《同日午後五字。ディアナ南区ゲームセンター。ダグレス》
ゲームセンターの二階には、広い吹きぬけに四機の対戦台が置かれていた。
ダグレスが階段をあがったとき、二組みの客がゲームをしていた。いずれも学校帰りの少年のようだ。カードギャンブラーの匂いはしない。
「どう? 見事なもんでしょ? うちは南のなかじゃ最大手だからね。四台、ホログラフィックス持ってるの、うちだけじゃないかなぁ。あれって機械は小さいけど、対戦するとけっこう場所とるでしょ? ギリ幅で空間設定すると、となりのホログラフィーがダブっちゃって、見栄え悪いしね。うちはダブりを抑えるためと、三百六十度からグラフィックが楽しめるように、吹きぬけに十字の橋渡して映像保護スクリーン張ってるんだ。ゲーセンでここまで設備投資してんの、ほかじゃないと思うよ。公式戦に負けてないでしょ」
ゲームセンターの店長は最初、ダグレスが刑事の身分証を見せたときにはイヤそうな顔をしていたくせに、いざ話し始めると、オシャベリが止まらない。話し好きなようだ。それに、ダグレスが殺人事件の捜査中だと明かしていないので、不正ゲームの検挙に来たと勘違いしているせいもある。自店の合法性をしきりに訴えている。
「うちは賭けゲームができないように、対戦台にカメラつけてるんですよ。もちろん、トレード機なんか置いてないしね。わかる? おたがいのカードのデータをネットで交換する機械。あれ置いちゃうと、ネット対戦で賭けゲームできちゃうからねぇ。あれに関してはトラブルも多いしさ」
すでにこの店で本日の聞きこみ三軒め。言われなくても、トレード機のことは知っていた。
「ネット対戦対応機とトレード機をそなえつけているゲームセンターからなら、ネット上の誰とでも対戦し、カードを交換することができるんですよね? その場合、相手は別のシティーにあるゲームセンターからでも、家庭用映写機からでも対戦可能だ」
「そうそう。ほら、ここが防犯カメラね。撮られてるってわかんないでしょ? で、刑事さんが見たいのは、デッキの記録だっけ?」
「ええ」
対戦台のまわりに不正がないことを、ダグレスに確認させておいてから、店長は次に地下の管理室へ案内する。
「対戦前に読みとり機で双方が、デッキを丸ごと読みとるんよ。対戦中にデッキになかったカードを手札にまぜこませて、イカサマできないようにするわけ。そのときのデータは管理室のコンピューターに記録されるんだよね」
にぎやかな音楽のかかった店内から一歩地下へ入ると、ブラックホールのなかに吸いこまれたように静まりかえっていた。
せまい管理室には店内の防犯カメラの映像がモニターに映り、大型コンピューターや金庫などが置かれている。金庫のなかには店の売り上げや、プリペイドカードなどが入っているという。
「刑事さん、写真持ってたよね。さっき見せてくれたやつ。ちょっと貸してよ。防犯カメラの記録と照らしあわせるから」
昨夜の被害者二人の写真を渡す。コンピューターがそれをチェックしているあいだ、ダグレスは店長にたずねた。
「トレード機なんだが、データを交換する前に、相手のカードをチェックすることはできるんですよね?」
「もちろんですよ。じゃないと違うカードが送られてきたら、それこそ詐欺でしょ。交換は一度に一枚ずつ。両者のカードの品番と、プリント時の扉絵がモニターに表示されて、両者が交換承諾のスイッチを押したら、データが転送されるんです。画面チェックの段階でイヤだなと思ったら、とりやめにできるしね」
「だが、それなら、賭けゲームで負けた相手がトレードに応じなければ、交換は成立しませんね?」
それは重要なポイントだ。
もしも殺された最初の六人の少年が人違いだったなら、バタフライは自分のカードを奪った相手の顔を知らなかったことになる。ネット対戦上なら、その点の矛盾を打破できる。だが、カードを交換する手段がないのでは、この推測も机上の空論になってしまう。天使の意味するのは、罪なき者ではなかったということか……。
ところが、
「いや、できますよ。もちろん、違法だけどね。まだ賭けゲームが禁止されてなかったころ、負けた側の出ししぶりを防ぐ目的で、交換条件を設定できるトレード機があったんだ。対戦前にトレードするカードをおたがい設定しといて、じっさいに交換するのは対戦後にするとかね。自分が負けたとき用と勝ったとき用の二種類のカードを登録しとくと、勝ったときにはゴミカードで相手のカードを貰えるよね。なんならブランクカードにしとけば、実質は自分の損はなく、相手からカードを貰うことになる」
「なるほど。賭けゲーム専用のトレード機か。それが今でも使用されている店はあるだろうか?」
「あると思うよ。昼間はふつうのトレード機出しといて、夜にだけそっちのに置きかえてね。そのほうが客付きがいいだろうね。今でも賭けゲームは人気だから——って、うちじゃないよ? うちは法律にはふれてないから!」
店長のおしゃべりには閉口だが、情報はありがたい。その機械を使えば、バタフライをネット上で賭けゲームにひきこむことができたはずだ。
(やはり、バタフライはカードコレクターである線が濃厚か)
蝶を集める趣味があるというだけで、ラリック医師を疑うわけにはいかない。彼ならリラ荘の住人であるから、不審に思われずに自由に建物内へ青薔薇を持ちこむことはできる。が、それだけでは……。
考えていると、ダグレスの携帯に電話が入った。
ダグレスは店長の耳に入ることを案じ、階段のところまで出ていった。電話はビルからだ。
「ダグレス。引っ越し祝いの花束を持ちこんだのが誰だかわかった」
「なんだって?」
「防犯カメラにバッチリ写ってたよ。目立つ青い花束かかえてるヤツが」
「それは素晴らしい。誰だった? 我々の知っている人物か?」
ダグレスは期待したものの、すぐに落胆するハメになる。
「花屋のロゴ入り帽かぶってる。問いあわせたら、メールの注文受けて届けたってさ。支払いはプリペイドカードで。この線では人物の特定はムリだな」
ダグレスは嘆息した。しかし、バタフライなら、それくらいの用心はしていて当然だ。
「そうか……」
「注文のメールはオンラインカフェのパソコンからだ。防犯カメラのついてない店」
そこで花束の線は切れてしまう。バタフライは慎重で用心深い男のようだ。
「わかった。こっちはもう少し調べてみる。いとぐちがつかめるかもしれない」
「ほんとか? 期待してるぜ」と言ったあと、ビルの声は沈んだ。
「ところで、一つ悪い知らせだ。ユーベルくんが行方不明になった。自分から消えたんだ。あの坊や、死にたいのかね? それで今、警官とハワードが探してる。おれもこのあと合流するんだ」
ユーベルが行方不明。
ほんとに何を考えているのだろうか。
ダグレスは電話を切って、管理室に戻った。
ユーベルが姿をくらましているのなら、ダグレスの透視能力が役に立つはずだ。早く、こっちの調査を切りあげたい。
「検索にずいぶん時間がかかりますね。二人はこの店の常連ではなかったのでは?」
「そうかもね——あっ、刑事さん。出た、出た。これだろ?」
コンピューターのはじきだした日付は二ヶ月以上前。店内入口のカメラには全身像が、対戦台のカメラに顔の正面アップが映っていた。
まちがいなく、昨夜の二人だ。彼らはこのときには賭博ではなく、純粋に二人でゲームを楽しむために来ていたようだ。
「彼らのデッキは?」
店長は録画の日付と対戦時間から、彼らのデッキを割りだした。
「はいよ。これね。ちなみにうちのコンピューターに残るのは品番だけで、カード内のデータまでは残らないよ。どんなカードか知りたかったら、ホログラフィックス社に聞くなりしてみてよ」
ダグレスは品番の写しを受けとり、ゲームセンターをあとにした。
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