2-5 狩人ペルシア2


 目を合わせた瞬間、本能がまずいと叫んだ。

 震える狩人ペルシアの前で、聖女がにんまりと髪を揺らして唇に愉悦を浮かべていく。


「フロンティアを訪れたのは別の目的だったのですが、思った以上に復讐になりそうですね」

「……せ、聖女、レティア」

「覚えていましたか。あなたのことですから、人間を殺しすぎて記憶にないかと思っていましたけれど」


 瞳に映る薄暗い感情は、ペルシアにも心辺りがある。

 弱い者をいたぶる喜びの瞳だ。


「……ベンズと、オデットは、どうしたの?」

「知りたいですか? では、こちらにどうぞ」


 聖女に案内され、奥へと進むペルシア。

 ギルドマスターは既に操られているのか、震えながら暴れるペルシアの腕を掴んでいる。掴まれたせいか、腕からはちくちくと小さな痛みが響いていた。


 そうして素直に従ったペルシアは、冒険者ギルドの奥に広がる光景に震え上がる。


 ギルドの奥は元々、新米冒険者用の訓練所を兼ねた広間だ。

 そこに、ペルシアの見知った冒険者達が列を成して並んでいた。


 その数、三百以上。

 本来自由が売りのはずの冒険者達がぎちぎちに詰め込まれ、直立不動に並ぶ姿は、不気味以外の何者でもなく、そして……


「あ、あのスライムは……何……?」


 冒険者達の後方、ぐちゃぐちゃと歪な音を立てる肉の塊に、ペルシアはぐるりと強い吐き気を覚えた。


「な、なに、これ……」

「私の新しい手駒達ですよ。それで、竜殺しのベンズと道化のオデットでしたね? 実力のある冒険者は、スライムの養分にしていないので安心して下さい」


 聖女の呼びかけで現れたのは、先程まで共にいた仲間達だ。

 大柄の剣を背負ったベンズと、少年オデット。


「ぺ、ペルシア……」

「助けて、助けてペルシアっ」

「狩人ペルシア。あなたも今からこうなります。よく見ておくように」


 聖女がくいと指先を動かし、ベンズの大剣がオデットの首を刎ねた。

 対するオデットの毒刃がベンズの脇に刺さり、程なくどさりと崩れ落ちる。


「ひいっ」


 死んでいた。

 二人は、確実に死んでいた。

 だというのに、聖女が指を動かせばオデットの首が浮かんで元に戻り、ベンズも何事もなく立ち上がる。


「っ、な、なにこれっ!?」

「あなたもすぐにこうなります。私の操り人形として、死ぬまで使い潰してあげますからね?」

「っ……!」


 それを見た瞬間ーーこいつは化物だ、とペルシアは本能の底から理解した。

 いま自分の前に立つのは、人類の皮を被った怪物だと。


 だからこそ、ペルシアは動揺しながらも、己の経験を総動員して生存のための道を探る。

 震えたままで狩人は勤まらない。

 心は悲鳴をあげながらも、彼女は冒険者であり歴戦の武闘派だ。

 迷宮で鍛えた思考が、次の手を求めて走り出す。


「あ……あのね? 聖女様。あたしだって、好きであなたを虐めてた訳じゃないのよ? 心の底では悪いと思ってたの! まあ今思うと、ちょ~っとやりすぎちゃったかなぁ……って思うけど……あは、あははっ」


 ペルシアはへらへらと謝りながら、靴底を確かめる。

 踵を叩きつつ、ペルシアは両手を合わせて謝罪する。


「聖女様、本当にごめん! でもあたしさ、今日から心を入れ替えて頑張るから! だからお願い、命だけは助けて!」

「……それ。本気で言ってます?」

「本っ当の本気! もう心の底から本心!」


 ペルシアはへこへこしながら、アイテム袋へ手を伸ばす。


「だから、あ、あたしの謝罪の気持ちというか。こ、これを受け取ってください! お願いします!」


 袋から取り出したのは、赤い宝石。

 聖女の視線が宝石に向く。ーーいまだ。


 ペルシアは踵を床に叩きつけた。

 ぷしゅっ! と空気の抜ける音とともに、室内に白煙が充満する。煙玉と呼ばれる煙幕弾だ。

 同時に宝石を爆発させ、金切り声のような甲高い金属音を響かせる。


 ペルシアが発動したのは<スクリーム・ボム>と呼ばれる音波攻撃。

 死の予兆バンシーや、狂音植物マンドラゴラの死の叫びと同様、敵の聴覚にダメージを与えて平衡感覚を失わせ麻痺させる爆弾だ。

 もちろんペルシア自身は耐音波耐性を備えている。


「はっ、馬鹿な女ね、この程度であたしを捕まえたと思った? 取り逃がしたことを一生後悔してな!」


 すかさずナイフでギルドマスターの腕を切り払い、煙の中から高飛びしたペルシアは冒険者ギルドの裏扉に手をかけ施錠を破壊する。

 そして、


「……っ。……?」


 声が、出ない。

 それどころか、がくんと膝が崩れて、姿勢が保てなくなっていく。


「な、なに、これっ……」


 身体が熱い。

 熱を持ったように全身が煮え立ち、胸の奥から吐き気がせり上がってくる。

 そのくせ指先はぴくりとも動かず、指先が凍えるように震えていく。


「な……によ、これ!」


 何が起きたか分からない、と崩れ落ちるペルシアの背中から、ゆるりと聖女の声がする。


「あら。ご自分に使われたことはありませんか? あなたの大好きな麻痺毒ですよ」

「な、っ、いつの間に」

「先程ギルドマスターの指に仕込んでおいたんです。狩人ペルシアはそういう女だと聞かされていたので。……ふふ。あなたは利口ですね、マスター。尽くす相手をきちんと理解している」

「は、はい! ですから」

「ええ、ありがとうございました。もう用済みです」


 聖女が感謝とともにギルドマスターの首を飛ばした。

 それから狩人ペルシアを見下し、ふふ、とバトルメイスを握りなおす。


「あ、っ」


 その目を見て。

 今度こそ逃げられないと理解したそのときーー

 押しとどめていた恐怖が堰を切って溢れてきた。


「っ、た、助けて! いやだ、死にたくない! 待って待って、お願い話を聞いて!」


 ぐずぐずに泣きながら、ペルシアは必死に生存の道を考える。

 おでこを床に擦りつけ、殺さないで殺さないで、と。


「あなたに酷いことをしたのは王女に命令されて、仕方なく! あたしは全部言われた通りにしただけなの!」

「ふぅん、そうなんですか。……その話、嘘だったらどうします? 私は嘘が嫌いでして……」

「全部本当です! 本当だから信じてください!」

「なるほど。では本人に聞いてみましょうねー」


 聖女が懐のアイテム袋に手を伸ばす。

 ずるり、と出てきたのは王女アンメルシアの顔だった。


「ひっ、ひいいっ!?」

「アンメルシア。こんな相手を庇うあなたではないとは思いますが、素直に答えたら日課は控えめにしてあげます。人類殲滅軍が私の前で行った殺戮は、どう決めてたんですか?」

「……わたくしが求めたのは、あなたに苦痛を与える方法の募集ですわ。全てのアイデアをわたくし一人で考えるのは無理がありますもの。ですから、より面白い方法を考えて持ってきた者に、褒美を取らせたのです」


 聖女の顔が憎悪と愉悦に歪んでいく。

 ペルシアを見下すその眼差しが、ぐっと冷え込み殺意だけが満たされていく。


「ちち、違うのよ聖女。あれは、ベンズが、オデットが考えて」

「エルフは命乞いの方法がワンパターンですね。嘘に嘘。言い訳を並べては他人に責任を押しつけて逃げる」

「お願いします、お願いしますぅ……!」

「……とはいえ、私とて聖女と呼ばれた人間ですし? そこまで謝るなら、生きる希望を与えてあげても構いません」

「!? ほ、本当!? ありが――」

「という訳で、運試しをしてみましょうか」


 聖女はにこりと笑い。

 トン、トン、トン、と。

 ペルシアの前に三つの白い薬瓶を置いていく。


 はい、と聖女が目尻をゆるめて聖母のように囁いた。


「この中に一本だけ、解毒薬が入っています。もし無事に当てることができたら、逃がしてあげますよ」

「………………」

「どうしました? 三分の一ですよ? ほら奇跡は目の前にありますよ?」


 ぱちん、ぱちん、とバトルメイスを弄びながら口ずさむ聖女。

 けれど。

 三分の一と語るその意味を、ペルシアは知っている。


 彼女が散々やってきた遊びだからだ。

 相手に希望を持たせ、毒を呷らせる。

 ……その末路も、彼女はよく知っている。


「ひ……っ、やだ、やだっ……! 待ってお願い、殺さないで!」

「どうしました? まだ死ぬと決まっていませんよ?」


 嘘だ。違う。この中に正解はない。

 用意された全ての薬は偽物で口にしたが最後、喉は焼けただれ臓器は腐り落ち、しかし最後まで死ねずに悶絶するだけの地獄の扉だ。

 理解してしまったが故に青ざめるペルシアを、聖女レティアは慈しみを込めてよしよしと撫でる。


「選べませんか? じゃあ代わりに私が選んであげましょう」

「待って、お願い待って待って――」

「じゃあ……はい! これにしましょうかねー」


 聖女はゆっくりと、手元の小瓶をつまみ上げて。

 ペルシアの顎を無理やり開き、ガラス瓶を三つともぶちこんだ。


「あが、あががっ!? おぼおっ!? いや、いやがあああっ!?」


 頭と顎を掴まれ、ガラス瓶ごと無理やりごりごりと咀嚼させられる。

 砕けた破片が頬に、裏顎に舌にと突き刺さり、ざくざくと切れた破片が彼女の口腔内を蹂躙する。


 ペルシアは嗚咽し、えぐっ、おぐっ、と必死に流れ込む毒物を押しだそうと抵抗するも、口を鷲づかみにして塞ぐ聖女はそれを許さない。

 やがて喉を焼きながら到達した白い液体が胃酸と混じり、彼女の全身を焼けただらせ、内側から食い破り、ペルシアは絶叫する。


「いや、いやあああああっ!」

「ご自分で作られたものでしょう? これを飲むと臓腑が腐り、身体が溶けていくのでしょう? 自分の内側がどろどろに腐り落ちていく感触を理解できるというのは、じつに苦痛に満ちた味がありますよ」

「助けて、助けてっ……」

「あの痛みは私の思い出にある中でも、結構痛い方でしたからね。しっかりじっくり味わってください」

「いやだ、いやっ……ひいっ!」

「ああ、そうでした」


 悶絶し苦しむ前で、聖女レティアが取り出したのは毒の短剣だ。

 ペルシアのアイテム袋からいつの間にか取り出したもの。


「聞けばあなた、他にも色々な毒を持っているそうですね? 折角ですから、エルフ相手にどこまで聞くか試してみましょうか」

「ひいっ……」

「初めて死ぬまで、どこまで生きれますかね?」


 ペルシアの眼前で刃が煌めき、その瞳を貫かれたところで、彼女はあまりの激痛に絶叫をあげる。

 その毒が染みこみ、命が途絶えるまでそう時間はかからなかった。





 けれど、彼女の苦難は終わらない。


「起きてください、ペルシア。すこし卿が乗って殺り過ぎましたけれど、本番はこれからですよ?」

「……あ、っ」

「十回死んだ程度で元気を失わないでくださいよ。私なんか百万は越えましたよ? それでもA級冒険者なんですか?」


 仕方ないですねと愚痴る聖女に操られ、ペルシアは自分の意思にかかわらず冒険者達の隊列に加えられた。


 みじろきせずとも周囲から感じるのは、ペルシアに対する同情と恐怖の目だ。

 眼前でずっと毒殺され続ける姿は、歴戦のエルフ達の目にも焼き付いていた。

 そうして並ぶ奴隷達に満足し、聖女は手を叩いて注目を集める。


「では皆さん、本日はよくお集まり頂きました。私に逆らったらこうなります、と理解頂けましたでしょうか? それでは、私が今回皆様を集めた目的をお話します」


 そして聖女は宣言する。

 冒険者を集めた理由は、フロンティアに存在する、とある迷宮攻略ため。


「その行き先は、フロンティア最難関といわれる奈落迷宮、その百階層。あなた達には死んで死んで死にながら、私の盾になってもらいましょう」と。



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