第6話  「ファントムさんて何?」

戦闘が終わり『ブラジカ』の4人はただいま休憩中だ。 飲み食いしたり戦闘で受けた怪我を魔法で治したりしている。


ラットリングに噛まれたカリラーの脹脛ふくらはぎにブロッコが手を当てて呪文を唱える。


「...ポッペンヒュームトローリシュー。 ヒール!」


ブロッコの手から放出された白く柔らかい光が傷口を包むと、目に見えて傷が塞がってゆく。 治癒の呪文である。


「ありがとよブロッコ。助かったぜ」


「いいってことよ」


エリカも『ブラジカ』の隣で休憩中だ。 飲み物も食べ物も持って来なかった彼女は、『ブラジカ』の荷袋を漁って手に入れたオレンジで喉を潤している。 もちろん無断で頂いた。 コミュニケーションを取る術がないのだから必然的に無断になる。


(私は彼らを助けてあげたんだし。 これぐらいは許されるはず)


誰にも見えない存在に転生してからエリカの道徳観念はたるみっぱなし、今や他人のオレンジを勝手に食べるぐらい朝飯前である。 彼女のモラルが回復する日は果たしてやって来るのだろうか?



「それにしてもよ」とケールが言う。「今日の戦闘、何か妙じゃなかったか?」


「あ、それオレも思った」とキャベジ。「明らかにひとりでに死んでるラットリングがいたよな」


「やっぱりそうだった?」「見間違いじゃなかったんだな」


皆の反応を聞いてケールが再び口を開く。


「なあ、これってファントムさんじゃないのかな?」


「オレもそう思うよ」「オレもオレも」


「ファントムさんて何?」


エリカは声に出して問うたが、もちろん返事はもらえない。 彼女の声は誰にも聞こえないのだから。 ただ、彼らの会話から「ファントムさん」の見当は付いた。 モンスターがまるで目に見えないハンターに仕留められたかのように勝手に死んでいくことを言うのだろう。 「ファントム」は幽霊とかいう意味だったはずだ。


『ブラジカ』の面々は会話を続ける。


「ファントムさんって不思議だよな。 知ってるか? ファントムさんに殺られたモンスターにはちゃんと傷があるんだぜ?」


「ああ。 しかも傷のタイプは様々らしい。槍で刺された傷だったり、剣で切られた傷だったり。 鈍器で殴られたような傷だったこともあるそうだ」


「今回のは?」


「剣よ」とエリカ。


「剣だな。 刺し傷が多いが切り傷もある」


何の気なしに『ブラジカ』の会話を聞いていたエリカは大変なことに気付いた。 ファントムさんなる現象が以前にも起こっていたのなら、それはエリカのような存在が他にもいたということではないのか?


(私以外にも人嫌いを神様に咎められてこの世界に送り込まれた人が? 誰にも存在を知覚されず死ぬこともない、そんな人がいるというの?)


「それにしてもよ、今回は完全にファントムさんに救われたよな」


「オレたちもそろそろ突撃癖を直したいもんだよな」


「わかっちゃいるけどよう」


「全員が猪突猛進な性格って絶対にヤバイって」


「だよなー」



『ブラジカ』の面々は反省もそこそこに話題を変えた。 切り替えの速さは彼らの長所の1つである。


「さっきの戦闘でオレたちどれぐらい強くなったかな?」


「ラットリングを数匹倒したぐらいじゃ、ほとんど変わんねーだろうな」


「モンスターを倒すと強くなるのかしら? RPGみたいに?」


「ファントムさんが結構倒したしな」


「7匹倒したわ」


「あーあ、早いとこ強くなってラットリング退治を卒業したいもんだぜ」


エリカはけっこう会話に参加した気分になった。

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