第19話 結局実戦に勝る訓練は無い
「行ったぞ柿屋敷君!」
ゴブリンタイプがこちらに向かってくる。わざわざ致命傷を避けるようにダメージを与え、シャチが子供に狩りを教えるようにこちらへ誘導してくる。
「ひっ!」
忌避感と恐怖が混ざったような感情でつい変な声が出る。だがそこは人型を葬った自信が手を出させた。
「その締まらん掛け声なんとかならんか?」
「すみません…」
目が覚めてから一週間。たつな、みちると別れて初めての作戦だ。吾味と一緒に要請を受けた岩手県岩手郡岩手町一方井に訪れた。報告幽鬼はゴブリンタイプ。出動要請は一人だったが、研修期間を理由になんとか吾味とここまでやってきた。たつなは宮古方面へ向かい、みちるは一関方面に行ってしまった。心細い。
「もう一匹行ったぞ!」
「ひぃ!」
グロい。皮膚のない小人のような見た目に鋭い歯、細い手足が気持ち悪さを増長している。日本人ならおそらくゴブリンというよりも餓鬼と言った方が伝わりは良いだろう。頭を殴れば俺の魔法のおかげで頭が四散して返り血まみれだ。少しすると霧の様に霧散するため洗濯には困らない。困らないが控えめに言ってもとてつもなく気持ちが悪い。
俺は人型を殴り殺したせいで武器を持たせて貰えない。だから素手か鉄パイプなどの手に入れられるもので立ち向かう。しかし、鉄パイプも何回か叩くとひしゃげて使い物にならなくなる。結局素手に戻ってしまうのだ。こんな戦闘スタイルのせいでステゴロなどと呼ばれるようになってきた。格闘術など習ってもいない俺には荷が重い。
さらに残念なことにあれ以来魔法が語り掛けてくることは無い。たつなもみちるも気長に覚えるしかないと言っていたが、俺には我慢ならないことがあった。
「そら、とびたかった」
「何か言ったか?」
「なんでもないです」
憧れていた飛行の魔法は覚えられず、というか一個しか覚えられていない。それも“面を上げろ”。こんなに悲しいことは無い。たつなのトゥインクル☆スターライトはうらやましくないが、みちるのホーリーブレイドとかブレイドフルールはもう、ね。ずるい。
「あれが問題の家だ、気を引き締めよう」
今回の出撃の重点目標は一方井ダム近くの一軒家だ。家人と連絡が取れないらしい。見に行った親戚の人も帰らずに警察へ通報が入ったということだ。でかい家の入り口付近には自転車が倒れている。
「はい」
一気に胃が掴まれたような緊張感に包まれる。いや、吾味はそうでもなさそうだ。息を深く吸ってなんとか落ち着こうとする。
「俺が正面から入る 柿屋敷君は生垣に沿って裏口に回ってくれ 突入するかは任せるが、幽鬼を発見したら排除してくれ 逐一無線を使うように」
「…わかりました」
ただでさえ少ない人数がまとめて突入することは無いとわかっていた。いたのだが改めて言われると背筋が凍る。文句を言っても仕方ないのでしぶしぶ藪へ突入する。季節は冬、雪はまだ降っていないが寒さがこたえる。みちるの作ってくれた服はとてもじゃないが防寒着とは言えない。吾味から借りたフライトジャケットに助けられていた。足が鬼の様に寒い。なんだこのスカートというものは!
「古い遺体だ、七名分ほどある 柿屋敷君、気をつけろ」
吾味からの無線が嫌でも現実へ引き戻す。その刹那銃声が響く。
「ごみさん!?」
「問題ない三匹処分、生存者なし 探索を再開する」
さす吾味。
こちらもようやく裏手に差し掛かった。だが、どうにもおかしい。なにかがはみ出ている。
「ごみさん」
「どうした?」
「でっかいのが… お、え、あ!ちょっ!こっちくる!!」
でかい。路線バスを立てたくらいの巨体が体をゆすってこちらに突撃してくる。俺は一目散に来た道を戻る。あんなにでかいのがどうやって隠れていたんだ! 立ち木をものともせずに突撃してくる幽鬼にたまらず藪から飛び出して道路に出る。
「そっちはまずい、ダムに向かえ」
「みち!わかんない!みち!」
「信じて反対に進め 立札があるからそこを右に」
これはしんどい。相手の動きは遅いが一歩がでかい。こっちは60cmちょっとしかないってのにどかんどかんと異常な足音で迫ってくる。
「オウルベアタイプだ 援護するから思いっきり殴ってみろ」
先輩の無茶苦茶な指示に耳を疑う。
「どこ を!なぐ ひぇっ!」
「ちょっと右に逸れてくれ」
銃声が響く、それからすぐに爆裂音が響いた。振り向くとオウルベアタイプは地面に倒れこみ無防備な頭を晒していた。これはチャンス!
「せい!」
自分が痛くない程度に構えて正拳突きを繰り出す。するとあっさり頭が消し飛んだ。そして返り血がバケツでもぶちまけた様に襲ってきた。押し流されるように道路に転がる。あばば。おぼ、溺れる。
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