5、
ひ、と喉の奥が引きつるような悲鳴を出してローディアはその場で固まる。
私は扉の向こうに行こうとした足を戻して、彼女の前に歩み寄る。
「怖くて悲しかった?だから?」
それがどうしたというのだ。
「とても素晴らしい事じゃない」
「な、何を……」
「ねえ光の聖女様。闇の聖女をご存知?」
「え?」
突然の話題に、何を言われてるのか分からず、ローディアは妙な顔をする。
ローディア──光の聖女は金の髪を揺らし。
リアナ──闇の聖女である私は肩にかかった黒髪を払いのけた。
「闇の聖女?まさか──」
「そう、そのまさか」
「貴女が?」
「ええ、私が」
ニッコリと笑む私を目にし、ローディアの顔色は紙のように白くなった。
光と闇。光あれば闇が必ず存在する。
けれど闇が支配する場所に光が存在しない事はよくある事。
光の聖女は、それ単体で存在する場合は尊い存在として崇め奉られる。
だが、闇の聖女が在する時は。
その存在は闇を脅かすものとして、しばしば排除の対象となってきた。
光こそが重要?そんなもの、平和な「人間の世界」だけに必要なものよ。
この魔が支配する世界では……闇が支配する世界には、不要な存在なのである。
我ら「魔族」にとっては光よりも闇こそが重要なのだから。
「光の聖女としての力が覚醒する前にと、学園を出ていくよう仕向けてあげてましたのに」
「そ、そんな……貴女が……闇の聖女様?」
「私のそばに居れば、影響されて光の力は覚醒されるから。そうなってしまえば私にも貴女を助けてあげれない。なのに貴女という人は、出て行かないどころか王太子を誑かし。数多の男と関係までもって……」
そう、多少脚色されてはいるけれど。私がローディアに嫌がらせをしたのは、本当の事だ。だが全ては彼女のためだったのに。多少手荒ではあったけれど、魔族に清い方法を求められても困る。
そしてローディアもまた、それを逆手に私から王太子を奪おうとしたのだから。他にも味方をつけようと、多数の男性と肉体関係を持ってることも知っている。
互いに魔族らしい、可愛らしい行動なのだ。
ズルリと私の背中から黒い翼が生える。魔族とは言っても見目はほぼ人間と変わらない。
ただ、聖女だけは違う。
私の背に生えたそれは、紛れもない闇の聖女の証。
「ひい!」
私の話が真実と理解したローディアがその場に尻もちをついた。これから起こるそれに恐れてか。
「最後のチャンスとして、私は黙って出ていくつもりだったのにねえ。私を怒らせるようなこと言うから」
闇の聖女たる私に、謝れだなんて。
なんて不遜な。
「な、何を……」
「怖くて悲しかったって言ったわよね?だから?」
魔族にとって、それこそが贄となる。どれほどの馳走でも味わえない、美味なもの。それは負の感情。
それを満たすために魔族は人間界に行っては混乱を起こすのだ。
ただ、普通の魔族では人間界の小悪党レベルでしか動けない。
戦争、それも大きければ大きい程、魔族の糧となるそれを引き起こせるのは──闇の聖女だけだ。
恐怖、悲哀、それらなくして生きていけない魔族は、それを手に入れられる闇の聖女を重んじる。癒しの力をもつ光の聖女など、闇の聖女の前ではただの邪魔者でしかない。
だから。
だから、闇の聖女と光の聖女が同時に存在する時は。
その時光の聖女は。
「ああ、美味しいわ。その絶望。なんて美味しいの」
「ひ……ひい!」
ただ、贄となるのみ。
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