22 珍味


 一通りの訓練を終えて、少し遅めの昼食をとることになった。

 暖かな日差しの下、先程街で買った干し肉達が均等に並べられている。包まれていた大きな葉っぱをまるで皿のようにして、地面にごろりと転がされているのだ。先程強烈に感じたあの匂いはなくなっている。外気に晒すことで、まさかここまで変わるとは思わなかった。

 それらの隣に四人は座り、ガリアノが荷物の中から干し肉とはまた違う包みを取り出す。それからはなんとも香ばしい香りが漂っていた。

「先程の店でな、昼飯にでもどうぞとオマケしてもらえた。干し肉と同じ“グラン”って魚の頭でな。こいつが美味いのなんのって……」

「おいおい待ってくれ。あの干し肉、魚の肉なのか? 私はてっきり牛か何かだと思ったぜ」

 嬉々として包みに手をかけようとするガリアノに、レイルが面食らう。リチャードだってそうだ。脳裏に強烈に働きかけるあの匂いに鮮明な赤みは、まさしく獣のそれであった。

「この世界での主な食糧は、川魚が主体ですからね。頂きの街の背に聳える“霊峰ラービタ”から流れ出る水源が、自分達の命を紡ぐ恵みの源です。グランはその川に広く分布する巨大な魚の名前です。ちなみに頭は珍味の類になるので、好みは別れるかと」

「昨日も言ってたな、その頂きの街っての。山の上の街って感じか?」

 レイルの察しの良さは今日も全開だ。サクが頷くのを見て、リチャードは感心することしか出来ない。彼女の順応力は見習うべきだろう。

「この大地は霊峰を中心になだらかな勾配になっています。川は数多の支流に分かれながら、その全てが果て無き水――つまり海に出ていくのです。命を紡ぐ恵みの中心は、それ即ち世界の中心です」

「つまり、この世界で一番栄えている街ってわけだ? 頂きの街って名前は伊達じゃないってか」

 頂きの街をあらゆる意味での頂点として捉えたところで、ガリアノから手渡されたそれに目を落した。

 それは一見、カニ味噌のような見た目だった。砕かれた骨の破片の上に、柔らかそうな見た目の粒々が乗っている。少し甘い匂いがするのは、何か調味料がかかっているのかもしれない。

 見た目はあれだが、その匂いにつられるようにして口に運ぶ。スプーン等はないので、骨の部分を皿がわりにして啜るしかない。ずるりと口の中に流れ込んだそれは、見た目通りのプチプチした食感と、予想外の旨味をもたらした。

 加熱されていたようで、ほんのりと暖かい旨味を味わい、ごくりと飲み干す。不思議なもので食べ応えもあった。

「美味いなこれ!」

「そうかいそうかい! お前さんもこれが合うかい!」

 食の好みが合うことが余程嬉しいのだろう。ガリアノは嬉しそうにガハハと笑う。その隣でサクが困ったような顔をした。彼の視線の先には不機嫌そうなレイルの姿がある。

「うっげ、本当に珍味って味だな。食べられないことはないけどよ……」

「自分も得意な味ではないので、無理なさらなくて良いですよ」

 あからさまな顔をしているレイルに、サクがそうフォローしている。どうやらこの二人には合わない味らしい。確かに先程のサクの説明からも、それらしい雰囲気は伝わってきていた。

「お嬢さんには合わない味だったか……それにしても、サクも苦手だったとはな」

「自分は、食べられるものなら問題はありませんので」

「その言い方は……今までどうだったのか気になるぞ……」

 なんでもないことのようにキッパリと言いきったサクに、ガリアノが頭を抱えた。それに危うく噴き出しそうになりながら、残りを啜る。

 レイルもなんだかんだ言いながら、渡されたものはきちんと口に運んでいる。彼女もせっかく用意してもらった食事を、無駄にするつもりはないようだ。潔いと言うべきか。

 暖かい食べ物が胃に収まると、訓練の疲れからか少し眠気が出てきてしまった。小さく欠伸が出る。

「おいおいこれからあの森の近くまで歩くんだぞ。しっかりせんか」

 ガハハと笑いながらガリアノに背中をバシバシと叩かれる。食べたものまで出てしまいそうなその衝撃にむせながら、小さく謝った。

 そのリチャードの姿に、ガリアノは更に大きく笑い、目線は彼方の森を見据える。この広大な平原の彼方に見える森林地帯。今は少し外れているが、街道もその森に向かって伸びている。

「お前さん達は初めての旅だからな。見るもの聞くもの全てが貴重な“初めての冒険”だ。せっかくの鮮やかな体験が、眠気眼じゃ勿体ないぞ。どうか楽しくやってくれ」

 力強いその体躯がすっくと立ち上がる。上空からの日差しに照らされたその姿には、思わず妄信してしまいそうになる程だ。サクの終始変わらないあの態度も、あながち間違いではないのかもしれない。それ程までのカリスマ性が彼にはある。

「貴方達の旅の安全は、自分達が保証します。どうかその眼に、その心に……しっかりと刻み付けてください」

 尊敬してやまない大きな存在に追従するように、彼の“影”も立ち上がった。

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