若様捕物帳 〜少女型科学兵器は創造主の夢を見るか〜

花色 木綿

 全ては開かずの間ーー、マコンドの部屋から始まった。過去と未来を繋ぐ、遠い、遠い物語ーー……。




✳︎




 ずらりと大店が立ち並んでいる大通りを往来している群衆の中から、突然、

「きゃーっ!」

と甲高い悲鳴が起こり。



「誰か、スリよ、スリー! 捕まえてちょうだーい!!」



 きゃあきゃあと悲鳴を上げ続けている一人の女性の元から、どたどたと慌ただしく逃げ出す二つの怪しい黒い影。誰もがその影をーー、二人の男達を目で追っているも。



「おっと。なんだ、なんだ。事件発生か?」



 騒然としている中、かまわぬ柄の羽織を身に着けた、キリッと締まった眉に、まだ薄っすらと幼さの残る顔立ちをした少年は、ぴたりと足を止めると袂の中へと右手を突っ込み。なにかをーー、鉢金を手にすると、ぐるりと額へと巻き着ける。


 それから、いたずらっぽく、にっと白い歯を覗かせ。



「このからくり城下で悪事を働くなんざ、そうは問屋が卸さないぜーー!」



 瞬間。


 少年が履いている草鞋の裏から空気の圧のようなものが噴出し、ぴょーんと高く、少年は真横に位置していた建物の屋根の上へと飛び移った。そのまますたすたと器用にも瓦の上を駆けて行く。


 そして先回りとばかり、すとんときれいに地面に着地すると、少年は追い付いた男達の前へと躍り出る。腰へと手を伸ばし、腰元に付けられていた長十手を手にすると、それを額の上方へと垂直にかざす。



「盗人達よ、観念しな。この罪人改め方・リツキ様から逃げられると思っているなら、砂糖菓子より甘いなあ。さあ、おとなしくお縄につくんだな」


「なんだ、脅かしやがって。まだガキじゃねえかよ」



 男の一人がふんと鼻で笑うと、胸元から一丁の小刀を取り出した。手元が陽の光を受け、きらりと怪しい瞬きを放つ。


 その鋭い光に、リツキは一つ溜息をこぼす。



「はあ。おとなしくお縄につけばいいものを」



 仕方がないという顔をそのままに、リツキは足を逆八の字に大きく踏み開き。後ろ膝を深く曲げ、前に伸ばした足の膝をよく伸ばして胸を張る。そして、小刀を前に突進して来る男を鋭く見据えーー。


 カキンッーー! と、甲高い音が空いっぱいに響き渡る。続け様に繰り出される太刀を、リツキは右へ、左へ打ち払う。次第に間合いを詰めていくが、男が大きく突き出した刃が真っ直ぐにリツキの顔面へと迫り。



「げっ!?」



 その手前、リツキはどうにか上半身を捻り、咄嗟に突き出した十手の清目で刃を滑らせ流れを変え、大きく弾くと、十手の先端ーー宵の明星で相手の肩先を刺突し、手の内に付いている小さなボタンを押す。すると十手の先から、びりっと閃光が放たれ。男の口から、「うぎゃあっ!?」と奇妙な音がもれる。



「っと、危ない、危ない。こんな時は、ピリッと一発電気ショック! 肩こりには最適……かなあ?」



 リツキはけらけらと、十手で自身の肩を軽く叩いた。が、男はまだ痺れが残っている体で、それでもよろよろと上半身を起こし上げた。



「この、ガキがなめた真似しやがって……!」


「げっ!? もう一振お持ちで」



 懐からもう一丁小刀を取り出し突っ込んで来る男に、リツキは構え直す。そして相手の小刀を鈎の中へと滑り込ませて挟み込むとそのまま捻り、ばきんっ! と鈍い音を立てる。小刀の刃は真っ二つに折れ、天高くへと弾け飛び。男がその軌道を目で追っているのにも構わず、リツキは一気に間合いを縮めると男の胸倉をぐいと掴み取り。



「とりゃーっ!!」



 凄まじいかけ声と共に、男を背中に背負うとどしんと地面へと叩き付けた。頭を強く打ちつけ、ぐるぐると目を回している男の肢体に、手早く懐中から取り出した縄を回していき。



「よし、まずは一人。一丁上がり!

 お次は……っと」



 リツキの瞳が、もう一人の男を捉える。片割れの方は一匹の中型の白い犬が、男の着物の裾を口で咥えて足止めさせていた。



「リツキぃ、早くぅ……!」



 白犬は眉間にぐいとしわを寄せ、抑え込んでいたけれど。男の必死の抵抗によって、するりと抜けられてしまい。自由の身となった男は、ちらりとリツキから視線を外し。



「くそっ、こうなったら……!」


「あっ、そっちは……。ばかっ、そっちにだけは行くな!」



 リツキの忠告もむなしく。男は目ざとくも見物人の一人であった、か弱そうな少女を目にすると、少女に向かって手を伸ばした。


 が。その手が少女へと届く前に、まるで見えない透明の壁のようなものに、男は盛大にぶつかり。痛みで大きく歪んだ顔をそのままに、へにょへにょと地面へと突っ伏した。


 男を見つめる少女の瞳は、ひどく冷やややか氷のようなものへと変わっており。



「人間ごときが、汚らわしい手でわらわに触れるでない!」



 薄紅色の唇を薄っすらと開いて告げる。


 そんな不機嫌顔をさせた少女の元へ、リツキは駆け寄り。



「だから言ったのに……」



 すっかり地面とお友達になっている男へ向け、「ご愁傷様」と、あきれ顔で呟いた。



「リツキ。このような低俗な輩、生きていても価値がないであろう。わらわが滅ぼしてやっても良いぞ」


「だから、やめろって。どうしてお前はこうも物騒なんだよ。翠乃すいの



 翠乃と呼ばれた少女ーー、見た目は齢十歳くらいの、漆黒の長い髪を頭の高い位置で一つに結わえた少女は、つんとつり上がり気味の瞳を細めさせる。


 ふいとそっぽを向く翠乃の傍らから、今度は先程の白犬ーー、犬丸が、しゅんと頭を垂れさせてリツキの前に出て来た。



「ごめんね、リツキ。さっきは犯人を逃しちゃって」


「なあに。こうして無事に縄にかけられたんだ。気にするなって」



 リツキはがしがしと犬丸の頭を撫でてやる。すると犬丸は元気が出たのか、ふりふりと尻尾を大きく振った。



「リツキ、じゃれてなどおらんで、早うこの罪人共を奉行所に引き渡しに行かぬか。わらわの琥珀糖を買いに行く途中なのを忘れたのか」


「はい、はい。言われなくても分かってるって」



 翠乃に急き立てられ、リツキは二人の罪人の縄を手に取ると奉行所目指して歩き出す。


 その最中。一連の捕り物劇を観賞していた町の人々が、パチパチと拍手の音を響かせ。



「やったな、リツキ!」


「よっ! さすが、からくり城下一の捕り方だ」


「ああ。リツキがいれば、この国も安泰だなあ」



 あちこちから飛び交う称賛の声に、リツキはすっかり得意だ。へらへらと締まりのない笑みを振りまいて歩く。


 が。



(安泰、か。安泰だと良いんだけどなあ……。)



 リツキは困惑顔をどうにか作り笑いで取り繕い。ちらりと隣を歩いている、仏頂面の少女を憂いのこもった横目で見つめたーー……。

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