場でまとめて始末してくれる」


 巨像が頭を引く。それは高熱を帯びた光線の放つ構え。


「下がってくださいっ!」


 エスカはとっさに前に出て魔術障壁を展開した。直後、街を破壊したものと同等の光線が口から放たれた。


「――ううッ」


 真っ向から受けてエスカの顔がきつく歪む。その両腕は折れてしまいそうなほどに激しく震えている。十数秒と持たずに身体ごと燃え尽きるだろう。


「手伝わせてっ!」


 アルテがうしろからエスカの手を取った。不器用ながらも自身の魔力を送り込んで障壁の瓦解を遅らせる。魔術が使えないサンパツは焦ったが、いざという時に彼女たちの盾になろうと覚悟を決めて息を整えた。


「もっ、もう限界です……!」

「なに諦めてんのよっ!」


 四方に弾ける光線の猛威。高熱で障壁が急速に溶かされていく。もはや数秒と持たない。


「もう……ダメ……!」


 ジュッと音がして突き抜けた熱線の一部がエスカの頬をかすった。支えるアルテのほうにも光が流れて肌を焼いていく。


「まだだ……!」


 もうこれ以上は無理だとサンパツが覚悟を決めて2人の前に飛び込んだ。真っ赤な輝きに包まれる勇猛果敢な者。その瞳は死ににいくものではない。自ら奇跡を引き寄せて家族のもとに帰るという親としての強い意志があった。


 それに応えたのかサンパツの体がほのかに光りだした。


「まだ死ねない……!」


 障壁を突き抜けたいくつもの熱線により全身の肌を焼かれながら言い放ったサンパツの言霊がアルテの中で何かを解き放った。


「――ッ」


 目を覆うほどの神々しい輝きに包まれるアルテ。今までよく聞こえなかった声がはっきりと聞こえる。幻聴だと思っていたものが実は本当に語りかけてきていたことを理解する。


 その声はこう言った。


『火の力はいつもともに。願いなさい、人の子よ』


 アルテは強く願った。みんなを守って、と。


 すると3人の前にふわりと巨大な光の両掌りょうてのひらが現れた。咲き誇る花の手つきは荒々しい光線の束を受け止めてつぼみの手つきで優しく包み込んでいった。


 全てを消し去る光線を放った跡に立つ彼らを見て巨像は赤い目を見張る。その目を通して浄化色に輝くアルテのそばに信仰を捻じ曲げて葬り去ったはずの大敵を見据える。


「死に損ないめ……!」


 巨像は再び構えた。その時だった。地中深くに埋没した石柱が空高く打ち上がった。直後に空いた穴から人影が飛びだした。


「――真実の火はまだ消えちゃいない」


 落下する石柱を巨像が薙ぎ払った。その先には灰を被り土と泥にまみれたセンリがいた。


「それもすぐにかき消える。そして新たに灯るのさ。愚かな勇者の歴史を火種にして」


 巨像は高速で移動し、センリの目の前へ。その大きな拳を激しく打ちつけた。が、最後まで振り切れない。


 溶岩うごめく巨像の拳骨を片手で受け止めながら勇者の末裔は言葉を紡ぐ。


「俺は勇者じゃない。勇者になる気もない。だがな、お前みたいな塵屑ごみくず野郎がその名を語るのは心底反吐が出る……!」


 吐き捨てた唾の音。巨像は怒りを露わにする。


「圧倒的な権威を手にしたこの私に語る資格がないだと……? むしろ勇者と呼ぶに相応しい存在になったと思うが」

「権威など関係ない。……たとえあわれな身の上であったとしても、みじめな姿を晒したとしても、見窄みすぼらしい暮らしをいられていたとしても。このクソッたれな運命を乗り越えようとする者のことを……」


 センリは受け止めた拳を横に弾いて素早く巨像の懐に潜り込み、



「真に『勇者』と呼ぶんだろうが……ッ!!」



 腹部に掌底を加えて弾き飛ばした。


 巨体が浮いて神殿跡の柱に激突。身体の半分が瓦礫に埋もれた。


「……意志だけでは何も成し遂げられない。だから勇者の一族は滅びたのだ。手にした力を振るわず人の善意にゆだねたせいでな」


 灼熱の巨像はゆっくりと起き上がる。その最中に掌をアルテたちに差し向けて不意を突いたが、陽炎の如く立ちはだかる火の化身によって弾かれた。


「お前は、お前たちはもはやここから先には進めない。歴史はあるべき場所に帰る」


 センリは利き手を前に差し向ける。掌を中心に漆黒の煌めきが発現し、黒雲に潜む稲妻のように幾度となく走る。


「……ハザンが言っていた破壊の力か」


 形容しがたい異様な魔力の収束。何にも属さない特殊な魔術系統。さすがのユザンもいつになく警戒している。


「――伝承刀でんしょうとう影打かげうち


 全てを破壊する異次元の刃が解き放たれた。その手を覆う漆黒の煌めきが爆発的に勢いを増す。立ち昇る黒煙に似た魔素の残滓ざんしが腕を取り巻いて周囲の音を消し去り、空間を歪ませ破壊し続ける。


「俺にこれを使わせたことの意味を知れ」


 唯一手もとに残された勇者の一族の印。唱える言葉の意味も分からず、本来の形も失われた。今はただ破壊するという力の権化だけが顕現けんげんしている。


 センリは緩やかに構えて、しんと踏み込んだ。


 姿はなく。音もなく。描く流線は空間を捻じ曲げて触れるもの全てを巻き込んでいく。


 本能的な危機を感じて巨像は相手の動きを予測。回避行動に移ったが、


「――遅い」


 すでに読まれていた。半身を包むほどに増大した破壊の力。その化身が巨像の眼前に出現。


 漆黒に煌めく掌がその眉間を閑寂に穿った。刹那、亀裂が根の如く枝分かれして巨像の全身を駆け巡り、溶岩や瘴気を撒き散らすように破裂した。


「……これしきのことで私は……」


 灼熱地獄の上に散らばった破片。有り余る魔力を使い強引に修復しようとした時ユザンは本当の意味を理解した。


「……なッ……なぜッ……」


 破片が集まらない。接合もせずに瓦解する。それらを捨て置いて新たに身体を作りだそうとしてもすぐそばから崩壊していく。


「破壊された存在が二度と蘇ることはない」


 それを聞いて巨像の中に溶け込んでいたユザンが破片の中から姿を現した。のだが、


「――ッ」


 一歩目で膝から下が脆く崩れた。その場に倒れて顔を上げると、そこにはすでにセンリが立っていた。黒い空と地面からの赤い照り返しが今度は男を悪魔のように見せる。


「お前はこのまま朽ち果てる」

「ま、待てッ! 私を生かせッ! さすれば望みのものは何でもくれてやるッ!」

「戯言はいい」


 センリは破壊の掌を振り上げた。


「追放した歴史を恨んでいるのならお門違いだッ! 現にまだ生き長らえている当時の賢者もいるのだからなッ!」


 それを受けてセンリの瞳孔がカッと開いた。逆の手でユザンの首を掴んで持ち上げる。


「馬鹿を言え。いったいいつの話だと思っている。長命のドワーフでもとうに死んでいるはずだ」

「う、嘘ではない……! 実際に、会ったのだからな……!」


 息苦しそうに話すユザンの体は徐々に崩壊していく。それこそ猛毒が身体を侵食していくように。その焦りからか語気を強める。


「情報を、くれてやる、代わりに、私を生かせッ!」

「……いいだろう。興味深ければ助けてやる。手遅れになる前に手早く話せ」


 この男に譲歩が通じないことを理解しているユザンはせめて猶予を引き出そうと思考を凝らしていた。


「やつは、テペランの名を冠する、賢者。禁忌の魔術を使って、生き長らえている」

「そいつはどこにいる?」

「鋼の国、アドラシオ。詳しい所在は、思い出すのに時間がかかる。だから、その間は、この崩壊を止めてくれ」

「…………」センリは何も言わず目も逸らさない。


 完全に両足がなくなり、両手が肩口から崩れ落ちて、胴体に差し掛かっても動じない彼に痺れを切らしてユザンは自ら話を切り出す。これ以上の欠損は賢者の末裔といえども治癒魔術が追いつかない。


「や、やつは、ドゥルージ教の司教として、国を裏から操っている。はッ、早く、破壊を止めてくれッ」

「…………」

「直に会う機会をッ、作ってやるッ。だからッ 早くッ!」

「…………」センリは無言でユザンの首を絞めていく。

「ほッ、ほがにもッ、まだッ」


 冷酷な瞳を前にユザンはもがきながら言葉を吐き出す。破壊の侵食はもうすぐ心臓部に達しようとしていた。


「……これまでか」


 センリが破壊の力を解除したあとで絞め手を緩めると、ユザンは苦しさから反動で大きく深呼吸。無意識に流れた涙とともに生き残れたと淡い期待を膨らませた。


「――がッ……」


 しかし胸に突き刺さるもう片方の手を見て、


「う、裏切ったな……」


 ユザンは口端から血を垂らしながら目線を上げた。目が合った時にはもう心臓が外へ引き抜かれていた。


「すでに手遅れだ。元より助けるつもりもなかったが」


 白目をいたユザンは痙攣けいれんしてから硬直した。未だ煮えたぎる溶岩の上に放り投げられると火がついて、真っ赤に燃え盛りながら破壊の渦に呑まれて消滅した。

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