目覚めて早々お誘い

 ふわふわとした心地よい感触が、顔と頭を覆っている。


 眠りから浅く覚醒したリンフーは、その柔和な「何か」に思わず触れてみる。指がその「何か」に柔らかく沈む感触。


 指を離すとふっくらと形を戻し、掴むとまた五指が柔らかく沈み込む。柔軟性と弾力性という矛盾を実現した夢のような感触。リンフーは寝ぼけた意識のまま、その感触を何度も楽しんだ。


「んぁんっ」


 女の甘く悩ましげな喘ぎが、すぐ近くから聞こえた。


 甘香ばしさに、果実酒のような甘酸っぱさが混じり、心をくすぐるような蠱惑的な香りがリンフーの鼻腔をすうっとくすぐり…………果実酒?

 

 嗅ぎ覚えのあるその匂いに疑問を持つ。その疑問は一気に意識を覚醒へ導いた。


 目を開き、窓から差し込む朝日とともに、状況を理解した。


 夕べは一人で横になっていたはずの寝台には、自分の他にもう一人・・・・眠っていた。


 シンフォだった。


「かー……かー……」


 静かでもうるさくもない酒臭い寝息を立てる真っ黒な美女に、リンフーはガッチリと抱きしめられていた。その胸の谷間にリンフーの顔は埋まっていて、両手はそれをしっかりと捕まえていた。豊満でありながら形の良い二房の肉果は、外圧に合わせて柔らかくその形を変えていた。


「————!!!?!!????!!」


 リンフーは顔を真っ赤にして声にならない声を上げ、シンフォの胸からバッと両手を離した。


 目を覚ましたシンフォは目元を擦り、ふにゃっと微笑を浮かべた。


「おはよ……りんふー」


「おはようシンフォさん……じゃなくて! どうしてボクの寝台で寝てるんだよ!?」


 その問いに対して、シンフォは寝ぼけた頭でしばし考えてから、まどろみから覚めた猫のような笑みを見せ、


「ふふふ、夜中に忍び込んだ」


「なんでまたっ!?」


「久しぶりに、一緒に寝たいと思ったからだ。ふふふ、君のその髪は良い匂いがするな」


「せめて一言言えって!」


「そうしたら君、恥ずかしがって寝てくれないだろう? だから無許可で潜り込んだ」


「あーもう!」


 自分は弟子である前に男だ。ましてシンフォは武法を使えないため、抵抗の術がない。軽々しく男のしとねに潜り込む我が師の軽率さに、リンフーは頭を抱えた。


「それに……昨日は少し、心細かったからな」


 だが、そう低めに発せられたシンフォの言葉に、リンフーは苦悩をやめた。


 気落ちしたような語気通り、今のシンフォはうつむき、少し寂しそうに笑っていた。「陽の六月六月」も半ばに入り、少し汗ばむほどの暖かさの中でも、寒々しい哀愁を感じているのが一眼で分かった。


 その表情に、リンフーは心配そうに訊いた。


「なにか、あったのか?」


「うん……昔のことを、少し思い出してね」


 リンフーは目を見開く。


「自業自得な過去とはいえ……それでも誰かと一緒じゃないと、寂しさで体が凍ってしまいそうだったんだ。すまない、リンフー」


 黒い前髪が垂れ、表情が見えなくなっている今のシンフォは、いったいどんな顔をしているのだろうか。


 リンフーは表情を緩め、やや非難がましい静かな口調で言った。


「……そういうことなら、なおさら前もって言って欲しかったよ」


「リンフー……」


「ボク達はさ、その……もう、家族みたいなものなんだから。何か悩んでたら、相談に乗ることくらいお安い御用だよ」


 後半部分を少し拗ねた語気にして、リンフーはそう言った。


 シンフォは顔を上げ、驚いたようにリンフーを見つめる。しばらくしてから、するりと抱きしめてきた。


「ありがとう……そう言ってもらえるだけでも、私は幸せだよ」


「……大袈裟だろ」


「ううん。そんなことはない。君はやっぱり……私の宝物だよ」


「……そう」


 顔を覆う柔らかな感触と、果実酒の匂いを感じ取りながら、リンフーはほんのり頬を染めて相槌を打った。胸がこそばゆく、さっきまでとは別の意味で恥ずかしかった。


 どれくらいそうしていただろう。しばらくするとシンフォはそっと身を離した。先ほどまでの哀愁はすでになりを潜め、元気な表情になっていた。


「なぁ【槍海覇王そうかいはおう】殿、今日は何か用事はあるかい?」


「ないけど。どうして?」


 シンフォは照れ臭そうに微笑み、言った。


「よかったら、今日は私と一日中遊ばないか?」

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