第31話 山ギツネと散歩
巻物がどこかなど知る良しもない。
子供天狗は不貞腐れて横穴で寝ていた。
童の所へ行こうとすれば、山ギツネに嫌味を言われる。それが許されないのであれば何もする気は無いという子供天狗なりの宣言だ。
しかし童の様子は気になるので、筒の道具で覗き見する。
童は一日の内、畑には出ず祭り準備の手伝いをしている様だ。
「また見とるんか」
いつの間にか狐姿の山ギツネが横穴の入り口にいる。
「また来たのか」
嫌味の様に返してやった。
筒の道具を横に放り出して不貞寝してやる。
「なんだどうした」
山ギツネは不貞寝の原因が自分にある事を承知の上でこんな事を言うのだ。
「お前に会いたいという珍しい者がおってな、今から行かんか?」
山ギツネの尾っぽが揺らめく。
「なんなら褒美に探し物を見つけてくれるかもしれんぞ」
飛び起きる。
「行くか?」
山ギツネに聞かれるが返事は決まっているし、山ギツネもわかっているはずだ。
黙って準備に取り掛かる。
衣を履いた所、何か違和感がする。
「なんだお前、尻が裂けておるぞ」
山ギツネの言葉に裂けている箇所を手探りする。
尻の下辺りに穴がある。
いつから裂けていたのか気にはしない…
いやいやいや、いつからだろうか?童に見られただろうか?
「恥ずかしいなぁ」
山ギツネがからかう様に言い笑う。
下の衣を脱いで、目の前に広げて見ると、見事に裂けている。
「ほれ寄越しなさい」
山ギツネがいつの間にか人間の子供の姿になり、裂けた衣を奪うように取ると、鋭い爪と糸で素早く縫い合わせた。
その糸はよく見るとその辺にある根っこだ。
「大丈夫切れやせん」
そう言うと履けと促してくる。
履いて見れば少し重く感じられた。
「良いじゃろ、さぁいくぞ」
道をひたすら歩く。
「あとどのくらいで着く?」
不機嫌だったのも忘れて聞いてしまった。
「…」
今度は山ギツネがだんまりだ。
聞いても歩く事には変わりがないから黙って歩け、無言の返事でそう言っているのだ、山ギツネは。
山ギツネがどんな奴なのか、大体わかるようにはなっている。
前の景色に異変を感じたのはすぐ後だ。
空がうっすら靄がかった様になっている所があって、その下は町に見える。
何か変な感じがして、天狗の目にしてもう一度見てみた。
すると、赤紫の巨大な雲がゆっくり回って渦になっている。
見ているだけで禍々しい力を感じる。
山ギツネももちろん、それが見えているだろうに何も言わない。
人間達の住まう町の上に禍々しい渦。これは只事ではないと思った。
山ギツネは道の交差している所へ来ると、やっと口を開いた。
「こっちじゃ」
後をついていけば、何やら山の方に向かっている。
山に着くが山道は無い。
「こっちじゃ」
山ギツネは道無き山の中へ入っていく。
山ギツネは一瞬で遠くまで移動してしまうので、時折後ろを向いて待っていてくれた。
山ギツネが導いた先には、周辺を見渡せる丘があった。
場所が違えば、いい景色だな、とも言えたのだが、目の前に広がるのは赤紫の渦だ。
丘は、町の近くにあった。
「あの渦はなんだ?」
思い切って山ギツネに聞いてみた。
聞いてから、なんだそんな事も知らんのか、などと言われるのではないかと思い後悔したのだが、そんな事はなかった。
「あれは地獄の渦。地獄の目があそこから人間をみておる」
地獄の事は詳しく無いが、地獄には目があって人間達を覗いているのか。
誰の目なのかと思ったが、地獄の目なのだろう。
「見て何してるんだ?」
山ギツネは言い始めるまで少し間をおいた。
「何…まあ、見てるんじゃろ。景色を見るのと一緒じゃ」
「悪さする訳じゃないのか?」
「そうだな、あれは何もしない。ただ地獄の誰かが悪さしようと覗きたいもんだから欲になってあそこにある」
「ふうん、そうか」
わかる様な、わからない様な。
つまり人間に危害はないということか。
「しかしその覗きたいもんが何かどこかでしておる」
山ギツネは尾っぽを優しく揺らしながら、見合わぬ酷い話をした。
「人間達が生きたまま地獄に送られておる」
たまげた。
地獄は鬼がいて、死んだ後に行く所だと聞いている。
生身の人間が耐えられる所では無いはずである。
「地獄の鬼が悪さしてるのか?」
「いいや、鬼では無く物の怪の仕業らしい」
町中を天狗の目で覗いて見る。
生活する人間達が見えるが、所々靄が濃くて見えない。何度、天狗の目を凝らしても靄の先が見えない。
「無駄じゃ、町は既に物の怪の界。我らは入る事も見る事もかなわん」
「物の怪があの中で悪さしているのか!」
人間達がこの今も、あの中で物の怪に悪さされているであれば、何とかしなければならない。
「まぁそうじゃな」
「どうするんだ!」
「そこでお前に会いたがっている者の出番じゃ」
山ギツネの言葉が上手くのみこめない。
自身に会いたがっている者の話などすっかり忘れていたので、すぐに言葉を返せなかった。
「なんだお前、もう忘れてしまったのか」
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