1-4
「もし仕事を手伝わないって言ったら……?」
「……。そう。試してみてもいいのだけれど?」
タイキがそう言った瞬間、相手が髑髏のうちの2つを掴んだ。
「……!」
「……なんて。もちろん、ようやく手に入れた「手駒」を簡単に手放したりはしない」
手駒、にアクセントを置いて口にしたクロエは、数珠状の髑髏を服の中にしまい込んだ。
「ワタシに逆らわない限り、安心していい。今回の仕事が終わり次第、『魂の棺桶』はアナタたちに返す。約束する」
「……ああ。拒否権は無いみたいだけどよ、ちゃんと渡せよ」
「もちろん。……トオル。帰る」
「……うん、そうだね」
灰色ネコと共に
「……あと、条件がもう1つだけ」
「……?」
「この事をリンカに伝えても砕く。気を付けて」
それだけ言うなり、ネクロマンサーは去っていった。
もう日が落ち切る頃合い、通行人たちが奇異の視線で眺めてくるのにも構わず、タイキは幼なじみと共に予定よりも大分遅くなった帰り道を歩く。
上半身に血が盛大に染み込んだ上、ボロボロになった制服を着込んだ2人組は心底物珍しいのだろうと、ボーっとした頭で思う。
そう言えば先ほどまでは他人の気配など一切感じなかった気もするが、今はどうでも良かった。
今になって伸し掛かってきた疲労感と戦いながらも、どうにか寄宿舎までたどり着いたその時、彼女が口を開いた。
「……ねぇ、これからどうするってのよ」
「……。ああ言ったんだ、そのうちまた来て、仕事手伝えって言ってくるだろ」
「……」
「だから、ひとまずは友好的に振る舞っておこうと思う。もちろん仕事も一応手伝ってやる。んで、あの髑髏は隙を見て取り返す。仕事が途中だろうが何だろうが、それで終わりだろ」
半分自身に言い聞かせるようにつぶやき、タイキは背後を振り返らずにそのまま建物の出入り口の扉をくぐった。
そして自分の部屋にたどり着くと衣服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、それからすぐにベッドに倒れ込んだ。
ふと目が覚めたタイキが枕元の時計に手を伸ばすと、夜の10時過ぎを示していた。
寝起きの鈍い鈍痛と共に起き上がり、軽く欠伸をする。
特段夢も見なかったが、疲れはある程度は取れたようだった。
「……」
もしや先ほどの出来事は全て夢だったのではないか、という淡い期待と共に部屋の明かりを点けると、脱ぎ捨てた血まみれの制服が見えて舌打ちした。
そこでふと、まだ夕食を食べていなかった事に気づく。
そんなタイキが、寄宿舎内の食堂に向かおうとベッドから立ち上がったその時。
窓の外から、コンコンとノックの音が聞こえた。
「なんだ……?」
カーテンを引き開けるとそこにちょこんと座っていたのは、先ほどクロエが相棒とかどうとか言っていたあの灰色ネコ。
「……お前かよ……」
どうすべきか困って数秒立ち尽くした後、ため息をつき窓を開けて彼を中へと迎え入れる。
「夜遅くにごめんね。……おはよう、かな」
「……んだよ、今から仕事手伝えって言いに来たのか?」
「……今回はクロエは関係ないよ。僕の意思で来たんだ。少しばかり、伝えたい事があったからね」
それから小動物は、器用に前足で再度窓を引き開けた。
「だから、着替えたら下の食堂に来てくれるかな、タイキ君。もう1人……ええと、マソラだったかな、彼女にはもう声をかけてあるよ」
「……?」
そこでふと生まれた疑問を問いただす前に、相手の姿は窓の奥に消えてしまった。
「あ、アンタも呼ばれてたのね」
下の階の食堂へ向かうと、言われた通り幼なじみは既にそこにいた。
そして、そのすぐそばの椅子にちょこんと座っている例のネコ。
他に誰もいない室内でタイキは1人と1匹を見つめ、息を吐き出した。
「ところでなんだがよ、お前どうして俺たちの部屋も名前も、ついでに食堂がここにあるっていう寄宿舎の構造も全部知ってるんだ?」
「……。西原タイキに、天道寺マソラ。寄宿舎付きの高校に通う、1年生だ。幼なじみ同士で、片方の成績は中の上。もう片方は下の下。寄宿舎の部屋番号は128と、021」
どこか得意げに吐き出す灰色ネコは、さらに続ける。
「言っただろう? 僕は優秀なエージェントだって。その程度の調査は朝飯前さ。最も、数時間で調べられたのもこの程度だけどね」
と、そこでマソラが立ち上がった。
「あ、そうそう、朝飯前と言えば。ちょうどいいし、今のうちに食べちゃわなくちゃっての。おなかすいちゃったし」
作り置きの夕飯を冷蔵庫から取り出す彼女を目にし、ふとタイキも自身がここに来ようとしていた別の目的を思い出した。
「構わないよ。キミたちの生活リズムを崩した元凶はある意味僕たちだからね。食べながらでいいから話を聞いてほしいんだ」
冷蔵庫から取り出した冷たいスパゲティを電子レンジで温め直したものをつつきながら、近くの椅子の上に座ったネコを見つめる。
と、マソラが巻いたスパゲッティを突き出した。
「あ、てかにゃんこも食べる? これ」
「……ネコってんなもん食うのか?」
「あー、ええと、遠慮しておくよ。食事はもう済ませてきたしね」
ペットフードでも食ってきたのかとタイキが口に出す前に、ネコは咳払いをした。
「さて、と、だ。どこから話したものかな」
虚空を見つめた相手は、しばらく後に吐き出した。
「まず最初に、今回の事を謝らせてほしいんだ」
「……アイツが俺たちを脅した事か?」
「そっちもそうなんだけど……そもそもキミたちの死は、ある意味イレギュラーな事柄なんだ」
「……?」
頭に疑問符を浮かべたマソラの、スパゲティを巻いていたフォークの動きが止まった。
「僕たちの仕事は、死者を出さないように行うのが鉄則でね。リンカも言っていた通り、『神からの贈り
「……」
「ギフトという余計な力を付与してしまうし、巻き込んでいるわけだからね。だからまずそもそも、死者を出さずに仕事を終わらせるべきなんだ。そこは、こちらの手落ちと思ってくれていいさ」
「そう言われてもねぇ……。にゃんこがどう言おうが、生き返らせてくれたのは感謝してるってのよ」
「……。そうだ、一応聞いておきたい。生き返った俺たちに、2度目は無いって確かアイツが言っていたような……」
そう言うと、灰色ネコは片足で頭を掻いた。
「じゃあ、蘇生術に関して改めて説明しようか。少し長い話だけれどもね」
「……おう」
「クロエが既に伝えたかもしれないけど、既に本物の蘇生術は失われているんだ。その方法を追い求めるのが僕たちの組織『セントラル』の目的の1つでもあるけど……コホン」
「……」
「だから現在のネクロマンサーが行うのは、あくまでその方法をなぞるだけの、疑似的な術式さ。それでも蘇生効果はあるけれども、そこにはいくつかの制約があるんだ」
どこかで物音がしたのか、彼は一瞬だけ食堂の扉へと視線を向け、すぐにまた戻した。
「まず、肉体という容器に入っている魂は、常に同じリズムで時計のように独特の拍動を刻んでいる。各人ごとの別々の波長を生み出して、身体と魂が常に共鳴していると言い換えてもいい。……理解できるかな?」
「それが心臓の鼓動……って事か?」
トオルは「そう思ってくれていいよ」と言わんばかりに無言でうなずき、続ける。
「死ぬとそれがズレるんだ。2つのズレは次第に大きくなり、魂と肉体のリズムがいよいよ合わなくなる時が必ず来る」
「……」
「だから、クロエを始めとするネクロマンサーの蘇生術式で波長を再度共鳴させる。これが蘇生術の原理さ。でも、魂を容器に戻してあげられる時間には限界があるんだ」
そこでふと言葉を切り、何かを思い出すかのように天井を見上げた。
「……そして、その時間は具体的には……」
ピッ、と指を立てるかのように前足をタイキに突き付けた。
「およそ10分ってところだね。それを過ぎた場合は、魂は器に
「……ああ」
彼の言葉を、ゆっくりと飲み込んでいく。
「そしてこの蘇生術によってこの世界に引き戻されたキミたち2人は、一種のゾンビになった。もう人間じゃない」
唐突なその宣告に、ドクン、と心臓が跳ねた気がした。
「ただしそうは言っても、普通の人間とほとんど変わらないから安心していいよ。全ての生命活動、飲食、運動、思考、睡眠、生殖、その他諸々。全てが今までと全く変わりなく行える。違うのはギフトが使えるようになった事と、もう1つ」
彼は「ここからがキミの質問に対する答えさ」と口にしてから続ける。
「『神からの贈り
「……」
やはり、あの時彼女が告げた事は本当であるようだった。
つまりそれは、幽魔に殺されても、彼女に歯向かって『魂の棺桶』を破壊されても、2度と生き返る事は出来ないという同じ結末が待っていて。
だからどちらにせよ、危険を承知で彼女の仕事に関わらざるを得なかった。
そんなタイキの考えを読んだわけではないだろうが、ふと相手はポツリと吐き出した。
「……彼女、ああ見えていい子なんだ。無口だし、説得力はないかもしれないけどね」
「手伝わなきゃ再度殺す、って脅しをかけてくるのがいい子って基準なら、サシでこうやって話しに来たお前は神様ってとこだろ」
「……。そう、だね」
「手伝って欲しいも何も、俺たちに拒否権はねぇんだ」
それからタイキは、まだ半分も食べてないままの皿を持って席を立ち上がった。
「……そうだ。僕からもクロエに、それとなく『魂の棺桶』を返してもらえるように掛け合ってみるよ。可能な限り早く、ね」
「……返された途端、俺たちがアイツを見捨てるという可能性は考えてないのか?」
灰色ネコはそれには答えず、椅子から飛び降りた。
「さ、長話に付き合わせてしまったね。僕はこんなところで帰らせてもらうよ」
そしてその姿は、押し開けられた出入り口の扉の奥に消えて見えなくなった。
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