第12話 シモンの義手
目的地に着いて、イネスを地面に下ろす。
イネスはまだ乗っていたかったようだが、またいつでもやってやると言って頭を撫でると、上機嫌になった。
「じゃあ入りましょう!」
「はいはい、そう慌てて転ぶなよ」
「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ! もう、シモンさんはボクを子供扱いしすぎです!」
そう言いながら俺の先を歩き、後ろを向いて喋るイネス。
はぁ、やっぱりこの子と会うと癒されるなぁ。
今までの四天王で、癒し系の四天王なんていなかっただろう。
イネスがとてもいい子に育ってくれて、俺は感無量だよ……。
そんなことを思いながら俺とイネスはある大きな建物の中に入り、廊下を歩いていつもの部屋に行く。
「じゃあシモンさん、そこに座ってください。いつもの飲み物でいいですか?」
「ああ、ありがとな」
白を基調にした、いろんな道具が置いてある部屋。
俺は丸椅子に座り、上着を脱いで準備をする。
イネスが俺の飲み物と自分の飲み物を持ってきて、俺の前にある丸椅子に座った。
「シモンさん、お飲み物です」
「ありがと」
昔からイネスが淹れてくれる紅茶を飲み、一息つく。
そして、今日の用事を済ませようとする。
「じゃあ、始めますか」
「ああ、頼むわ」
俺はシャツも脱いで、上半身裸になる。
「あれ、シモンさん、、前よりも筋肉つきました?」
「おっ、マジで? 最近また少しずつ訓練してるんだけど」
「前よりも筋肉量が増えてると思いますよ」
「よく見てわかるな」
「シモンさんの身体のことですから」
イネスはそう言って笑みを浮かべながら、俺の上半身を軽く触診していく。
「……ここの古傷、痛みますか?」
「いや、大丈夫だ。特に今はどこの古傷も痛まないぞ」
俺の身体には、結構いろんな傷跡がある。
若い頃に無茶した時のものと……右腕を失くしたあの戦いの時の傷が、ほとんどだ。
俺の傷を見て、いつもイネスは痛ましそうに眉を顰めている。
「この傷……ボクを助けてくれた時に、出来た傷ですよね」
「まあ、そんなこともあったかもな。小さな傷だから、別に気にしなくていいぞ」
「……いつか、この傷跡も、全部失くしますから」
「無理しないでいいぞ。別に俺は平気だから」
本当に時々、古傷が痛むというだけだ。
それも全部俺の弱さが原因なんだから、仕方ないしな。
「それでイネス、右腕の状況はどうなんだ?」
「はい、今見ますね」
俺の右腕は、側から見ると普通の右腕だ。
だけどよく見ると……筋肉の筋などは見えないし、血管なども全く見えない。
つまり、義手ということだ。
俺の右腕は魔道具で作られており、半年に一回くらいの頻度でチェックしないといけない。
この魔道具を作ったのは俺とイネスの二人で作ったのだが、ほとんどをイネスが作ったのだ。
特にこれは精巧な魔道具なので、俺一人じゃチェック出来ない。
だから半年に一回、イネスに見てもらわないといけないのだ。
イネスが俺の右腕を、隅から隅まで見る。
俺の右腕はほとんど肩から失くなっているので、ほぼ全てが義手だ。
だけど義手とは思えないくらいにしっかり動くし、日常生活に支障は全く出ない。
「うん、問題ないみたいですね。しっかり魔力も循環していますので、大丈夫です」
「そうか、よかったよ。最近は訓練を始めたから、この義手がおかしくなっていたらどうしようと思ってたところだ」
「ボクの作った義手はそのくらいじゃ少しも壊れませんよ。もう、ボクの力を信じてくれないんですか?」
「いや、もちろん信じてるさ。イネスの魔法と魔道具は、世界一だ」
俺はそう言いながら左手でイネスの頭を撫でると、「えへへ……」と可愛らしく笑みを浮かべてくれる。
「それならよかったです! あっ、シモンさん、そういえば忘れてました!」
「んっ、何がだ?」
「えいっ」
「……えっ?」
イネスがそんな軽い掛け声と共に……俺の右腕を、引き抜いた。
一瞬意味がわからなかったが……いや、一瞬が過ぎ去っても、意味がわからない。
「な、何をしているのかな、イネスくん?」
「新しい義手を開発したんです! だからそっちを取り付けようと思って!」
「そ、そうか、なるほど……出来れば、右腕を引っこ抜く前にそれを言って欲しかったな」
めちゃくちゃ焦ったぞ……。
この義手は精巧だから、痛覚も多少は通っているのだ。
だから普通に引っこ抜かれたらもちろん、泣き叫ぶくらいの激痛が走るはず。
だけど今は全く痛まなかったから、おそらくイネスが痛覚を切ってから、腕を引っこ抜いてくれたのだろう。
だがちょっとなんか痛かった……おそらく幻肢痛だと思うが。
「それで、新しい義手は何が違うんだ?」
「おそらく今の義手以上に、精密にシモンさんの動きに合わせてくれると思います!」
「今までもほとんど、左腕と変わりはなかったけどな」
「だけど……やっぱり、右腕があった頃とは、感覚が違うじゃないですか」
「……まあ、それは仕方ないだろう」
今の義手でも本当に、日常生活で違和感を覚えることは少ない。
だが……戦いになると、話が変わってくる。
特に近接戦などで、コンマ数秒の話になってしまうのだが、やはり右腕の動きに違和感が生じてしまう。
たかがコンマ数秒だが、それがあるとないとでは全く違う。
「別にいいんだぞ、本当に。今までの義手でも本当に十分すぎるくらいなんだから」
普通、右腕を失ったら今までの生活なんて、絶対に出来なくなってしまう。
だが俺はイネスの義手のお陰で、失くなる前とほとんど変わらない生活を送ることが出来ているのだ。
右腕を失くしたのは俺の不手際なんだから、生活も戦闘も出来なくなっても仕方ないのに。
「ボクがやりたいから、シモンさんのためにしたいからやってるんです! いくらシモンさんがやめろって言っても、ボクは作り続けますから!」
そう強く言い切るイネス。
イネスは半年に一回のこのチェックの時に、ほとんど毎回新しい義手を作ってきてくれる。
四天王になってとても忙しくなったはずなのに、今回もさらにいい義手を作ってきたというのだ。
「本当にありがたいが、お前にそこまでしてもらっても、俺は返すもんがないぞ?」
「何を言ってるんですか、シモンさん。ボクはもう、シモンさんから返しても返しきれない恩を、すでにもらってますよ」
穏やかな笑みを浮かべてそう言うイネス。
この子は六年前に俺が助けてあげたことを、いまだにずっと恩を返しきれてないと言ってくれている。
「あれは俺の仕事だったんだし、イネスと一緒に暮らしたのも俺の意思だから、もう気にしなくていいんだぞ」
「それなら、シモンさんの義手を作るのも、ボクの意思ですから。気にしないでください」
「……ったく、そんな嫌味を返して、誰に似たんだか」
「ふふっ、もちろんシモンさんです」
そう笑うイネスの頭を、俺も同じく笑いながら撫でる。
本当に、いい子に育った。
「自慢の息子だな、本当に」
そうおもわず呟いてしまった。
まあもちろん、この子と俺は血は繋がっていないが。
本当に家族のように俺は思っている。
「むぅ……息子、ですか」
「ん? なんだ、不満か?」
「いえ……別に、今はそれで大丈夫です」
「なんだか含みがある言い方だな」
もしかして……俺の息子というのは、嫌なのか?
「息子が嫌なら……じゃあ、同僚?」
「それは嫌です。一気に離れた感じがします」
「じゃあなんだったらいいんだ?」
「……今は息子で大丈夫です」
「そ、そうか?」
よくわからないが、少し不満そうに口を尖らせているイネスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます