閑話:親友

「彼女」は何人も殺した。


 武法の世界で名を轟かせている武法士を探し、尋ね、勝負を挑み、そして殺した。


 「彼女」が謎の書物から得た「名もなき武法」は、凄まじい強さを誇った。


 一度でも術力を込めて相手に触れれば、あっという間に死する。どれほどの達人であろうと、「彼女」に触れられただけでバラバラに吹き飛んで死んだ。大陸一の術力の重さを誇るといわれる一撃必倒の達人【一打震遥いちだしんよう】ですらも例外ではなかった。


 「彼女」は何人もの達人を手にかけた。


 ただ一人、【白幻頑童はくげんがんどう】とだけは引き分けてしまったが、それ以外の全ては殺した。


 名のある達人を打ち殺すたび、「彼女」は自分の強さが増していると感じていた。


 武法士同士の決闘は、両者合意の上でならば罪には問われない。されど人の感情が、法と同じ合理性を示すとは限らない。倒した達人と縁の深い団体や勢力が、たびたび「彼女」を狙った。その度に「彼女」は己の名を変え、雲隠れした。……そのためか、散々暴れたはずなのに、「彼女」の悪名はほとんど大陸に知れ渡ることはなかった。


 何回もそんな事をしていたせいで、自分が親からもらった最初の名前をいつの間にか忘れてしまっていた。


 いや、忘れてしまって良かったのだ。腹を痛めて産んだ子供を売って飯の種にするような親だ。今すぐに忘却してしかるべきである。


 自分は「力」を手に入れ、それをどこまでも伸ばし続ける。もう二度と失わないために、この大陸の、否、この世の誰よりも強くなる。自分に理不尽な運命を強いた天上の神ですら殺せるほどに、強くなってみせる。


 ——しかし、未来しか見つめていなかった「彼女」にも、過去の「心残り」が一つだけあった。


 「彼女」には、一人の親友がいた。


 多くの売られ子が乗った荷車の中で出会った少女。悲惨な運命を辿ろうとしているのに、笑顔を絶やさず、明るい未来を信じる女の子だった。


 「彼女」は、その子の笑顔に何度も励まされた。もしその子がいなかったら、辛い、悲しいとさえ感じられなくなっていただろう。心が壊れていただろう。


 「彼女」の方が先に買い手が見つかったため、そこで別れてしまったが。


 だけど別れる前に、「彼女」は髪飾りを作ってあげた。自分のしていた髪留めに下手くそな勿忘草わすれなぐさの布細工を取り付け、別れ際に親友へ渡した。


 私に会いたいって気持ちがある限り、それを外さないで。外さない限り、私はあなたを絶対見つけてみせるから——別れ際の「彼女」の言葉に、親友は笑って頷いてくれた。




 それから、何十年という長い月日を経て。




 数多の武法士を手にかけ、いつの間にか老いを知らぬ怪物と化していた「彼女」は、親友との再会を果たした。





 奇跡的な、しかしあまりにも残酷な再会を。

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