Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-

砂糖かえで

その勇者の名は

ep.1 あなたは勇者の一族の末裔ですか?

 かつて人間と魔族との間に戦争が起きた。それは百年もの長きにわたり続いた血で血を洗う惨いものだった。


 しかし戦の終盤に突如として異世界より現れた3人の勇者によって大戦は人間側の勝利で幕を閉じた。


 大戦後、彼ら3人は世界中の人々から祝福され、各々城と領地を与えられて幸せに過ごしていた。


 だが七賢者の一人が衝撃の事実を伝えたことによって民衆はその目の色を変えた。それは先の大戦で打ち滅ぼした魔族の王が元人間であり、大昔にこの世界へ流れ着いた異世界からの来訪者だったというものだった。


 その事実は尾ひれを付けて世界中に広まった。中には勇者の一族を皆殺しにして災厄の芽を摘むべきという残酷なものもあった。結果的に勇者の一族は畏怖の対象となり、民衆に城も領地も奪われ迫害されたのちに追放された。


 勇者の一族は誰からも虐げられない遠く、遠くへと旅立った。


 その後の彼らの行方を知る者はいないという。


 ###


 大戦終結から数百年の月日が流れた。人々はようやく掴み取った平和を何もかも忘れてしまったかのように謳歌していた。


「あの、ごめんなさい。一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、構わないぜ。けどよ、できればその前に何か買ってくれねえか……?」


 辺境の町アルベト。そこでパン屋を営んでいる男は目の前の女に向かって言った。その女は頭からすっぽりと薄茶色のローブを被っていた。


「情報料というわけですね。分かりました」


 ローブの女は頷いて振り返った。そこには厳かな鎧を着こなした初老の男がいた。長身短髪で頬に大きな傷があり今にも人を殺めそうなほど眼光が鋭い。


 ローブの女は彼と少し言葉を交わしてから向き直った。


「では店頭に並べられているパンを全ていただけますか?」

「……お、おう、まいどあり!」


 予想を超えた情報料にパン屋の男は思わずたじろぐ。


「あ、もし在庫がないなら数を減らしていただいても結構です。他の方々に申し訳ないですから」

「これから大急ぎでガンガン焼いていくから在庫は気にするな! それで、嬢ちゃんの聞きたいことってのはなんだ?」

「あ、はい。毎週決まった日にこの近辺へ買い物に来る青年に何か心当たりはありませんか? 歳は20歳前後で黒髪黒眼、身長はうしろの彼くらい」

「20歳前後で黒髪、身長は……」


 パン屋の男は厳かな鎧の男を見た。が、その眼光の鋭さにすぐに目を逸らした。


「ああー! 思いだしたぜそいつ。うちにもよくパンを買いにくるからな」

「彼の住んでいる場所、分かりませんか?」

「えーと確か、この町の東口近く……教会の隣とか言ってたな」

「貴重な情報ありがとうございます」

「あ、でも気をつけなよ。そっちは貧民街だから治安は最悪だ」

「はい、気をつけます」


 ローブの女は一礼して、うしろの男にパンの入った大きな袋を渡した。そして2人は一緒にその場から去っていった。


 ###


 パン屋の男の言った通り、2人が向かった先は貧民街だった。まだ昼間だというのに辺りは薄暗く、家畜の住むようなボロ小屋が立ち並んでいる。道の脇には虚ろな目をした人々がおり、部外者の2人をじっと見つめていた。貧民街の住民はそのほとんどが若者で構成されていた。


 ローブの女のそばで眼光を飛ばしている男のおかげか、貧民街の住民は彼女に手を出すことはなかった。けれど隙があれば襲いかかろうという気配は常にあった。


「ここが教会ですね。中に入って聞いてみましょうか」


 その声にそばを歩いている男はこくりと頷いた。


 教会もその敷地もここが貧民街とは思えないほどに綺麗にされていた。おそらくここで生きる彼らにとって教会は大事な場所なのだろう。


 2人が教会の中に入ろうとした時、すれ違いざまに1人の男が中から出てきた。ローブの女は思わず振り返って声をかけた。


「あのっ!」

「…………」


 男は無言で振り向いた。その男は2人が捜していた青年の特徴と酷似していた。


「あの、あなたにお聞きしたいことがあるのですが」

「……何の用だ?」


 男の声は無表情で冷え切っていた。


 ローブの女は男の顔がよく見える距離まで近づいてこう言った。


「単刀直入にお聞きします。あなたは勇者の一族の末裔ですか?」


 直後、周囲の空気が一瞬にして張り詰め、男の目はより冷たくなった。


「どうしてそれを知っている?」


「……やはりあなたがそうだったのですね」


 ローブの女は嬉しそうに目を見開いた。


「俺の質問に答えろ」

「あ、ごめんなさい。実はずっと前からあなたたちのことを捜していたのです。そしてついに見つけることができた」

「お前たちは何者だ……?」

「申し遅れました。私はエスカ・ロー・サンティーレ。アガスティア王国の第二王女です」


 ローブの女は被っていたフードを脱いで素顔を晒した。宝石にも似た深緑の瞳に気品を感じる整った顔立ち。艶やかな銀の長い髪が乱れるようにして現れた。


「――ッ!」


 アガスティアという言葉に反応し、男は突如としてエスカに鬼の形相で殴りかかろうとした。幸いその拳が当たる直前でそばにいたあの男が止めた。


「私の名はオルベール。エスカ様の護衛です。貴殿の名は?」


 眼光鋭い男は名乗った。彼はエスカの護衛だった。


「……センリ」

「センリ、ですか。響きの良い美しい名ですね」


 エスカは言いながらこれ以降何があっても絶対に手を出さないでとオルベールに目で訴えた。オルベールはそれを理解して一歩後ろに下がった。


「俺の名は父と母から譲り受けた高潔なもの。お前たちのような薄汚れた心の者に理解できるわけがない」

「そう、ですね……。ごめんなさい」


 エスカは悲しそうに目を伏せた。


「もう用は済んだだろ。じゃあな」

「あ! 待ってくださいっ! 私たちはあなたにお願いがあって」

「断る」


 センリは即座に言葉を返し、2人に背を向けて歩きだした。エスカは慌てて走りだすとセンリの前に先回りした。


「お願いいたします! どうかお話だけでも!」

「邪魔だな」


 センリは深々と頭を下げるエスカを手で押しのけた。しかしエスカは諦めずに何度も何度も先回りしては頭を深々と下げてお願いした。それでも結局無駄に終わり、センリは教会の隣にある小さな家に入ってしまった。


「やはりこうなりましたね……」

「そう落ち込むことはありません。根気強くいきましょう」


 エスカとオルベールはセンリの家の玄関前で次に彼が出てくる時を待つことにした。オルベールが持っている袋には大量のパンが入っている。しばらくは食料に困らないだろう。

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