第4話

 ピロロン

 スマートフォンから音がなり、通知を確認して小夜子は溜息をついた。

「はぁ、またかよ。」

『おはようございます!今日はいい天気ですね。仕事行ってきます!』

 間に挟まる絵文字にウンザリしながら小夜子は返信のメールを打った。

『おはよう、私は今からお休みタイム!お仕事頑張って!いってらっしゃい!』

 ニコリと笑った絵文字を付けて送信すれば、親指を立てた絵文字が返ってきた。

 数日前に知人を介して知り合った男性だが、小夜子にはイマイチ乗り気になれないでいる相手だ。

 数ヵ月後に六十を迎えるという白髪混じりの男性は、積極的にメールを送ってくる。

 しかし生活リズムの違いもあり、頻繁なメールや通話はご遠慮願いたいと思いながらも袖にするには少し 惜しいと思ってしまう。

「さて、寝ますか!」

 煌々と朝日のさす窓に分厚い遮光カーテンを引いて小夜子はベッドに潜り込んだ。

 昼を過ぎて起き出すと直ぐにスマートフォンの通知を確認する。

 先程の男性からはお昼ご飯のご連絡、もう一人は仕事先を通じて知り合った四十代後半の男性で、デートのお誘いのようだ。

『此方の来週の定休日に先日お話していた生地の工場見学にいけそうですが如何でしょう。』

 此方には色良い返事でいいだろう。

『お昼からで大丈夫でしたら是非お願いします、定休日は...』

 そこまで打ってから名刺を漁る。

 ファイリングした名刺から男性の店舗の定休日を確認すると続きを打つ。

『定休日は火曜日でしたよね、空けておきますー!』

 そう返信して先の六十代前の男性にメールを返信する。

『お仕事お疲れ様!午後も頑張って!』

 そう返して溜息を吐きながらSNSを開く。

『おはよう!今日は臨時で助っ人の仕事だよー!頑張るよ!』

 そう書いてザッと他の投稿を遡る。

「あ、今日はマユちゃんデートかな?ってそのコーディネートはないだろう。...っといってらっしゃい!健闘を祈る!っとこれでいいかな。」

「わぁお、これはかわいいな!」

 時間を暫く遡り、一頻り反応を返してからベッドを出た。

 起きて直ぐに動き出すとどうにも立ちくらみを起こすのでSNSのチェックは丁度いい。

 顔を洗ってトーストを焼き白い皿に盛る。

 前日に用意したサラダを添えてキッチンに置いたまま写真を撮って食卓へ持っていくとトーストを頬張りながらSNSにその写真を投稿した。

『あっさごはーん!さよさんの始動は昼からなので朝ご飯は皆のお昼ご飯だよ。』

 作者として言い訳するが、小夜子が何を言っているのか作者もよくわからない。

 そうして軽い食事の後、レンジで温めたホットミルクを呑んで小夜子は動きやすいジーパンとお気に入りのニットを着てメイクを済ませて家を出た。

 お手伝いの仕事は両親の知り合いである農家の収穫した作物の仕分けられた物を規定の箱に詰める作業だ。

 毎年数回はこの手伝いに借り出される。

 少額のバイト料に加えて出る商品にならない野菜をいつも分けてくれるのだが、新鮮な野菜だけに形が多少悪くてもこれは嬉しい。

 張り切ってひと仕事終えるとすっかり夕陽に染まっていた。

「小夜ちゃんお疲れ様。」

 そう言って出されたお茶を軍手を外して受け取ってニコリと笑う。

「いただきますー!はぁお茶が美味しい!」

 そんな小夜子の前に置かれたプラスチックのケースに腰を下ろした両親の知人である夫人が小夜子をジィッと見つめた。

「小夜ちゃんまだ結婚しないの?」

 始まった。小夜子は内心で苦虫をかみ潰す。

「まだそんな気にはならないんですよー。」

「そう?もういい年頃だしうちの息子もね、離婚してから良い相手居ないみたいで...小夜ちゃんちょっと考えてみない?」

「いや、ちょっと...」

 ない。その言葉を苦笑いで飲み込む。

 小夜子は逃げ道を探そうとするも目の前の夫人の迫力に気圧されてしまう。

「うちだと同居になるけど...ほら最近よく聞く敷地内同居?ああいうのも出来るし。」

 確かに夫人の息子は優良物件なのだが、先の離婚した嫁も小夜子はよく知ってした。

 手伝いに借り出され始めた頃に何度か顔を合わせている。

 姑である夫人はことある事に嫁にはキツく当たっていた。

 息子はまだ四十代前半、仕事は家業を継がず地方銀行に務めているため結婚すれば息子よりこの夫人との時間が増える。

 小夜子としても何度かその熱いコールに考えはしたが首を縦に振る気には矢張りなれないのだ。

 作者としてはこの会話の中に息子の意思が全くないことの方が気になるのだが、小夜子はきっとそこについては疑っていないのだろう。

 小夜子は曖昧に言葉を濁してお茶を飲み干すと帰宅の準備を始めた。

 渡された茶封筒の中身を確認し礼を言うと新聞紙に包まれた野菜を幾らか貰い、愛車に引き上げた。

 ようやく帰宅すると流石に汗を流したく早々に風呂を入れる。

 その間に頂いた野菜の写真だけ撮って、メイクを落とすうちに風呂が沸いたのを確認してそそくさと風呂に向かう。

 コリ・腰痛に効くと煽り文句の入った入浴剤を入れて深い息を吐いた。

「お腹すいたなぁ。」

 夕飯は昨日の残りでいいだろう。

 たくさん買った玉ねぎと豚肉を炒めればボリュームはありそうだ。

 小夜子は風呂から上がると手早く夕飯を作り写真を撮る。

 昨夜の残り物のサツマイモの味噌汁、沢庵と玉ねぎ多めの生姜焼き風の炒め物。

『帰宅してひと息ついたから夜ごはん!お腹すいたよう』

 泣き笑いした絵文字を付け写真を添えてSNSに投稿する。

 メールは二件。

『ただいま!小夜さんは今から夕飯かな?』

 やたらと絵文字の多いそれは六十代前の彼からだ。

『今夕飯です!お仕事お疲れ様ー。』

 そう返してもう一つを開く。

『了解です。時間は追って連絡します。』

 此方の方はデートの約束だ。

 作者的には業務メールに思うのだが、小夜子がデートと言っているのでデートなのだろう。

『楽しみにしてます!』

 そう返して先に撮った野菜の写真をSNSに上げる。

『今日の収穫!新鮮なお野菜だよー』

 幾らかの反応に細く笑んで小夜子はテーブルを片した。

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