46 武器を研ぐということ


「貴方は鍛冶屋の息子としてそれなりの魔力をお持ちのようですが、霊石を持って早く水神様の元へは向かわなかったのですか? 集落の病程度の治癒ならば、蒼き霊石が一つあれば事足りると思うのですが」

 話が脇道に逸れてしまったのを気にしてか、サクがやや強引にそう話題を戻した。願いの規模によって霊石の必要数が変わるということは初耳だったので、リチャードは「そうなのか?」とガリアノに問い掛ける。彼からは「遥か昔『リーギルを癒す』為に捧げられた霊石は、三つだと聞いている」とだけ返ってきた。

 太陽を癒すだなんてなんとも壮大な話だ。その呼び名を聞くだけでも神話の中のような話だが、きっとそれすらもこの世界では真実なのだろう。元の世界では世のほとんどを科学的に説明することが出来たが、この世界ではその『根拠』は魔力以外に有り得ない。現実的には難しいのだろうが、魔力と科学が手を組めば、もう何も敵わないのではないだろうか。

――俺達に魔力がないのは、もしかしたらそういう“理由”なのかもしれないな。

 『帰る場所がある』から、自分達の身にはこの世界に当たり前にある魔力が備わっていないのかもしれない。転生してきたロロジは、その言葉通り、帰る世界がもうないのだ。だが、リチャード達は違う。元の世界ではおそらく死んでもいないはずだ。元の世界の曖昧な記憶でも、トラックや事故といった悲惨な光景には覚えがなかった。

 サクの問い掛けにロロジは薄く笑った。嘲笑するようなその顔は――自分自身を嘲笑っていた。

「鍛冶屋はこの世界でも魔法の扱いが上手いジョブだと聞いて、俺だって意気揚々と戦いに出たさ。集落からだって自信満々に一人で旅立った。最初のフィールドの雑魚モンスターなんて、楽勝で経験値稼ぎって思ってたのに! なんであんなに強いんだよ!? 『シャイニングソード』が当たらないじゃないか!!」

「し、しゃいに……?」

「ガリアノ……多分、自分の魔法に『攻撃名』をつけてるんだ。聞き流してやってくれ。聞いてるこっちが恥ずかしいぜ」

「……野生モンスターも命を懸けて向かってきているのですから、苦戦するのは当然でしょう。集落では鍛錬等は行っていなかったのですか?」

 レイルの指摘に開いた口が塞がらないといった表情をしているガリアノに苦笑しつつ、サクがロロジに更に問い掛ける。さすがのサクも、少しばかり混乱しているのがその瞳から察することが出来る。彼を困惑させるなんて、なかなか一般人には出来ることではないだろうに。

 サクの問いに、ロロジは「えっ」と驚いた顔をした。そして彼から続けられた言葉に、今度はリチャード達が驚くことになる。

「俺は転生者だぞ? 強くてニューゲームなんだぞ!? 生まれた時から強いに決まってるだろ!?」

「あー……その『強くてニューゲーム』って言葉はわかるぜ。確かクリアしたゲームをまた最初から始める時に選べたやつだ。だけどよ、その原理でいくなら……」

 ロロジの言葉にレイルの顔がにやつく。悪い笑みに歪んだ彼女の迫力は、ロロジを怯えさせるには充分で。彼女はその表情のまま、彼の心に遠慮のない言葉を突き刺す。

「転生前のお前は、強くないといけないよな?」

 そう言って笑い飛ばした彼女に向かって、ロロジは光輝くその手を向けた。

 彼女は正しい。男性的なまでに真っ直ぐな正論は、ロロジに言葉での反論を早々に諦めさせた。そもそも彼には、反論することが出来るのかも怪しい。

 言葉による解決が不可能になった時、人間が最後に頼るのは暴力である。それはどんな世界でも、どんな時代でも変わらない。それが人間の――生き物の性である。愛の形はそれぞれでも、暴力の形は変わらないのだ。

「うるさい! 社会にも出たことのないガキが!! 残業やってる奴程偉いのかよ!? 資格持ってる同僚はそんなに偉いのか!? ふざけんな! 俺の方がっ俺の方がっ!!」

 ロロジの叫びに呼応するように、その蒼の輝きが巨大なボール状に膨れ上がる。強大な魔力の圧力が、周りの空気を軋ませる。魔力の波長というものを肌で感じて、リチャードは生唾を飲み込む。この玉からそのまま魔力がこちらに向かって放たれたら……?

「どこの世界にいたとしても、人間は努力をしなけりゃいけねえんだよ。最初から全てを持ってる人間は、確かにいるのかもしれねえけど、最初から“強さ”を持ってる人間はいねえんだ」

 レイルが酷く寂しげにそう言った。何かを悟っているようなその声に、ロロジが過剰に反応する。心を穿つその言葉は、きっと彼には耐え兼ねるのだろう。おそらく努力というものを全くしていないであろうその手には、蒼の輝きこそあれど、苦労の痕は皆無だ。

「俺はこの世界に選ばれたんだよ!! 俺がこの世界の主人公だっ!!」

 ロロジがそう叫び、ついにその手から蒼の光が光線となってリチャード達に襲い掛かる。

 リチャードの前に立つガリアノも、その大きな手に――朱の輝きを握る。

 その口が微かに震えるように動き、ガリアノの手が迫りくる蒼き光に翳される。その手から朱の光が放たれると、蒼の光の中心を捉え、そのまま二色の輝きは拮抗するようにぶつかり合う。光の幅はガリアノの朱の方が細いのに、それでもしっかりと抑え込んでいる。

「なっ……なっ……?」

 おそらく必殺のつもりだったのだろう。脂汗を浮かべながらロロジは更に魔力の放出を強める。蒼の輝きの太さが増して、それと共に揺らめきが目立った。

「人はいつか、守られる側から守る側にならねばならん。命を奪う戦場がなくとも、己と大切な者を守る“武器”を“研ぐ”。それをお前さんのドウリョウとやらはしとったんだろう。ザンギョウとやらも、シカクとやらも……努力の形なんだろう?」

 そう言ったガリアノの声は、リチャードの初めて聞く声音だった。心がぎゅっと絞られるような、深い情が滲むような声だ。光がそう憐れむ隣で、影も同じく憐れんでいた。

「たとえ胡散臭い転生だとしても、その身は間違いなくゼートの鍛冶屋のものです。せっかくもらったその身をどうか、無駄にはしてもらいたくなかった……」

 自分達にはいくら望んでも得られない幸せです、と続けられたその言葉に、リチャードはロロジに対しての同情は捨てることにした。

 そうだ。彼は、手に入れようと思えば手に入れる機会はいつでもあったのだ。元の世界でも、この世界でも。自分の理想のために努力をすれば、いくらでも手に入る可能性はあったのだ。でも、しなかった。だから、“全て”を亡くしてしまった。

 蒼と朱の輝きが増していく。勢いを増すばかりの霊石同士のぶつかり合いに、周りの空気すらも白く染められていくようだ。

 霧とは違う。しかし、その白は、まるで術者の願いを聞き入れたかのように、白の願望を映し出す。

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