ep.3 楽に死ねると思うな

「――っ! お、お願いしますそれだけは……っ!」

「呑めないというのなら俺は別にそれで構わんが」

「……それでしたら……わ、私の命を引き換えにしますので、なにとぞよろしくお願いいたします……」

「ほう……」

「それであなたの怒りがほんのわずかでも癒えて、お願いも聞いていただけるのなら安いものです」

「その言葉に偽りはないな?」

「はい……。ここに来る前から覚悟はしていましたから」


 エスカは意を決した顔で言った。その言葉に嘘はないようだった。


「だがお前はおそらく勘違いをしている」

「え?」

「お前は綺麗な体のまま殺されると思ってるようだが、その使い方は俺が決める」

「…………」


 エスカは何かを言おうとしたがすぐに口を閉ざした。


「どうするかはすでに決まっている。ずっとずっと昔からな」


 センリは夢見ていた。いつか来るかもしれない復讐の機会を。どのように復讐を遂げるかを。夢見ていたのだ。


「楽に死ねると思うな」

「……はい」


 エスカは覚悟を決めた。そして祈った。故郷と世界の平和を。


「お前にはもう必要ないな」


 センリは指をパチンと鳴らして魔術を行使した。その瞬間、エスカの衣服が無残にも破け散った。エスカは生まれたままの姿でベッドの上に転がされた。


「全ての爪を剥いでやろう。その次は全ての指を折ってやろう。それから手足も。一本ずつな。終わったら今度は魔術で元に戻して、ボロ雑巾になるまで犯し尽くす。壊れそうになったら戻して最初からだ。最後は目玉をくり貫いて全身の皮を剥いでやるからな」


 狂気染みた内容にエスカは身震いを起こした。


「さあ、始めようか」


 その声とともにエスカの手が持ち上がり、親指の爪が見えない力によって、剥げた。


 家中にエスカの悲鳴が鳴り響く。だがしかしその声はオルベールにも2階にいる子供たちにも届かなかった。なぜならそれはセンリが魔術で深い眠りに落としていたからだった。


 ###


 針で貫かれたかのような一瞬の激痛。続くジリジリと焼けつくような痛み。意識はまだあるようだが、その顔は涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになっていた。白いシーツは指から垂れた血で所々赤くなっている。


「おい、まだ手の指しか終わってない……ぞッ!」


 センリはエスカの右腕を掴むと本来ありえない向きへと曲げた。歪な音とともに声にならない悲鳴が辺りに響き渡った。


「もう限界か?」

「だ、大丈夫、ですから……。つ……続けて……ください……」


 エスカは折れていないほうの腕で体を起こして腹から声を絞りだした。


「滑稽だな。守る価値もない民のために裏切った相手に縋る様は」

「……いいえ。私に……とって……自国の民は、家族。守るべき……者たちです」

「何が家族だッ!」


 センリは怒鳴り、エスカの前髪を掴み上げて顔を近づけた。


「お前の家族とやらは無抵抗の者に罵声を浴びせるのか? 手を上げるのか? なぶり殺しにするのか?」

「…………」


 言葉の意味が分かったエスカは何も言い返すことができない。


「答えてみろッ!」


 鼻と鼻が当たるほどの距離でセンリは言った。エスカは震える唇でそれに答えた。


「……確かに、そういう方々は、いるかもしれません。ですが、皆がそういうことをするわけでは、ありません……」

「ーーッ!!」


 センリは掴んだ髪を勢いよく離した。エスカはその勢いのままにベッドから倒れるようにして落ちた。


「とんだお笑い草だな。話を聞いた俺が馬鹿だったようだ。まあ、そもそも端から約束なんて守る気はないけどな」

「……いいえ」

「あ?」

「あなたはきっと約束を守ってくれます」


 エスカはよろよろと立ち上がりながら言った。


「何を言ってる? もう壊れたのか?」

「だって……」


 エスカは次の言葉のためにくしゃくしゃの顏で笑顔を作った。そしてこう言った。


「だって、あなたの目の奥に温かい優しさが見えたから」

「ーーッ!!」


 エスカと過去の映像が重なり、センリの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。


 無邪気に笑いあう少年少女。それを見守る両親。遠くから聞こえる罵声。血で赤く染まった部屋。辺りに飛び交う怒号。闇夜に紅くごうごうと燃え盛る炎。エスカに近い年頃の女が言った「あなたはとても優しい目の色をしているわね」という言葉と誰かの笑顔。


「……ぐッ」


 センリは頭を抱えて後ずさりした。息は荒くなり異常なほどの汗をかいていた。


「あの……」


 あまりの様子にエスカは手を差し伸べた。


「触るなッ!」


 だがセンリは差し伸べられた手を払いのけた。壁に寄りかかり何度も荒い呼吸を繰り返している。


 しばらくすると呼吸も汗も落ち着いてきた。センリはふらふらしながらエスカに近づくと手をかざした。温かな暖色の光とともに剥がれた爪が再生していく。折れた腕も元通りになった。


「……今日は終わりだ。気が逸れた」


 センリは自分の上着をエスカに向かって放り投げると、辛そうな足取りで部屋から出ていった。


 エスカは元通りになった自分の体をまじまじと見た後に与えられた上着を着てベッドに横になった。

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