第41話 馬鹿ばかり
琵琶女が琵琶を奏でても、すぐ天人が解いてしまう。
天人に琵琶の音は効かない。
これでは角の無い鬼も、天人の連れた童にも琵琶は効かぬと同じ。
「天界人がはるばるこんな所によう来たな、して何の用じゃ?」
「何って…」
天人の男は鬼と童を順番に見た。
「人間に悪さするのをやめろ!」
天人に促された形で童は食ってかかってきた。
「何だお前は」
人間の童に見えるが、その言い方や纏う力を見るに人ではない様だ。
「なぜお前らの指図を受けねばならんのだ?」
お淑やかに言ってみせる。
「悪さは良くねえ!」
「物の怪知らんかぁ!」
童の言葉をかき消すほどの大声で、奥の方で角の無い鬼が叫んだ。
この鬼は自身で耳を塞いでいるのも忘れて、問いて来ては返事が無い為に、延々と同じ言葉を繰り返している。
阿呆だ。
「人間どもの悪さはいいんか?」
鬼を無視して童に問う。
童はすぐに答えられずにいる。所詮そんなものだ。何も考えていない。
「人間の悪さなんてたかが知れてるだろう」
童の必死に考えたのがそれだ。
やはり何も知らない童だ。
人間は平気で人を殺めるし、平気で見捨てるものだ。己を守る為なら何だってする。
「見てみるか?童」
童に話し、天人を睨みつけ牽制する。天人は反応せずただ見ている。
べべべん。
童に見せるのは、人間の極悪非道。
◇
子供天狗は、幻の中にいた。
「なんだ…」
道を人間達が歩く、町中の様だった。
道の端に座る女と幼な子が、物乞いの仕草をしていた。
すると、突然男達に殴られはじめたのが見えた。
女は悲鳴をあげる。そして子を庇う様にして丸まっている。
町人は同じ道を普通に歩いて、女と子の近くを通る時だけは、そちらを見ないように目を逸らして歩く。
見ないようにしているのか?
女も幼な子も何もしていない、理由さえ知らないまま、すれ違っただけの男達に殴られている。
物乞いをしていたのが気に入らなかったのか。
道歩く町人は、そうだ、関わりたくないからだ。
子供天狗は止めようと、走って近づいた。
男の手を掴もうとして、すり抜けた。
「!?」
何度つかもうとしてもすり抜ける。
「やめろ!」
叫んでも、やめない。
「おい!お前達、やめさせろ!死んじゃうだろ!」
町人に叫んでも、誰も聞いていない。
そしてとうとう女はぐったりとして動かなくなり、男達は女を引きずって連れて行く。
幼な子が、泣く事も出来ずに女にしがみついていた。
◇
「次に行くか?」
琵琶女は言ったが、童は幻から抜け出せていない。
「人間の非道は切りがない」
ため息混じりに言った。
ふと鬼が動くのが見えた。鬼は童へ近づき声かけている。
「どしたぁ?」
童は耳を塞いでいたが、特別な力で聞こえているらしく、琵琶が効いた。
鬼といえば、ずっと耳を塞ぎ一人喋っている。
べべべん。
角の無い鬼は何かの衝撃に弾かれて、耳を塞ぐ手を離した。
「何するだぁ!」
鬼は叫びをあげる。
弾いた力の出所が琵琶だと知って叫ぶ。
「あんたが物の怪かぁ!?」
今更なことを言ってくる。
「童に何したぁ!」
次から次に喋る。
「人間の愚かさを教えているだけじゃあ」
媚をうる言い方で、優しく教えてやった。
「いいんだ、鬼丸」
幻から抜けたのか、童は言葉を発した。
「どうじゃった?人間の愚かさは」
素晴らしいものでも見せたかの様に、琵琶女は言う。
「…だからって人間に悪さしたらだめだ」
変わらず非難して来る。
「お前は間違ってる」
童は、はっきり言い切った。
童が、童に何がわかるのか。
「力づくでもやめさせるぞ!」
団扇を取り出してこちらに向けて来た。
その羽から感じる、力。
「お前、天狗か」
細切れそうなか細い声でつぶやいた。
「人間どもは我で遊び地獄へ落とした!生き地獄じゃ!やり返して何が悪い!」
べべべん!
琵琶女は厄介な天人を見てみたが、微動だにせず眺めている様だ。手を出す気はないらしい。
琵琶を奏でて音の刃を童と鬼に放つ。
童はそれを団扇を煽って跳ね返し、鬼は受け止めて耐え切った。
続けて音の刃を放つと、童は団扇が間に合わず身をかわし、鬼はまた受け止めていた。
「もしあの時、我にこの様な力があれば、殴られ、生き地獄を味わうことなく、川に捨てられる事も無かったのか?」
「弱かった我が悪いのか?」
「いいや違う。我は悪くない!」
殴りつける男が、そしてそれを悪と言わぬ周りの人間が悪なのだ。
幼な子だけでも助けて欲しかった、しかし誰も助けてはくれなかった、それが人間だ。
この天狗の童は、それでも我が間違っていると言う。
ぐりゃり。
腹の中で、何かが蠢く。
人ならぬものになった時に埋められたものだ。
激しく怒ればそれが蠢く、まるで子のように。
「ああああ!」
否応なく悲鳴がでる。これはあれだ、出てくる、あれが。我の憎しみを吸い込んで、蠢くだけに留まらず、あれが出てこようとしている。
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