復讐聖女の殺り直し ~エルフに裏切られ全てを失った私は『蘇生魔術』で復讐する。命乞いしてももう遅い、死者をあやつる力で世界を優しく直します~
時田唯
1-1 聖女はその身に憎悪を宿す
魔王を倒した伝説の勇者一行。
その一人である私<聖女>レティア=フィリーに待ち受けていた人生は、魔王退治など比べものにならない、過酷な痛みの連続だった。
「おいおい、これで生きてるのかよ! こいつ本当に人間か?」
「ったく、女神樣の<加護>って奴は本当に恐ろしいな。勇者一行がバケモンだってのも頷ける。ま、こうなったらお終いだけどな」
けたけたと罵る笑い声に、私は振り向くことすらできない。
なぜなら私には、人間に必要なものの大半が欠けていたからだ。
両手、両足、両腕、両大腿、骨盤、腹部。胸。その全て。
つまり残っているのは、首から上だけ……。
その首にも、底から頭蓋骨へと貫くように鉄棒が刺されており、今も焼けるような痛みを与えてくる。
肺もないはずなのに小さな呼吸を繰り返し、ただ見上げることしかできない私は、彼等に弄ばれ続けるだけの存在だ。
「ていうかコレ、喋れるのか? おらよっ!」
「げふっ! ……っ」
「こんな状態でも声でるのか。へぇ、面白いな」
顔を蹴られて悲鳴をあげる私に、男達が面白がるように靴底を押しつけてくる。
その男達の外見は、人間とほとんど変わらない。
……ひとつ違うとすれば、彼等の小さく尖った耳だろう。
エルフ種。
人間によく似た外見を持ちながらも、数百年を生き、魔術を操り……人類を死滅させた裏切りの種族。
どうして、こんなことになったのだろう。
魔王を倒した私達は、どうして、こんな運命を辿ることになったのだろう。
ーーああ。
殺したい。
殺したい。
この世界に蔓延るエルフ共すべてを、殺したい。
*
魔王。それは数多くの魔物と魔族を従え、大陸を支配せんと破壊の限りを尽くす存在だった。
人類も必死に抗ったものの、魔王の眷属たる魔族、そして魔王自身の操る魔法に次々と倒れていく。
転機が訪れたのは、エルフ種と呼ばれる長寿族からの共闘要請だ。
魔術に長け、高い知性と生命力をもつエルフも魔王に苦しめられていた。そして彼等は魔王への対抗策として、人間の魂にのみ宿る特別な存在……<勇者>や<聖女>と呼ばれる者達を見つけ出し、女神の加護を与えることにより力を覚醒させ、魔王を倒せると口にした。
そうして選ばれた一人が<聖女>レティア=フィリー。
つまり私だった。
元はただの村娘だった私が<聖女>になんて選ばれて、本当に良かったのかな?
魔王なんて本当に倒せるの?
なんて、最初は思ったけど。
<勇者>も<騎士>も<魔法使い>もみんな優しく、頼もしくてーー
本当に、大切な仲間だった。
魔王を倒す旅は……いま思い出しても、私の人生において幸せな日々だったと思う。
五年の歳月をかけて魔王を倒した私達は、英雄として帰還した。
偉い王様達に何度も褒められ、元村人の私はおたおたしてしまったけど「英雄なんだから、どーんと構えてなよ」と励ましてくれた勇者樣の声はよく覚えている。
そして私達は魔王討伐の祝賀会に招かれた、あの日ーーエルフ種による裏切りを受けた。
「こ、これはどういうことか!? エルフの者達よ! 我々との和平の約束は、偽りだったのか!?」
「ふふ。わたくし達にとって魔王は目障りな存在だったのよ。だってあいつ、魔術が効かないでしょう? その魔王さえ始末すれば、後は<勇者>達さえ殺せば人類種なんて敵じゃないわ」
その日、たくさんの大切な人と<勇者>が殺された。
混乱の隙を突くように、各地でエルフ達の一斉反乱が発生。
私達は必死に抵抗したものの、仲間達もいつしか、ちりぢりになり……
<聖女>である私も彼等に破れ、捕えられた。
でも。私の人生は、それで終わらなかったのだ。
「っ……私を殺しなさい。裏切りの王女アンメルシア!」
「あらあら。何を勿体ないことを仰っているの? あなたは殺しませんわ。だって、あなたの加護<聖女>は勇者一行の中でもっとも戦力がない回復専門。それに魔力を供給すれば、どんな姿でも生き続けられるのでしょう? ならもっともっと役に立って貰わないと」
毒々しい花のように笑うエルフの王女アンメルシアの台詞の意味を、私はすぐに思い知ることになる。
両手両足を拘束され、魔力封じの首輪をつけられた私は。
エルフ達の人類殲滅軍、その軍旗の先端に縛り付けられ旗頭にされたのだ。
「ふふ。人類種に慕われる救国の聖女様。その愛らしい姿が裸に剥かれて晒された姿なんて見せつけられたら、人類はどんな気持ちになるかしらねぇ?」
「なんてことを……! あなた、あなたはっ!」
「ええ、せいぜい泣き叫ぶといいわ」
私はそうして奴等に利用され、人類殲滅のシンボルとして扱われ続けた。
それは悪夢以外の何者でもなかった。
私が守ろうとした、大切な人々が……
私を見て嘆き、絶望し、そして毎夜のごとく私の前で殺されていく。
「ふふ。お勤めご苦労様、<聖女>樣。今日もまたいっぱい死んだわね? ご褒美に今日は人肉のステーキを用意したわ。ほら、しっかり食べなさい?」
「むぐぅぅぅっ!!」
黒焦げに焼かれた人間の腕を口にねじ込まれながら、ついでのようにエルフの男達に慰み者にされていく。
そんな日々が無限に続いた。
……私は、自分で言うのもなんだけど、幸せな人生を送っていたと思う。
おせっかい焼きな両親の元に生まれ、優しい村人達に囲まれて過ごした子供時代。
勇者樣に誘われ、緊張しながらもみんなと一緒に旅した冒険時代。
本当に、温かい毎日だった。
そんな私が、心の底から思う。
憎い。
こいつらが途方もなく憎い。
たとえ百度殺しても、千度八つ裂きにしても足りないほどに、憎くてたまらない。
けれど私には一切の抵抗も許されず、与えられた痛み苛烈を極めた。
十年に一度、記念として四肢をひとつひとつもがれていき、ついには腹部も胸部も切り取られて首だけになっても私は死なない。
いっそ狂えば良かったのだけど<聖女>に与えられた精神異常耐性がそれを許さない。
<聖女>として人間としての寿命をも逸脱した私には、余命による死すらも許されない。
そうして百年が過ぎ、人類は本当にあと数十万という所まで衰退した。
エルフ達は自らの完全勝利を祝い、その記念として百年利用し尽くした私の処刑を決定する。
エルフの民衆共に罵倒されながら、私はそのとき、どうしても聞きたかったことを口にした。
「どうして……私を、ここまで、い、生かす、の?」
人類は潰走し、勝利が確実になってもなお私はいたぶられ続けた。
戦意を削る意味がなくなっても王女アンメルシアは執拗に私を嬲り、燃やし、痛めつけることを止めなかった。
その理由を問う私に、アンメルシアは、にまぁっと愉悦の笑みを浮かべて。
「理由なんて簡単ですわ。それは、あなたが可愛いからよ」
「な……っ」
「わたくしはね? 自分より綺麗で可愛くて愛されてる存在って、どうしても許せないんですの。なにも知らない庶民に生まれて、ぼーっと生きてたくせに<聖女>に選ばれ、みんなにちやほや愛され英雄として可愛がられる。そんなの不公平でしょう?」
だから、あなたの前で人類を殺して殺して殺し尽くしたと王女は語る。
あなたの顔を、醜く歪ませたいから。
「そんな……そんな、くだらない理由で! 何百万、何千万と!」
「ふふ。いいですわ、その顔よ、聖女レティア! わたくしはあなたの、その歪んだ顔を見たかったです。……そして本当にご苦労樣。あなたのお陰でとても効率的に、醜い人類種を滅ぼすことができましたわ。まさに、エルフにとっての<聖女>、人類殲滅の立役者」
「っ……アンメルシア、あなたは、あなたという女は……!」
「ああ、本当にいい顔をしますわね。でも、それも今日でお終い。せいぜい最後の時を楽しみながら死になさい。あなたとの百年、わたくしはとても楽しかったですわ」
そして私は業火に焼かれながら、魂を失い消えていく。
死の間際、みんなの顔が浮かんだ。
ごめんなさい聖女様。
人々が懇願しながら、頭をトマトのように潰されていく姿。
私の守りたかった人達が、幾度も虫のように潰されていく姿。
それを救おうとして叶わなかった、仲間達の無念の末路。
勇者様の、平和への願いーー
「あ、ああっ……」
記憶の炎に焼かれながら、目の前の女を睨み付ける。
「アンメルシアぁぁぁぁーーーーっ!!! あなた、あなただけは……っ!」
「あはっ、あはははははっ!!!」
炎に巻かれながら、私は誓う。
例えこの身が朽ちても、必ずあの女に復讐しよう。
撲殺。刺殺。絞殺。殴殺。焼殺。毒殺。銃殺。扼殺。轢殺。圧殺。溺殺。
あらゆる手段をもって、私はこの女の心臓をえぐり出す。
いいえ、殺すだけでは飽き足らない。
ひとつの死ですら抗えない罰を、屈辱を。
この世に存在する全ての罪を、あなたに必ず与えてやる。
全ての呪いを込めながら、私の意識は薄れていく。
無念と後悔……その全てを塗り潰す憎悪を胸に、私の魂は消滅してしまうのだろう。
そう、思っていた。
「……あれ?」
気がつくと、私は真っ白な空間に立っていた。
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