第38話 山奥の戦闘

「ぷふ、エステルちゃんこっちっす!」

俺の名前問題に一応の終止符が打たれた。純日本人の俺からすると滑稽すぎる名前なのだが、エステルに決まった。リンが笑っているのが腹立たしいが今の見た目からするとこっちの方が違和感がないだろう。これに決まった理由はこのリンだ。俺の新しい名前が決まってないと知るやエステルと言い出した。たつなとみちるが思いのほか乗り気で二人もそう呼ぶようになってしまったのだ。

で、なんでエステルだったのか聞いてみると、名前の由来はポリエステル。そう、服とかに使われているあれだ。

俺は寝ている時、このポリエステルで作られた毛布を思い切り抱きしめているらしい。いたずらで取り上げたら苦悶の表情を浮かべるとかなんとか。寝ている時のことなぞ知るわけがないのだが、種明かしをされたうえで結局エステルで落ち着いた。

「わらうな」

無駄口を叩きながらやってきたのは盛岡市上米内。控えめに言って田舎だ。川と湧き水があるくらいであとは何もない。あ、浄水場がある。桜の名所らしいが冬のこの時期は言葉が見つからない。それにしても即応魔法少女部隊と吾味が説明してくれたことがあったな、と苦々しく噛み締める。守備範囲が広くないだろうか。

「柿屋敷エステルとか笑わずにはいられないっす」

「ほかのに、する」

違和感ありありの名前はよろしくない。絵素輝とか当て字じゃないだけましだろうか? だが、俺は日本名の方が好きだ。カヤコとかサダコとか…なぜだろう不思議とホラーを感じる。

「今さら変更はないっす!吾味さんにはもう話しついてるっすから」

たまに消えると思ったら無駄に仕事の早い奴め。それにしても柿屋敷エステル、吾味は止めてくれなかったのだろうか? しばらく会っていないからわからない。

「げんき、だった?」

「死にそうな顔で唸ってたっす やっぱ現場にいるべき人っすね」

大丈夫ではなさそうだ。現場を駆け回っていた時、休み時間に恍惚とした表情で対物ライフルを磨いていた姿を思い出す。うん、当時から大丈夫では無かったか。なら安心だ。

今回ここに来た理由は一方井と同じ、連絡の取れない人がいるとの通報からだ。はぁ、嫌な予感。

ちなみにリンと一緒なのはたつなもみちるも単独出撃中だからだ。最近すれちがいの日々。

米内川を辿ってリンに運ばれて降り立ったほぼ山の中。ここまで来ると行きかう人などいない。ガソリン車がほぼ駆逐されたこの日本では農家しかこんなところに暮らせない。朽ちかけた家も念のため単眼鏡で覗く。猫がいるくらいで幽鬼はいない。すごく威嚇された。

「肝試しみたいっすね」

遭遇戦しか経験のないリンは少し楽観的に見える。食われている人を見た時の衝撃たるや衝突事故みたいなものだ。

「ゆだん、だめ」

どう説明していいかわからないのでそのまま進む。農業に嫌気がさして引っ越しただけならいいのだが、田舎の農家は使命感とか責任感で農業をしている人が結構いる。夜逃げみたいにいなくなる人は借金以外ないだろう。連絡の取れなくなった一家は真っ当に稼いでそう言ったうわさすら無い立派な人達らしい。気が重い。

「エステルしゃがむっす」

咄嗟に呼ぶのには長いなこの名前。リンが指さす方を見ると見たことのない姿があった。人間の胴体から六本の足が生え、首からは蛇の頭が生えている。5mはありそうな巨体で雪の積もった田んぼを歩いている。背中から数本の触手がうねっているのが見える。気色悪い。

「なに、あれ?」

つい聞いてしまったが俺より歴の浅いリンが知るはずがない。先輩風を吹かせるためにもっと勉強しておけばよかった。

「アンフィスバエナって奴っす 最初は双頭の蛇なんすけど、人を食い続けるとああやって人の姿を真似しだすらしいっす」

即答! 後輩が勉強家でびっくり。せ、先輩の立場が危い!!

それにいっつもへらへらしている後輩が真面目な顔をしている。そうか、人のまねをしだしたってことはそれだけ人を食っているのだ。この一瞬で失われた命と事態の重さを理解しているのか。

「いってくる」

「だめっす」

「?」

「あいつは毒を使うっす 遠距離でいかないとまずいっす」

危ない。俺死ぬところだった。リンさんまじ感謝。

「じゃあ、いしなげる」

「いや、あたしの魔法忘れたっすか? 先輩は指を咥えて眺めてればいいっす!」

すげぇ!後輩が優秀過ぎて立つ瀬がない!

せめてリンの背中を守るために辺りの警戒を厳とすることにしよう。

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