ep.52 そんな私たちと同じ人間です
それからしばらくして再び召集がかかった。センリ一行が謁見の間に入ると、背中を丸めるサンパツの姿があった。万一に備えて衛兵に囲まれている。
「あっ!」センリに気づいて顔を明るくするサンパツ。
「では再開しようか」
国王の一声で事件の検証が始まった。ほとんど何も知らされずに連れてこられたサンパツはようやくここで事情を把握した。
「――だからセンリは悪くなくて、あの大臣と他の貴族たちが俺たちをおもちゃのように振り回していたんだ。命がごみのように扱われるのはやっぱり辛かったよ」
幸いその場に彼と親交の深い者はいなかったが、それでも同じ貧困地区の仲間として思うところが多々あった。
それから国王とアルテによる証人への質疑応答が幾度か繰り返された。まともに教育を受けていないので言葉遣いについては深く言及されなかった。
「――なるほど。話はよく分かった。とすれば、やはり大臣はしかるべき罰を受けたと言うべきか」
「お父様。彼の証言を信じるおつもりですか? その娯楽がおこなわれているという施設の存在もまだ本当かどうか分からないというのに」
「そうだな。実際に確かめてみるまではなんとも言えぬ」
娘のアルテに諭されて国王は困った様子で腕を組んだ。
「そのことなら心配はいらない。もう1人、証人を用意している。ちょうど城の前に到着している頃合いだ」
事前に保険をかけていたセンリ。国王はそれを聞いたあと目で合図を送り、衛兵の1人を差し向けた。
少し間を置いて戻ってきたその衛兵のうしろにはあの馬車の御者がいた。約束通りにちゃんと来ていた。センリの顔を見るなり怯えて縮こまる。
「こいつがその大臣の施設まで案内する」
センリが言うと国王が「本当か?」と彼に問うた。
「は、はい……。で、ですからどうか死罪だけは……」
「それしきのことで殺しはせぬ。この一件が終わったあとで身柄は拘束させてもらうが、それはあくまで知っていることを洗いざらい吐いてもらうためのものだ」
「ああ、このご懇情は一生忘れません」
てっきり死が待っているものと思っていた御者は国王の寛大な心遣いに感謝して施設への案内を承諾した。
「さて、君はもう帰ってよいぞ」
国王は残された証人に向けて言った。当の本人は驚いている。
「え? 罰とか処分とかそういうのは」
「参加はしたが君も被害者の1人だろう。同地区のみなにもよろしく頼む」
「あ、ありがとうございます」
上手い返しが見つからずとりあえず礼を言うサンパツ。
「そしてセンリ。君だが、先の通り、事が明らかになるまでの期間、刑に服してもらう」
「そうさせてもらう」
「セ、センリ、お前……」
「しばらくこの窮屈な檻の中で過ごすだけさ」
サンパツへの流し目。センリは城を檻と例える無作法な振る舞いを残して歩き去っていく。周囲の兵は馬鹿にされたと感じて嫌悪感を抱いていた。
「なら我もここで」
センリがいないならつまらないとクロハも立ち去った。
身分上、完全に信用されていないサンパツは兵たちによって城の外へと連れていかれた。
その場に取り残されたエスカ。唯一常識が通じそうなアガスティアからの来訪者にアルテが尋ねる。
「エスカ様。彼は本当に勇者の一族の末裔なのですか? 言い伝えだと彼らは民に救いの手を差し伸べ、無償の希望を振りまいていたそうですが。一方の彼は横暴な態度で救いの手を差し伸べるどころか人を殺してなお気に留める様子もないようで」
「……責任の一端は私どもの国にあります」
心咎めの伝わる声色でエスカは言葉を返す。
人が、国が、世界が。勇者というものの在り方を酷く歪めてしまった。今となってはかの一族に対する裏切りの歴史は多く語られず、救世主という象徴だけが独り歩きしていた。都合の良いふうに脚色されて形骸化していると言っても差し支えないだろう。
だからアルテのようによく知らない者は勇者の名を聞くと大概が人徳のある高潔な人物を思い浮かべる。弱きを助け、見返りを求めず、義務を果たし、不平不満を抱かず、正道を歩む理想的な者を。
そんな絵空事だけの人間はこの世に存在しないというのになぜか人は期待する。かつてのエスカもそうだった。初めて出会うその時までは。
「センリさんは確かに勇者の一族の末裔ですが、おとぎ話に出てくるような完璧な人物ではありません。感情があって、人格があって、価値観があって。正しいこともするし、間違ったこともする、そんな私たちと同じ人間です」
「…………」
思わぬエスカの熱弁にアルテは一時言葉を失っていた。が我に返って、
「……分かりません。どうしてあなたがそこまで彼に肩入れするのか。……あの子も」
徐々に声の調子を落としながら話した。
「今、この世界は再び魔族の脅威に晒されようとしています。彼の、勇者の力が必要なのです。特使としてここへ遣わされたのも全てが手遅れになる前に情報を共有し、各国の連携を取るためです」
「それは顔合わせの時に聞いた。他人事で済ませるわけにはいかないだろう。しかしながらそれに際してどうも腑に落ちないことがある。歴史上では確かアガスティアは勇者の一族を裏切っていたはずだ。ならなぜどのようにして彼を取り込んだのか」
怨敵や敵国の将を取り入れるかのような妙策。イグニアの王はそこに興味があるようだった。
「取り込んだのではなく、誠心誠意のお詫びとお願いにより、力をお貸しいただいているのです。旅の目的として勇者の一族に対する誤解を解く責務もあります。宗教的な背景のせいで思うように行かぬところではありますが」
「ドゥルージ教だな。聞き及んでいる。この国ではほとんどが火の神を信仰しているが、かの教えも貧困層を中心に勢力を伸ばしつつある」
理解が早い国王はすでにドゥルージ教の教典には目を通していた。いつの日か歴史ある火の神信仰が脅かされるのではと長年憂慮している。
「はい。その中に特定の身体的特徴を忌避する内容が記されています。それはかつての勇者たちが有していた、この世界では極めて珍しい特徴です。そのために彼らの長い迫害の歴史に一役買ったと言われています」
エスカは以前にも増して勇者の一族とその歴史について学んでいた。もしかしたら彼以外にも今なお苦しんでいる生き残りがこの広い世界にはいるかもしれないと。
「先の一件のあとでこんなことを申し上げるのは非常に心苦しいのですが、どうか寛大なお心で先を見据えたご理解を」
被害者だからと言って何をしてもいい理由にはならない。が、言動の裏に潜む歴史の深い溝と切迫しつつある現状の理解を求めた。
「……分かった。そのように努めよう。しかしな、エスカ王女よ。君の背負ったその重みはいつしか自身を押し潰すことになるやもしれんぞ」
うら若き乙女には荷が重すぎる役目。近い年頃の娘を持つ父親としての忠告だった。
「覚悟の上で押し潰されないように強く頑張ります。それに、その重みをともに分かち合ってもいいという方もきっといらっしゃるかもしれません」
そう言ってエスカが視線を投げると、アルテは目を背けた。
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