第4話  「ファンタジー世界はこうでなくっちゃ」

エリカは足早にハンター・ギルドの建物を出ると、近くにあった武器屋に入った。 入ってすぐのところには傘立てのようなスタンドに何本もの剣や槍が立てかけられている。 陳列のされ方からして安物なのだろう。 店の奥にはビロードが敷き詰められたケースに高級そうな剣や槍が寝かせた状態で展示されている。 店の右手には鎧や兜などの防具も置かれていた。


入口付近に男性店員が立っていたが、エリカの入店に気づくはずもない。 エリカはまず武器を選ぶことにした。


目についた武器を片っ端から手にしてみるが、どれも重い。 持つだけならともかく、戦闘で何十回も振り回すには重すぎる。


「冒険者になるなんて短絡的すぎたかしら」


店内をぐるっと一周し、エリカは高級そうな武具が置かれたセクションへとやって来た。 代金の支払いが相当先になる ――ことによれば永遠に支払えないかもしれない―― ので高級武具に手を出すつもりはないのだが、いちおう見ておこうと思ったわけだ。


高級武具には粗製乱造品と違って、商品説明の書かれたパンフレットがケースに収められている。 手近な武具のパンフレットを開いて読んでみると、誰が作ったとか原料はなんだとかいう説明に続いて、武具にかけられている魔法の説明があった。 高級そうな武具は魔法の武具だったのだ。


「ファンタジー世界はこうでなくっちゃ」


エリカは当初の目的も忘れて、店内の高級武具のパンフレットを次々と読んでいった。


「この槍はミスリル製、ね。 なるほど聞きしに勝る美しさじゃない。 そして、ふむふむ『ミスリルは軽量でありながら鋼鉄よりも硬くて鋭い』」


エリカの言う「聞きし」とは前世のRPGやラノベに過ぎないのだが、目の前の槍がたいそう美しいのは事実だった。 まるで液体が固体化したかのように滑らかな表面が優美なフォルムを描き、見る角度によっては虹色の輝きを放つのである。


「この長剣には《先鋭化》の魔法か。 なになに『《先鋭化》とは武器の切れ味を増す魔法のことである』」


「こっちの長剣もミスリ...」


そのときである。 数名のハンターがドヤドヤと武具店の店内に入ってきた。


「おーっす親父さん、オレの長剣はまだ売れてねーだろうなあ?」


「ばーか、何がオマエの長剣だよ。 オマエが買うまではオマエのもんじゃねえよ。 早いとこカネを貯めちまいな」


ハンターのうちの一人が店員とそんな軽口を叩きながらエリカがいる方へとやって来る。 エリカは手にしていたパンフレットをケースに戻すと、彼にぶつからないように場所を移った。


そのハンターが陣取ったのはエリカがパンフレットを読みかけていた長剣の前だ。 ミスリル製の長剣をうっとりと眺めながら彼はつぶやく。


「お前を買うカネが貯まるまで売れてくれるなよ」


ハンターたちは店員としばらく雑談して店を出ていった。 お気に入りの長剣を鑑賞しに来ただけらしい。


その長剣もミスリル製で確かに美しいが、性能はどんなもんなんだろう? エリカは長剣の所へ戻りパンフレットを手に取った。


ペラペラとページをめくっていくエリカ。 製作者に興味はないし素材がミスリルであることもわかっている。 エリカが知りたいのは長剣にかかっている魔法だ。 目的のページに達し、文字に目を落とす。


「《先鋭化》の魔法に加えて《軽量化》の魔法? これって...」


《軽量化》はその名の通り物体の重量を軽減する魔法である。 この魔法がかけられた武具は重さが随分と緩和される。


「この長剣なら私でも振り回せる!?」


エリカはパンフレットをケースに戻し、代わりに長剣を手に持った。


「軽い! 驚きの軽さだよ」


軽いのも当然である。 ただでさえ鉄よりも軽いミスリルに《軽量化》の魔法がかかっているのだから。 ミスリルと《軽量化》の組み合わせは武器には軽すぎると敬遠するハンターもいる。


エリカが長剣の軽さに驚いていると、背後からも驚く声が聞こえてきた。 ただし驚く理由は異なる。


「なっ、長剣が消えた!?」


声の主は男性店員だ。 彼は足早にエリカの立つ場所へとやって来た。 エリカは長剣を手にしたまま、店員にぶつからないように後ずさる。


「どういうことだっ! さっきまであったのに目の前で消え失せた」


店員の大声が店内に響く。 エリカが長剣を手に取ったとき、店員はたまたま長剣を眺めていた。 そのため店員には長剣が目の前で消え失せたように見えたのである。


「馬鹿なっ! 何が起こったんだ? この店の最高級品なんだぞ、大損害だ! こんなことが許されるものか。 こんなことがあっていいのか」


大声でわめき続ける店員を尻目に、エリカは長剣を手にして武具店を後にした。 自分がハンターとしてやっていくにはこの軽い長剣しかないと考えたのだ。


「ごめんなさい! いつか、いつかきっと代金を支払いに来ます」

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