復讐代行屋

 どうもー、社長。お世話になってます、〈復讐代行屋〉でーす。

 このたびもご贔屓ひいきいただき誠にありがとうございます、なんつって。

 例のニュース、もうご覧になりました? そうそう、『五十二歳男性が目覚まし時計型の時限爆弾によって自宅で死亡』ってやつです。今回も見事成功したでしょ。さすが俺、天才。

 学生の頃に社長をいじめてたっていう連中、これで全員始末できましたよね?

 おめでとうございます! 社長の長年の悲願も、ついに叶いましたね。

 え、今回の報酬に特別ボーナス上乗せ? いやいや、とんでもないですよ。俺はいつも通りにやることやっただけですから。

 つーかね、ぶっちゃけもうどうでもいいんです、金とか。

 それより、社長にとっておきのをご用意したんですよ。今までご依頼いただいた、ささやかなお礼として。

 社長も気になってるんじゃないですか? 『さっきからおまえの後ろでうーうー泣いてるのは何だ』って。

 ――ははっ。はいはい、すいません。もったいぶらないで教えますよ。

 ほら、社長ご自慢のお嬢さんが四人いらっしゃるでしょ? その末っ子ちゃんにね、ちょっとお越しいただいてるんですよ。

 俺、珍しく眼鏡かけてスーツなんか着てるんですけどね。前にお願いして作っていただいた、偽造社員証を見せて、

「社長が急に倒れたからご家族に連絡してる。一緒に病院に行こう」

 って高校の近くで声かけたら、素直に心配して車に乗ってくれましたよ。ほんといい子ですよねー。

 今は目隠しと猿轡さるぐつわをして、椅子に縛りつけさせてもらってまーす。

 ――あれあれ、どうしたんですか? 声が震えてますよ、社長。

『娘に何をする気だ』? まあまあ、焦らない。お楽しみはこれからですよ。

 あ、まさか一一〇番通報なんてしませんよね? 県内の有名企業ですし、世間体もありますもんね?

 社長はとっくの昔にお忘れかもしれませんけど、十年前の今日、女子高生が海に飛び込み自殺した事件があったんですよね。中年の野郎に強姦レイプされた過去とか傷とかに耐え切れなくなった、ってのが動機で。


 その子、俺の妹なんですよ。


 ――は? またまたー、知らんふりしちゃって。

 御社がスポンサーやってた競泳の地区大会が終わったあと、試合帰りの妹を人気のない路地裏に引きずり込んでヤッたのは、あんたでしょ。

 家で大泣きした妹はね、ちゃーんと見てたんですよ。あんたの立派なスーツの襟首に、スポンサーと同じロゴが刺繍ししゅうされてたのを。

 まさか、にっくき強姦魔が一企業の重役だとは思いませんでしたけどねー。おかげさまで、情報をつかむのにも苦労しましたよ、マジで。

 ま、あの事件は物的証拠もないし、そろそろ時効になるし、あんたを今さら告訴とかする気はないですよ。

 けど、俺はずーっとこのチャンスを待ってたんです。どうにかしてあんたに近づいて信用させて、復讐できる日をね。

 妹は、当時ちょうどこの末っ子ちゃんと同い年でしてね。末っ子ちゃんを見てたら、やっぱかわいいなって思うんですよ。妹も生きてたら、今頃はこの子みたいに友達と楽しく笑い合って、高校生活を満喫してたんだろうなって。

 妹は、学校じゃ結構男子にモテてたらしいですからね。俺もかなりのイケメンっしょ? なんつって。

 おっと、話が逸れた。

 で、の件なんですけど。俺は、あんたみたいに末っ子ちゃんを犯したりしません。その代わり、できるだけ時間をかけてゆっくり死んでいってもらおうと思いまーす。俺が妹の復讐のことだけを考えて生きてきた十年分ってことで。

 とりあえず、猿轡は外しましょうか。ただの太い手拭いなんですけどね。大事なお嬢さんの声、社長も聴きたいですよね?

「パパ、助けてぇ!」

 はははっ。予想通りの言葉ですね。うん、声もかわいい。

 ごめんなー、きみのパパは来ないんだ。きみはこれから死ぬんだし。思い出として、声をパパにたくさん聴かせてあげてくれ。今日が、親子で話す最後の日になるからね。

 ――そうだなー、痛いよね。血も出てるね。耳たぶとか首筋とか噛まれるの、怖いよねー。

 けど、きみのパパも俺の大事な妹に同じことをしてたんだよ。俺もパパからのお願いで、パパの嫌いな奴らを殺しまくってすげえお世話になったから、そのご立派なパパのしたことはぜひ見習わないと。

 学校の制服も、邪魔だから脱ごうか。――あ、ごめん、手が滑った。きれいな肌までサバイバルナイフで切っちまった、こりゃうっかり。

 は? 『やめろ、ゆるしてくれ』?

 社長、何言ってるんですか。せっかくのなのに、やめるわけないでしょ。

 それより、俺って実況のセンスもイケてると思いません? このまま三人で盛り上げていきましょうよ。


 俺の命と人生を懸けた復讐ショー、最後までどうぞごゆっくりお楽しみくださいね、社長。


   ◆


 いやー、終わった終わった。長々とご清聴ありがとうございました、社長。

 外もすっかり日が暮れましたね。元々暗ぁい廃墟にいるんで、あんまり関係ないですけど。

 末っ子ちゃん、水責めにもあんなに耐えられるなんて、結構根性ありましたね。まあ、直接の死因は失血死ってことになるでしょうけど。

 末っ子ちゃんは、学校じゃ吹奏楽部のトランペット奏者でしたっけ? 肺活量あるなら、俺の妹みたいに水泳もイケそうな気はしますけどね、もったいない。

 体中に細かい切り傷をいくつも付けて、一回ごとにだんだん傷口を深くしてったの、ナイスな演出だと思いません? そのたびにかわいい悲鳴も聴けて、耳が幸せでしたよ。白い肌に血の赤が映えてきれいですね。俺は学生の頃も美術の成績が悪くて、芸術センスなんてこれっぽっちもないですけど。なかなかいい仕上がりになったんじゃないかって自負してます。

 社長のご依頼で他人を殺してた時も思ったんですよ。人間なんて、死んじまえばただのだなって。〈生き物〉から生きるのを取ったらまぁそうなりますよね、なんつって。

『絶対に赦さない』って社長、それこっちの台詞ですよ、やだなー。俺のかわいい妹をあんな目に遭わせて自殺に追い込んどいて、ご自分は棚上げですか。ギャグにしても寒すぎますって。まだ九月なんですから。

 あ、さっきうっかり解説し忘れてた。


 末っ子ちゃんに何十回も頭突っ込んでもらったバケツの水、妹が死んだ海のやつなんですよ。


 妹のいた高校のプールの水とどっちにしようか、ぶっちゃけ迷いました。末っ子ちゃんには、味をあんまり気に入ってもらえなかったみたいですけどね。残念。今日のために張り切って汲んで保管してたのになぁ。

 末っ子ちゃんのご遺体は、たぶん国家権力のさんたちがあとで見つけてくれるでしょ。

 俺はこのあと大事な用がありますんで、そろそろ失礼しますね。

 ――死ぬほど後悔しやがれ、ド変態クソ野郎。



 もう絶対かからないってわかってんのに電話って、何やってんだろうな、俺。

 でも、どうせもうすぐ死体モノになるし、あの世にいるおまえと話したくなった。一方的でもな。

 ごめんな。兄ちゃん、人殺しになっちまって。どうしても赦せなかったんだ。おまえがあんなに苦しんだのに、自分の欲望で傷つけるだけ傷つけて、のうのうと暮らしてるあいつが。

 犯罪者の俺が、おまえと同じとこにいけるなんて思わないけどさ。崖に着いたら、俺を出迎えてくれよ。その後は、引きずり込むなり突き落とすなり、好きにしてくれ。

 おまえが待ってくれてるあの海で、俺も眠りたいんだ。


 叶うならもう一回くらい、一緒に泳ぎたかったな。

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