第48話 拙者、長安

「歩くのか?」

りつが訝しげに、子供天狗の袖口をつまんで言う。

「何だぁ、歩けんのかぁ?」

鬼丸がりつに助け舟を出すと、りつはここぞとばかりに甘えてくる。

「そうじゃ、我は歩けん。のう鬼丸?お主の肩に乗せてくれんか」

子供天狗の横から小走りで鬼丸の元に駆け寄る。

「いいぞぉ」

鬼丸は快諾し、しゃがんでりつを右肩に乗せた。りつは最初こそ鬼丸にしがみついて落ちない様に気をつけていたが、慣れると両手を広げて人の世の風を深く吸い込み堪能していた。

「良い眺めじゃぁ」

鬼丸の肩は、木と同じくらいに高い。りつは歩くという苦痛からも逃れ嬉しそうにしている。


三人が歩いているのは、鬼丸が岩山を崩していた山の近くである。

隣の里へ行くにも、届ける巻物を無くしたままなのでまずはそれを見つけなければならない。

巻物ほ居場所を教えてくれないかと天人の男を頼っては見たが、すでに願い事は聞いたと言って取り合ってくれず、代わりにりつが探し出すと申し出てくれたのだが。

神通力を落とした天人であるりつにとって、人の失くし物を探し見つけるというのは少し荷が重かった。

「この辺りじゃとおもうのじゃが…」

などという、ざっくりとしたもので、その範囲は一山になった。

しかし子供天狗としては、山をも越えたかなり遠くに行ってしまったのかもしれないと考えていたので、これを聞いて安心したのだった。


三人はしらみつぶしに歩きまわり探すが見つからない。一山という範囲に限られているにしろ、なかなか終わりが見えない事にりつは気持ちが切れてしまったようである。


鬼丸の肩からあたりを見まわしてはいるが、見ているだけでその目はどこか遠くを見ている。


「鬼丸、止まってくれるか」


そんな遠くを見ていたりつが、何かに気づいたらしく、鬼丸を止める。


「どしたぁ?」


「人間が仰山おるぞ」


鬼丸の問いに、りつは身を乗り出して答える。


「何してるんだ?」

子供天狗も天狗の目で遠くの人間達を見つけた。

村人の様な格好をした男どもが数人、下を見ながら探し物でもするかのように歩いている。


「あの人間達も探し物をしているようじゃ」

りつが一番はっきり見えるらしい。高い位置から見ているという事ではなく、神通力にて見ているのだ。力を落としてもそこはやはり天人ということだ。


「とにかく見つからんようにせんと」

りつは鬼丸にしゃがむ様に仕草をした。

鬼丸は少ししてから意味がわかったらしく、りつを肩に乗せたまましゃがみ込む。


「俺はこの辺りを探してくる」

子供天狗は当然の様に巻物を探しに行こうとしたのだが、りつに慌てて止められてしまった。

「そうか、気をつけてな…って待つのじゃ!」

「何だ?」

「何だでは無い、お主、あの人間達に見つかればどうなる?」

「どうって?」

「お前の様な珍妙な色をした童など、捕まって売られてしまうに決まっているでは無いかっ」

りつは大声にならない様に声を抑えて話しているが、子供天狗は気にせず声を出している。


「売られるのかぁ?」

鬼丸が心配そうに反応する。

「そうじゃ、人間は欲深いからな」


りつは天界で知った人間に関する知識を元に述べたのだが、悲しい事に、確かに人攫いというものが存在している。


「そんなもん、蹴散らせばいい」

子供天狗は軽く言ってやったのだが、今度は鬼丸が止めにかかった。

「待つんだぁ、いぶき。人間を天狗の団扇で飛ばしちまったらいけねぇ。人間は弱いからな、大怪我しちまう」

鬼丸は真剣である。

「じゃぁ、この辺りは後回しにするか」

別の方向に行こうとした子供天狗を、りつが再び制止する。

「待て待て、無闇に動けば熊か鬼かと思われるぞ、しばらくじっとしておるのじゃ」


鬼丸と子供天狗は顔をあわせる。

「おとなしく座っとけぇ」

鬼丸が静かにいうものだから、子供天狗は言う事を聞いた。


「りつは人間の事に詳しいな」

子供天狗がつぶやく。

りつはその言葉を受けて少し気まずそうにしたのだが、鬼丸も子供天狗も気に留めなかった。


「まぁな!天界で学んだ事じゃ!それよりもう声を出すで無い…人間達がああやって集まって探しものをする時は、特別に耳や目がいい者を必ずと言っていいほど連れておる」


天界で学んだだけの知識とは信じがたい細かな事を言うのだが、鬼丸も子供天狗も気づかない。


「俺も目も耳もいいぞ」

子供天狗が謎の自慢をした所で、人間達が騒ぎ出して、物音が近づいてくる。


りつは鬼丸にできる限り小さくなる様に仕草し、自身は肩から降りて鬼丸の影に隠れた。


子供天狗は人間達が近づいてくるので、念の為団扇に手をかけ、いつでも取り出せる様にした。


「こっちだ、何か動いた!」

「二手に分かれるか」

「いや、手負いと言えどあの長安ながやすだ、やられぬ様皆でいくぞ!」


人間達の声が聞こえてくる。


手負い?長安?やられる??


全く意味がわからないが、今はおとなしくしているしかない。


「こっちだ!」


人間達がすぐそこまで来ている。


手に汗をかく。

団扇をすぐ扇げるように位置を確認する。


しかしすぐそこまで来た足音は、そのまま通り過ぎて遠くへ行ってしまった。


人間達の話す声も当然遠のいて行った。


「行ったかぁ…?」

鬼丸は丸まり過ぎて全く視界がなくなってしまい、気配だけで様子を伺っていた。

「行ったようじゃな…」

りつは神通力の目で見て確認する。

「何だ、"ながやす"って」

子供天狗がつぶやく。

「拙者のぉ…事かな…っ」

誰かが背後で喋る。


三人はすぐに理解できず、間を置いた。

明らかに知らない声と気配をあらためて感じ、慌てて振り向くと、そこにはひどい怪我をした武士風の男が座り込んでいるのだった。


「なん、誰だ!」

子供天狗が慌てて声を上げる。


「拙者は…長安と申す」

律儀にも答えたこの男は、武士ながら主を無くし、各地を放浪している浪人であった。

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