3-3 多種族レジスタンス組織にて

 救出した妖精ミィナに案内されて向かった、対エルフのレジスタンス組織。

 そこはグレイシア大陸へと続く七つ大橋の裏側近く、海岸沿いの鍾乳洞をくりぬいた形で作られていた。


 元から海賊の秘密基地にでも使われていたのか、外からは巧妙に隠されつつも広い空洞を歩いて行くと、見張りらしき二人組がざわりと腰を上げて立ち上がる。


「誰だ!? ……っ、に、人間?」

「あら。獣人種……ですか?」


 出迎えたのは、人間の体躯に狼のような毛並みと尻尾をもつ、獣人種と呼ばれる者達だ。


 好戦的で暴力的。

 生まれついた闘争本能をもち、肉と血を好むと言われる種族。

 多種族の中でも随一の凶暴さを持ち、同族同士でさえ傷つけ合うとされるはぐれ者。


 ……という評判は一部事実なものの、彼等の一面のひとつに過ぎない。

 彼等の素顔が素朴で優しいことは、勇者一行に獣姫パティを連れていた私達はよく知っている。


「こんにちは。突然の来訪に驚かせてしまいましたね」


 懐かしい姿に、私が友好的に挨拶を交わしていると。


「なんじゃ。誰ぞ来たのか?」

「……え?」


 つぎに現れたのは、背丈は小さいものの、どっしりとした足腰を持つドワーフ種。

 その横にはウサギ耳を持つ、俊敏なラビット種。

 次いで、彼等の上には不安顔の妖精種達まで。


「え。ちょっと待ってください。なんで、こんなに多くの種族が……?」

「ここはあたし達の、秘密の住処なの」


 案内を務めた妖精ミィナによると、地下鍾乳洞は一部を【転移鏡】で繋いでいるらしく、かなりの種族が隠れ潜み、居住区として活用しているらしい。

 レジスタンスと名はついているものの、その多くは難民だという。


「成程。それにしても本当に、多種族の連合ですね。魔王討伐の時ですら、これ程の種族はいませんでした」


 とくに獣人種とドワーフは、魔王退治の時ですら反目し合うほど仲が悪かったはず……

 と考えて。

 違う、と気付く。

 反目していないのではなく、……全部エルフに追いやられて、やむなく逃げ込んだのだ。


「ここ以外、住処がなかったのですね?」

「う、うん。全部あいつらに焼かれちゃって」

「それは……辛かったでしょう。とくに妖精種は、空を自由に飛び回ることこそ、アイデンティティですのに」


 その窮屈さは、他の種族も同様だ。


 己の肉体を誇るべき獣人の身体はうっすらとやせ細り、満足に栄養を取れていない様が伺えた。

 屈強なはずのドワーフの頬は痩せこけ、自由を愛する妖精達は泥だらけ。


 ……これも全て、エルフのせい、ですか。

 彼等の姿に思いを馳せ、エミリーナと共に眉をひそめていると。


「あ、あなたは……エミリーナ様!?」


 飛び出してきたのは、背中に翼を生やした浅黒い肌の女性、妖魔種だ。

 古い人間達の差別用語で、淫悪、と呼ばれる存在である彼女らは、しかし本来純粋で優しい種族だ。


 その妖魔の数人がエミリーナに近づき、涙ながらに語り出す。


「ああ、その可愛らしいお顔に三角帽子! 間違いありません、あなた様は救世主エミリーナ樣!」

「う、えっと。誰?」

「覚えていませんか? 私は三十年以上も前に、エルフに焼き殺されそうになったところを、あなた様に助けられて……っ」

「英雄様! 生きてらしたのですね!? 良かったぁーーー!」

「……生きてた訳じゃないけど、そう。あの時の妖魔達ね。無事でなによりだわ」


 妖魔に囲まれ、エミリーナはふっと笑みを零す。

 かつてフロンティアで英雄となり、戦い抜いたエミリーナの名は、まだまだ現役らしい。


「……エミリーナは人気者ですね。本人は恥ずかしいでしょうけれど」

「そう仰るあなた様こそ、かの聖女様でしょう」

「え?」

「かの魔王退治の時に、その麗しきお姿を拝見いたしました」


 そう思う私の前に傅いたのは、数名のドワーフ達だ。

 彼等はエルフ程ではないにしろ長寿であり、私に救われた者だという。


「いえ……魔王退治の時だなんて、古い話です」

「百年を生きるドワーフにとっては、古い話ほど名誉なことだ。あなた様のお陰でいま、この世に生きているのだから」

「みんな聞いて! 聖女様と魔法使い様は、今もすごい力を持ってるの! さっきもね、エルフをばしーんって……」


 皆に慕われている間に、妖精ミィナが仲間達に武勇伝を広めていく。

 あのエルフを平然と焼き殺し、叩きつぶした聖女と魔法使い。


 噂が広がり、おお、と顔を出した難民達の期待が自然に高まっていく。



 ……ああ、懐かしい。

 私達がまだ勇者一行として戦っていた時も、似たような流れが多くあった。


 魔王や魔族の恐怖に震えていた彼等は、私達勇者一行の姿に希望を見出し、涙して歓喜した。

 これで自分達は救われる。

 安堵の涙を流しながら感謝し、私達はその期待に応えて各地の魔王残党軍を退治していく。


「聖女様……本当に、あの聖女様と、魔法使い様が……」


 彼等にとって私はまだ聖女であり、救国の英雄なのかもしれない。

 そして……期待は当然のように、現代の悪、エルフへと向かう。


「お願いします、聖女様! 私達にお力を。……あのエルフから私達をお守り下さい!」

「あいつらは何度となく、俺達の村を焼き、家族を、みんなを笑いながら殺して……!」


 次々にわき上がる声、涙する声。頭を下げる人々。

 そこには種族差なんて関係なく、ただ、恐怖に怯え助けを求める、弱き人々の姿があった。


 魔王退治の時よりも、苛烈で陰惨なる彼等の姿。

 その期待に応えたくない、訳ではない。


 けれどーー


「ごめんなさい。私は、皆さんの期待には応えられません」

「え」

「いまの私は英雄ではなく。あなた達を守る聖女でも、ないのです」


 ざわり、と多くの者達がざわめくけれど、私にとってはごく自然な選択だった。

 私は決して、英雄ではない――


「どうしてですか? 聖女様、どうして」

「さっきは私を助けてくれて、エルフを……」

「それは成り行きです」

「でも!」


 青ざめた顔で、妖精のミィナが口にする。

 彼等の疑問に応えるためにも、説明が必要だろう。


 幸い、説明に使えそうな相手もいるようですし……ね?


「皆さんに分かりやすく、実演を伴って説明をしたいと思います。いまの私が、どうして英雄ではないか」

「実演?」

「ええ。では少々失礼して」


 それからゆっくりと広間を見渡していく。


 神妙に期待に目を輝かせるドワーフ達。

 不安そうな妖精達。

 未だエミリーナを掴んで離さない、妖魔達。


 そして驚きながらも私を見つめる、獣人達。

 その中に紛れた、随分とにおう女獣人に目をつける。

 薄灰色の毛並みをもつ獣人は、なぜか私が近づくとびくりと震えた。


「……あの。なにか、」

「ふふ。あなた、臭うんですよね? 腐った卵みたいな――」


 返答を返しながら、私はバトルメイスを振り抜いた。

 叩きつぶされた獣人がびくんと跳ねて絶命する。


「何を!? 聖女様!?」

「リーゼロッテはこの規模の難民を野放しにするほど、甘い相手ではありません。確実に、スパイのひとつやふたつは侵入させています。そして私は、エルフが変装魔術を使えることをよく知っています」


 奴等は相手の心に取り込むのが上手いから、と付け加える間に、殺害した獣人毛並みがしぼんでいく。


「な、っ」


 それは獣人に変身し、紛れ込んだエルフの女だった。


「ここは皆の大切な避難先であり、このような虫が紛れ込んで良い場所ではないはずです。ね?」


 倒れた女を蘇生術で蘇らせ、髪を掴みあげ宙づりにしてみせる。

 私の隣にエミリーナが並んだところで、私は静かに宣言した。


「そして、皆さんにお話すべきことがあります。いまの私達は、皆を守る聖女ではなく……皆の命よりも、私自身の命よりも、ただエルフを殺し尽くす復讐者である、という実演を」


 そうーーいまの私は、英雄ではなく。

 エルフを楽しみながら殺す、殺戮者なのだから。

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