第36話 琵琶女が奏でた、べべん

町に鬼が入った。


琵琶女は狂った音を奏でるのをやめ、集中した。

町の入り口が見える訳では無いが、この町の事なら何でもわかる。

入って来たのは、あの卑しい男が言っていた鬼だろう。


「面白くなるなぁ」

か細く甲高い声で呟く。

物陰に隠れていた餓鬼が心配そうに近づいて来たので一睨みして遠ざけた。


琵琶女は、いつも同じ場所で琵琶を弾いている。

理由はあったかなかったか、とにかく琵琶女になった時から、朝も昼も夜もそこで奏でていた。


琵琶女はもうすぐそこまで来ている楽しみを思い浮かべる。


鬼がここへ来て、逃げ惑う人間を見て、悲しむ。そしたら慰めてやって、人間になりたいと言う話を聞いてやる。でもそれは出来ないのだと教えてやる。お前は鬼だから、とな。

そしてこの琵琶で人間の愚かさを教えてやるのだ。

人間は争い、憎しみ合い、殺し合う。

皆我が身が一番で、他者がどうなっても構わない。


人間を一言で表すなら、"外道"。



そうしていると鬼が一体歩いてくるのが見えた。

琵琶女は通りの真ん中へ動いて、鬼を見た。


鬼は琵琶女が縦に二つくっつけても足りないほど大きかった。

「大きいのぅ」

鬼は頭を抱えたおかしな格好で歩いてくる。

腰にはあの卑しい男がしがみついており、何か叫んでいるので頭を抱えているのだろう。卑しい男のなんと無様な姿であるのか、みいるほどに笑いが込み上げてきた。


卑しい男はこちらに気付いて、声をあげて逃げて行く。いい加減姿を見るのも嫌なのだが、今はそれより鬼だ。


鬼は足を止めて目の前に立っている。


「鬼、お前人間になりたいのか?」

媚びを売るような甘い声。

鬼はただこちらを向いている。


「聞こえておるか?人間になりたいのだろう?」

もう一度聞くが鬼は頭を抱えたまま、反応しない。


琵琶女は苛ついた。

「鬼、いくら鬼でも返事くらいはできるじゃろう?はよう返事をせい」


ほんの少し待ってみるが鬼は口を開かない。

琵琶女の顔はあっという間に怒りに変わり、すかさず琵琶を構えた。


撥を取り出して、絃を響かせる。


べべん。


鬼を操ろうとしたのに、鬼は操られない。

もう一度、奏でてみる。


べべん。


「なんじゃぁお前…」

鬼にはやはり琵琶の音が効いていない。

なぜなのか不思議で、ようく見てみる。

ようく見ていると、鬼の手は頭に当てられているのでは無く、耳を塞いでいるのだと気付いた。

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